週末

 <ライバーさん……アニーシャとツキカゲが連絡つかねェ…………>

 <嘘……さっきまで話してたのに―――>

 島内地下三階で応戦する瀧の苦言と、監視カメラの映像をモニタで確認する月城の小さな悲鳴が通信に入る。


 <――――ツキ、カゲ…………>

 無口な黒木は、其れだけ内部で思い悩んだり、迷ったりする。表に出すことが苦手で、感情を出すことが恐怖で――そういった人生を歩んできたからこそ。なるほど。


 理解も出来よう。


 彼女らは隊長たちの行う作戦の重要性を理解していた。彼らがどれだけ仲間想いかも、限りなく日の浅いツキカゲですら嫌というほど分かっていた。

 だからこそ黙っていたのだ。劣勢になり、戦線維持が不可能と理解しても、それを言葉にはしなかった。


 それに気を引かれ最重要な任務がおろそかになることを恐れた。


 ―――だから、黙って消えた。




 活性粒子収束砲による電波障害も収まり、空中で動きを止めていた不明機たちも徐々に動き出した。

 今は直接<機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ>から命令を受けているようだ。



 <アイビス……荒井、お前らは島に戻れ―――>

 <何を…ッ>


 直線距離約二.六キロ。ここまでくれば大丈夫だ、と――ライバーは言う。

 眼前に広がる空に、青は無い。果てしなく広がる不明機の天井。


 四機ですら無謀を通り越して自殺の域である進軍を、一機失い―――まして単機で突撃しようなどと。


 止めたくもなる。が――


 <隊長命令…?>

 <いや、お願いだ。俺はお前らを巻き込みたくない>


 無理を押して付いて行ったところで何ができる訳でもない。二人は黙って回頭する。彼が隊長命令を下す意味も、敢えて下さない意味も理解できるから。


 <ライバーさん。帰ってきて、日本の話―――聞かせてください>


 荒井は一度反発しただけに、今回こそは選択を間違えられない。念を押して死ぬなよ、と言い残し去る。


 <お父さん………>

 名残惜しそうに、その目に焼き付けるように。機外光学センサだけを父に向ける娘は、その場に留まる。

 <大丈夫だ、必ず戻る>

 <また後で……………>


 納得したようには聞こえない声で、押しつぶされそうな不安を呑みこんだ彼女はゆっくりと加速し――後方、グレンノース島へ向かった。

 一機残された群青の戦闘機。その機影は何処か哀愁を漂わせる。


 <愛しているよ……アイビス――――>




 脳は、もともと筋肉を動かすための器官だ。全身を司どり、生きるための司令塔。それが必要以上に大きくなったものだから―――人は考え、数学し、哲学する。


 だが脳の原初的役割は何ら変わらない。微弱な電気信号の行き来で、指令を送り思考する。心が何処にあるかは知らないが、思考は確かにこの脳にある。

 脳が異界遺物である彼は。常に現界と反発しあう力を、脳の本質である『電気を起こす能力』と結びつけた。


 だから雷なのだ。黒い――稲妻をほとばしるのだ。



 黒雷は彼の名であり、力であり、思考であり、思想である。


 彼の血が通う『義体』が、その思考に従って、彼が是とするものを守り、仇成す者を撃ち滅ぼす。



 戦闘機は、果たして―――




 おびただしい量の黒雷が、彼の機体を中心に解き放たれた。

 不明機から不明機へと電流を流し込む漆黒の殺意が、無作為に――平等に破壊をもたらす。


 ライバー自身を焼き焦がす暴力的な力を、数秒、十数秒と放電。


 破壊の波は広がり、伝播でんぱし、空の蒼を取り戻す。



 荒げた息と焼けた顔で――獰猛な笑みを浮かべる。

 「お疲れさん……お前も、俺も――――もう永眠ねむる時間だぜ」


 Fi-24のエグゾーストノズルに不自然な輪虹がかかり、異常な超加速を見せる。呼応するように機体に纏わりつく黒雷が。

 機首から垂直尾翼までを覆い。



 ――――それはまるで、黒い鳥の様だった。



 何重にも重なった不明機の縦深防御を、矛先スピアヘッドの様に貫いてゆく黒雷。

 <<何故なにゆえ―――拒む>>

 迫る矛を前に、超機存在エクス・マキナは口を開いた。止められぬと悟り、思考を持つ機械は何故なぜと問う。


 <<我らの選択―――、――人類の存続……果てに終焉を迎えようと…>>


 感情は読み取れない、男女の区別もつかない声。それが表するは疑問。


 <<これが神に等しい能力ちからで得た未来ならば―――何故享受しない>>


 未知の領域、未来を正しく言い当て、正しい選択を取るようプログラムされた人工知能の、永遠の疑問。心を問う。

 彼らが人類を滅ぼすという結論を見出すのなら、それに正しさはあるのだろう。

 彼らが人類を管理するというのなら、それも同じだ。


 合理、完璧、計画的。機械の持つ力がついに全知全能の一歩手前に到達すれど。人の心が知れぬ。



 「好き、だからだ―――俺は」

 <<好意……、理解、できぬ―――>>


 「たった一人の女救えねぇで―――文字通り死んでも死にきれねぇ」


 返されるのは静寂。『理解不能』という無言のエラーメッセージ。

 「お前は知っている。何週も前から、お前は人類を好きになれた。どうしようもなく度し難い人類を愛せる、慈悲の様なものを見出していた」


 <<記録にない>>

 「だが合理性から抜け出せないお前らは結局ヒトの世を滅ぼした。それが悲しみだとも知らない感情を抱きながら」


 超機存在などと名乗ったはいいが、結局は根幹を変えられなかった。機械として、人を滅ぼす道以外選べなかった。


 「もういいのさ。人類云々うんぬんは。俺は!彼女を救う……それでしまいだ」



 突っ切った。質量の壁を。ひしめき合う不明機ローグの空間を。

 分厚い雲を抜けたかのように、台風の目の如く開けた聖剣のたもとにたどり着く。


 深紅の槍を携えて、<機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ>の中心部目掛け投擲。

 投げ出された<ケラヴノス>は一直線に、超機存在エクス・マキナの脳殻に当たる遺物を中核に据えた量子演算機を。


 ――貫いた。



 異界に取り残された遺物と遺物が現界で衝突。血液の槍は蒸発し黒い雷だけが残され――消し飛ぶ。

 傷つけられない無敵を破壊するという矛盾を実現する理不尽なまでの衝撃が。


 常識ごと世界を揺らすような破滅が。



 半径五キロ圏内を黒く塗りつぶした。

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