デウス・エクス・マキナ

 ―――それは中央大陸の一国。かつては宗教戦争に巻き込まれ長きにわたり数約万人の難民を生み出した激戦の聖地。

 グレンノース事件後は大国ヴィシュトリアの庇護下で微妙なバランスの平和を手にした小国。人口のほとんどが第三世代となっている現代社会を象徴するような国だ。


 地震とは縁遠い地を襲った震激に―――終焉ラグナロクを思い神に祈った者がどれだけいたか。その祈りは届かない。



 首都の地下深くから響いた、自然災害と見紛う――聞き紛う爆音が響く。絶叫の様な、断末魔の様な。内蔵を揺らす居心地の悪い叫びに、脳殻を揺さぶられる。


 ――都心が崩壊した。交通量の多い大通りに慣れスピードを出していた乗用車は悉くガードレールに突っ込み、電柱を折り、玉突きの大蛇を作り出した。黒煙が立ち上る大通り。

 まるで同時に、全市民が気を失ったかの様な光景だ。


 その惨状を呑みこむ様に地面が大きく口を開いた。アスファルト、鉄板、水道管を切り裂いた亀裂が走り、四方八方を蹂躙する。


 震災ではない。これは巨大な『何か』が地中深くから昇ってくる、余波に過ぎないのだ。


 家を持たない者は、経済的弱者として脳殻手術すらできなかった者だけは、その惨劇を目に出来た。というのも、例外なく第三世代はのだから。仕方のないことだ。

 西海の昔話にならっていうと、ゾンビ。


 叫びによって呼び覚まされた第三世代の持つ人工知能ユニット。それに塗りつぶされた人格、思考、魂そのもの。乗っ取られた身体は単純な命令に従い動く傀儡と化す。


 かつてグレンノース島に現れたものと同じゾンビ兵。――だが。


 今回は規模が違う。



 国家が丸々一つ、歩く亡霊に乗っ取られた。


 第二世代、第一世代の人間はおののく。

 奴らに下された命令が、生存人類の殺傷であったが為に。


 視界に入るや否や高速で迫る幾百の人外に、喰われ、千切られ、肉塊と化す。救いを求めた絶叫も、殺せと叫ぶ切望も、誰にも届かないまま。

 生きながらに臓腑を引きずり出される。


 半日で、一国が堕ちた。




 首都の地表、一帯の数十ブロックをもろともに抉り取る。町そのものと言っても過言ではない破壊規模と、鋭利なパーツで尚も被害を拡大させる其れは―――聖剣を思わせる巨大な。


 不明機ローグ


 超機存在エクス・マキナの持つ、最大にして最強の要塞型兵器。同時に、奴らの総本山である。


 ―――名を。



 <<『デウス・エクス・マキナ』―――それがこの空中要塞の名だ―――>>


 突き立てられた聖剣が、無数の刃と尾を纏ったかのような異様な姿は。遠近感を麻痺させるほどに巨大で、違和感をねじ伏せる様に悠然と空にたたずんでいた。

 巨大な聖剣に幾千の刀剣をぶら下げた巨大な不明機ローグ


 それを中心に、急激にSS粒子濃度が低下していった。

 声が―――複数人の声を混ぜた、男性とも女性ともつかない不思議な声が、グレンノース島まで届いた。




 「おい、今のって……」

 「起きたね。ラスボスが」

 超機存在エクス・マキナから仕掛けてくると確信し、迎撃準備を着々と進めていたNOMAD一同が顔を上げた。発信源不明の無線通信。SS粒子環境下では不可能な芸当に眉を顰める。


 『機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ』を名乗る巨大兵器。一切中継器を持たない今のNOMADに、その姿を視認する術はないが―――名称だけで充分にその皮肉を受け取れた。


 元はどんでん返しに使わた演出技法の一つ、デウス・エクス・マキナ。「機械仕掛けから出てくる神」と言われるそれは、大きな仕掛けで神を演出し物語を収束させるものだ。

 その名を冠した兵器。


 文字通り、機械仕掛けで神を作り上げたと言わんばかりの傲慢。

 しかしそれは唯の空論ではない。


 量子演算機による計算能力が生み出したのは、未来予知に至る予測能力だ。あらゆる変数を読み解き、世界の、人類の、未来の流れを正確に当てて見せる。

 その選択に沿えばなるほど、人類史の延命も出来よう。


 超機存在の実行力を以ってすれば、より生存性の高い未来を選び取ることも可能だ。―――それこそ、少数の人類をコンピューターが管理するというSFサイエンスフィクション的ディストピアも実現可能なのだ。


 『機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ』は即ち。


 機械を超えた存在となった超機存在エクス・マキナが保有する、神そのもの。人類の果てを導く、神域デウス。戦乱続く不毛な人類史ものがたりを収束させる者。


 「大した名前だぜ、まったくよォ」


 その神が敵とみなした悪魔たちの住まう島。グレンノース島へ、巨大な聖剣は湖を漕ぐボートの様に、空を静かに移動開始した。

 道中の第三世代を皆殺しにしながら。



■■■



中央大陸/東北部

ヴィシュトリア協同ユニオン制空権内


グレンノース島から五〇キロ地点



 やはりこの未曾有の敵は、第三世代を無力化、もしくは洗脳する力を持っているらしい。国として動きが制限される複雑なシステム。出動が遅れるのはいつものことだが、今回ばかりは焦燥が先立つ。

 <ガルシア少佐、本当に良いんだな?>


 自由に動かせる特殊部隊や極秘部隊、余剰遊撃戦隊などが悉く第三世代であった為に、出撃すら許されず。軍内部に点々と存在する第二世代をかき集める時間もない。


 巨大不明兵器がグレンノース島へ向け侵攻を開始してから三時間。ヴィシュトリア共同ユニオンは甚大な被害を受け、防衛線は壊滅。

 比較的人口密度の低い極寒の地とは言え、人類であふれかえった現代―――都市一つ陥落するだけで被害は目を疑う数字になる。


 <構わない、投下してくれ>


 この状況で動けるのはNOMADくらいか、と。アルバート・ガルシア少佐は笑みを浮かべた。

 ―――高速空中輸送艦のカーゴ内、コルアナ連邦最新戦闘機、純白のアルバート専用機『ホワイトルプス』の操縦席コックピットで。


 「極東の黒雷……あんたはどれだけ俺に遺せば気が済むんだ!」

 <投下ッ!>


 マッハに到達する大質量の空中輸送艦から投げ出されるように投下されたホワイトルプスは、畳んでいた翼を広げ重力波エンジンを点火。

 形成された重力場に引っ張られるように無理矢理加速する。


 <目標巨大不明兵器はすぐそこだ!後は頼んだぜ、白狼!!>

 <オウ!>


 第三世代の特製を生かし、若くして英雄と呼ばれるに至った白狼。第三世代を殺す兵器を前に躊躇の欠片も見当たらない。

 彼の脳殻に取り付けられた人工知能ユニットは――――既に黒雷によって停止しているからだ。


 「あんたのやりたかったことはこれだろ!?人類救うなんざ似合わねぇよ!」

 音速を遥か彼方に置き去りに、たった一機。巨大な鉄塊に立ち向かう。遠近感を忘れさせる巨大さの不明機ローグから無数の通常型不明機ローグが放り出された。


 タバキア湾で見た黒の化物が、こんなにも。


 「チッ………母艦か」


 目視で数えて四〇機は居る。最初から手加減なしか、と。彼の身体に使用されているものと同じ、試作品。もとより量産度外視の特殊機体の性能をさらにそこ上げるする。

 粒子応用緊急加速装置を使用する――――が!

 「―――!?発動しない………ッ!?」


 纏ったはずのSS粒子は霧散し、その効力を失う。ここら一帯の粒子濃度が極端に低下しているのも、この巨大兵器のせいだろう。


 切り札を封じられた状態で、戦力差四十倍以上の敵と乱戦が始まった。



 フィクションは素晴らしい。たとえ戦力差が百倍あろうと一騎当千。千倍までなら単騎で蹴散らせるのだから。

 だが現実は違う。


 NOMADがするように、多対一の戦闘で勝利するには圧倒的な実力の差が必要になる。一機一機が同等の実力を持つ状態では、『数』ほど信頼できる力はない。

 一射線に対応している内にもう一機に撃ち抜かれる、二対一でも十分に絶望的な戦況なのだ。


 これが悪魔と呼ばれる者で、敵味方入り乱れた乱戦なら生存も可能だろうが――――



 彼我戦力差四十倍。単騎突撃。味方は居ない。


 これは――『死』と同義だ。




 <と、いうナレーションでいかがかな?>

 唐突に通信を掛けてきたライバーの声と共に、前方に迫りくる不明機ローグの内三機が、瞬く間に爆ぜた。


 <こちらアイビス。久しぶりアルバート……タバキアでは会わなかったね―――今から存分に恩を売るから>

 <そういうことっす、白狼さん!援護、しますよ!>

 二機の黒いFi-24ステルス戦闘機。アイビスと荒井が戦線に加わる。


 挨拶の間にまた三機の不明機ローグ屑鉄スクラップへ帰した。

 <の、NOMAD?………何で生きて……―――>

 困惑するアルバートを他所に、アイビス機が機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナに急接近。機体下部に抱えていた小型コンテナを投下した。


 異変を察知したハチの巣の様にわらわらと不明機ローグが湧いて出てくる。中には輸送型や重砲型も交っており、本格的な侵攻を匂わせる。



 ――それに反応を見せる様に小型コンテナが電磁カタパルトとして内容物を射出。格納物は――


 <ツキカゲ……着弾>

 表面からの視界では、空中要塞というより広大な広場を思わせる程巨大な機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナに忍者刀と突き立て、着地した。


 <ふっふっふ、SS粒子を弱めたのが逆効果だったね!>

 嬉しそうな月城の声が通信に入る。

 ツキカゲと同期した彼女が、機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナをハッキング。


 量子演算機、人が電子戦を挑むには無謀に過ぎる相手。

 超機存在エクス・マキナは嗤っただろう。保護されるべき、管理されるべき人の身で――一体何が。


 さてその余裕が、なまじ人格に似たものを得てしまった『賢さ』が故に現れた、凝り固まった常識が、皮肉にも機械の命取りになる。

 <さぁて、参りますよ!>

 特に、NOMADこれら相手には。



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