空を喰らう黒

 閉ざされていた弾痕残る重い扉を開ける。

 「お父さんを連れて脱出とか―――できないかな」

 「お前が『出来ないかな』なんて聞き方してる時点で望み薄だろ」

 淡々と返す瀧も、何処か焦りを滲ませる。時沢台基地の巨大な地下施設そのものをキルゾーンに設定され脱出経路も碌に無い現状――取れる手立てがほとんど残されいていない。

 その上現状を維持するにも、限界も、敵不明機も眼前まで迫っている。


 「……どうする―――」


 一歩、また一歩。地響きは爆発音と瓦礫の粉砕する音に代わり、それが全て施設の強固な床を撃ち抜くための砲撃であったことに気が付く。



 「本当にマズイぜ……」



 階層そのものを大きく揺らす砲撃の連続。


 「俺が行きます。高周波ブレードなら戦車装甲だって引き裂けます、上の階で待機して時間を稼ぐんでそのうちに―――」

 「それしかない。あたしも行く」

 荒井の言葉を遮って、周囲の兵装箱をあさり始めるアイビス。その様子に瀧は深い嘆息を落とす。


 「待て。お前ら刃物でやり合う気か?」


 「リボルバーよりは現実的」


 睨み合う二人の剣呑も、重症を無視して立ち向かおうとする荒井を止める黒木の声も、月城の緊張による呻きとそれを慰めるアニーシャの声も―――


 何もかもをかき消す爆発音が一つ。

 着弾。



 先ほどまでキルゾーンとして活用していたT字の交差は無く、天井を破って―――戦車を同時に数台墜とせそうな巨大な縦穴が露わになった。


 隊員は衝撃波で吹き飛ばされ、コンクリート片に埋もれる。

 打ち付ける雨が、瓦礫や鉄板を叩きけたたましい騒音を奏で――巨大さの割に静かすぎる不明機ローグが、穴の中腹で脚を壁にかけこちらを睨み下ろしていた。


 十数メートルの高さから着地した圧倒的威圧感の化物は、座り込むアイビスの目の前で足を止める。光学センサがじっと彼女を見据え、そのまま主兵装を向けた。


 ――嗚呼、あの時と同じ寒気だ。


 機体の頭部に位置する重機関銃。人を攻撃するように作られていない、対装甲用の巨大な口径を向けられ―――固まる。


 死が実感と共に現れた。異形が向ける、人ならざる者の殺気は、その場の全員を凍り付かせるに十分であった。



 人工知能の情も迷いも一切ない思考プロセスが、標的と同種の危険人物と判断し引き金を引――――




 「……人が眠ってる間にに手を出そうなんざ、」


 ―――ききる前に、見つけてしまった。黒髪黒髭、およそ義体機人マキナンドには見えないズボラ具合の―――不明機ローグとは別種の化け物を。



 「砂鉄以下に成り果てる覚悟はあるんだろうなァ、超機存在ぐずてつども……」



 ――閃光。否、閃光を錯覚させる純然たる力の奔流が、黒雷となって形を成し。


 放たれた光無き稲妻は、装甲を、人工筋肉を、回路を、焼き尽くす。

 不明機であったものが、切り刻まれ、焼け爛れ、無意味に転がる瓦礫と同じものになる。


 ライバーは、座り込んだアイビスに手を差し伸べる。

 「大丈夫か?」

 「お父さん…………、んっ」


 手を引かれたった彼女を、力強い抱擁が包んだ。

 苦しいほど抱きしめられ、だが苦言は無く。


 「すまん………お前を一人にして、」

 「ううん、こうして助けてくれた――何も文句は無い」

 ただ笑顔で答える。



 「あのーぉ。家族愛を見せつける前に上のアレどうにかしてよぉ?」

 状況は未だ絶望的。縦穴を埋め尽くさんばかりの不明機の墜とす影。蜂の巣を思わせる光景。破壊され尽くした地下基地。

 それでもアニーシャの声音こわねは心なしか明るくなっていた。


 「ライバーさん……寝坊です」

 「随分と遅い朝だなァ、重役出勤か?」

 「おか、え…り―――なさい」

 「………隊長さん―――――生きてて、本当に…よかったぁ…」

 「タイミング良過ぎです」

 口々に、思い思いに連ねられた歓迎の言葉たち。


 「今の気持ちは?」

 アイビスがいたずらっぽい笑顔で問う。長いこと、一番傍で見てきた。

 この人はきっとNOMADのことを帰る場所だと認識している。おかえりという言葉はどう?と。

 「少し……嬉しいな」


 ライバーは何処か恥ずかしそうに、明後日の方角を見て答える。目を眇め、天を埋める異形の軍勢を見やり――


 獰猛な笑みを浮かべた。


 「満を持して、言わせてもらおう…………、―――




 隊員達には退避するよう告げた。

 これからおこなうことに、巻き込んでしまわないように。


 右手を掲げる。押し寄せる濁流の様な群に向け。

 その奥に広がる闇夜に向け。

 腕に集約した影の雷光が、空気を捻じ曲げ――鳴く。


 一筋。

 天へと逆さに落ちた黒雷は、雨雲を揺らし、呼びかけ、たぶらかし。

 かき混ぜられた雲にいかずちを蓄える。


 無数、数多あまた不明機ローグたちはその異変を感じ取った。実在してはならない厄災を目の前にしながら、背後の遥か上空に異常な数値が計測されたのだ。

 ぱちん、指を鳴らし今一度黒雷を自身に流し込む。空を呑みこむ巨大な曇天そのものが蓄え、増幅した黒雷が。

 この世のものならざる黒き雷が居場所を見つけ、荒ぶる。


 自らを避雷針に巻き起こした落雷は、更なる乱気流を呼び、天候を悪化させ―――



 天から注ぐは神罰の如き黒雷。死体が山を築き、血の川ながるる地上と、上空に住まう――全てを平等に塵芥ちりあくたへと変貌させるそれは。

 人智を、常識を嗤う力。



 天地開闢てんちかいびゃくを垣間見るほどの地獄絵図と成り果てた。



■■■



 二一八一年九月二十日


 その日、人類は未曾有の敵と遭遇した。ギレン共国、コルアナ連邦、ヴィシュトリア協同ユニオン、ハイド人民共和国。賀島帝国近辺で軍備増強を行っていた国々の数個中隊が喪失。

 それらは操られ賀島本土に位置する時沢台基地を襲撃していた。


 国でも、テロ組織でも―――人間ですらない第三勢力の介入。


 その情報を一般に公開する訳にもいかないが、この洗脳が人民にまで及べば隠しきれなくなるのも時間の問題。


 ―――国々は選択を迫られた。




 矢澤は賀島帝国軍参謀本部から、時沢台基地の異変を見守ることしかできなかった。実際には映像もレーダーの情報もほとんどが粒子に妨げれていたから、見守れていたのかも怪しいが。

 あれから夜が明け、NOMADが全員生還したと知らせを受けたときは、目頭に涙を浮かべたものだ。


 ――だが。ライバーからはこれを上層部には報告しないよう頼まれた。そして同時に幾つかの厄介ごとを任され、また連絡がつかなくなった。


 疑心や不安は無い。彼らは放浪人ノーマッド―――矢澤がまだ若い時に、今と全く同じ顔をしたライバーに言われたことがある。

 『自分はいつか祖国だけでなく世界中から狙われ、追われる時が来る。君は賀島に残ってやるべきことを果たしてくれ、そしたら初めて……本当の意味で俺はNOMADになれる』


 何か、巨大なしがらみを抱え生きているのだと語った男と、交した約束。


 きっと―――その時が来たのだろう。


 妙に座り心地の良い椅子に体重を預け、窓の外を見た。

 歪んだ地平線。変わってしまった世界で。それでも尚変わらず戦い続ける人類。


 同じヒトであるはずなのに、何処か異質なライバーという男は―――やっと、自由になろうとしているのかもしれない。



 「長い旅だったよ、ライバー。君は歳をとらないから――そうは感じないのかね」



■■■



大賢洋上空/賀島帝国軍旧式輸送機『不知火しらぬい

機内



 極東の黒雷ライバー、悪魔の少女アイビスをはじめ、瀧庄次郎、荒井シン、月城愛梨、黒木翔子、ツキカゲ、アニーシャ・L・ドロイツマンの計八名。

 ここにいる八名が―――最後に残されたNOMADだ。


 特殊作戦部隊ではなくなった自由な戦士達の視線は、一様にその隊長に集まる。


 「そうだな、俺たちの最終任務にあたり……黒木にした説明を今一度全員にしようと思う」


 神妙な面持ちになる黒木。だが本人は至って平静に語りだした。




 ―――決して語られなかった、神話以前の真実を。

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