Act:5 反撃の狼煙は紫苑の熱情

黒い空

 あの日、反撃は始まっていた。シュオーデルの残した意思は世界を覆い、稼いだ猶予は実に十六年。その間国々は戦争、紛争にかまけていたが―――第三世代を良しとしない異例の部隊は……その隊長は、着実に雪辱戦に備えていた。

 二と余年、燻ぶった魂に刻まれた約束が。果たさねばならない盟約が、彼を突き動かした。その連鎖を断ち切られ、最終章への突入を余儀なくされたその一筋の稲妻は―――しかし、意識も無く。


 獰猛に笑う。



■■■



 鋭く、けたたましい警報が、時沢台の地を揺らした。空襲を思わせる、本能的に戦慄を覚えさせる不協和音が紺碧こんぺきの空を染める。


 賀島帝国本土時沢台基地の一室で記憶開示を目前にしていた、参謀本部直轄NOMAD特殊作戦部隊の面々は動き出す。困惑を浮かべ動きを止めたのは新人の月城と黒木だけ。

 その他の者らは何の逡巡も無く駆けだす。


 敵襲だ。


 時沢台は賀島列島の中でも内陸に位置する。故に幾万のSS粒子を黙らせるレーダーサイト群に囲まれた本土へ、それもこんな奥地への攻撃など――現実味に欠ける。

 しかし全身で感じる殺気は、戦士達を問答無用で動かした。


 <月城、黒木!俺に付いて来いッ……この基地の管制室から援護だ!!>

 「―――ッ!は、はい!」

 「……了解」


 未だ目を覚まさぬ眠り姫ならぬ<眠り王>を守らんと、黒い騎士団は腹をくくった。


 <いいかお前ェら。狙いはァ十中八九うちの隊長だろう……―――何だかんだ、俺らの大切なおさだ!死んでも護り抜け!!>


 <<了解!>>



■■■



二一八一年九月十九日

賀島帝国本土/時沢台



 まだ夏の暑さを香らせる残暑と、雲一つないインクを垂らしたように青く、何処か海面の様に揺らめく粒子の空。

 かつて人々が鳥に憧れ目指した天空と、その宇宙さきは。今。


 覆い尽くさんばかりの黒に塗りつぶされ、眩暈を起こすような光景に強制的に書き換えられた。

 帝国陸軍戦闘機が緊急発進スクランブルで対応するも、嵐に立ち向かう蟻が如く押し潰される。圧倒的物量。それらが近づくにつれ、一つ一つが、『例の化物』であることが確認できるにつれ―――時沢台基地の人間は絶望を覚えた。


 だが第三世代に感情による支障は無い。混乱する人格とは反面不気味なほど冷静に、頭に埋め込んだ人工知能の弾き出した最適解に沿う。

 対空高射砲の装填、戦闘機及び攻撃機の離陸、全くの予想外の攻撃に対応すべく動く幾百の帝国軍人がせわしなく喧騒けんそうを起こす。



 その中に、第三世代ではない、緊張と焦燥とで心拍数を上げながら、第三世代を超える反応速度を見せる者達が―――すでに緊急発進の準備を終え。


 <NOMAD特殊作戦部隊所属機、Fi-24発進を許可する―――>

 鈍色の空に、一機の戦闘機が舞い上がった。




 <敵性機体をこれより不明機ローグと呼称する――繰り返す、敵性……>

 <自走砲を叩き起こせ!三式弾をブチかましてやれ>

 <あれは…――本当に兵器なのか?四本脚のやつもいるぞ>

 <アイビス!空は諦めて降りてこいッ…こいつら輸送型が居やがった。わんさか人間の部隊が白兵戦仕掛けに来やがらァ!>

 <却下。制空権を完全に渡したらそれこそ、おしまい>


 基地内は飛び交う怒号と無線通信で埋め尽くされ、それを押しつぶさんばかりの爆音が遥か上空で繰り返される。

 アイビスの乗るFi-24は、敵機も友軍機も紙の様に舞い堕ちる空。軽装甲高火力を唄うFiの二七ミリ口径バルカン砲は黒い化け物にも有効であったが、奴らの、有人戦闘機を嘲笑う機動力の前に帝国機は苦戦を強いられる。


 見渡す限り乱戦、という状況は第二次世界大戦並みの戦況である現代ではよくあることだが。今は―――見渡す限り敵機という異様な光景であった。


 異常なSSフィールドは見られない。この機体全てがそれを発動すれば闘いにすらならないだろうが―――それは出来ない。

 活性SS粒子の特徴ともいえるが、コルアナ軍がタバキア湾を奇襲された際、すぐさまSSフィールドを展開しなかったのがいい証拠。これだけ密着していれば連鎖的に自軍が全滅しかねない。


 無敵とも思える盾は無くなった―――が。



 とせどとせど、増援。増援。さらに増援。


 これでもかと迫る敵の波を、ベテランサーファーのように捌ききるアイビス。

 混戦状態の閉ざされた空が―――刹那。


 爆ぜた。


 空中戦区の一角が消し飛ぶ爆轟に連れられて、遠方から発射音が聞こえた。重砲だ、こちらが用意する前に、敵の音速を超える時限信管の対空炸裂弾が空間を攻撃したのだ。

 飛び散る破片が辺りの機体を敵味方関係なく消し飛ばす。


 <重砲型―――ッ!!?>

 息を呑む声が通信に入る。ものの数分でNOMADの特殊な権限の全てを利用し、かき集めた無人偵察機からの映像が、モニタに映し出された。

 黒い機体が、獅子のたてがみを思わせる幾つもの触手の様なワイヤーを揺らめかせる。四足型の不明機ローグが身の丈を超える巨大な砲を背負っていた。


 なぜそれで空を飛べるのかも不明な機体だらけの敵軍に、戦慄すれど立ち止まる暇はない。アイビスは機首を無理やり長距離砲の発射地点に向け驀進ばくしんする。二度目を撃たせてはいけない。

 ――が。砲弾とすれ違う。


 数機の重砲型不明機ローグによる、発射音を置き去りにする質量弾が基地に降り注ぐ。着弾。

 地上の建物群の一角が、たがやされ。


 さらに着弾。跡形もなく消え去った、建物であった場所を見やり、舌打ちを一つ。アイビスはさらに加速する。




 基地の中へ侵入した敵兵は、強化外骨格を纏う義体機人マキナンドであった。これだけの数、これだけの敵機が―――よもやレーダー網に掛からずよくもまぁこんな内地まで来たものだ。

 軍服も様々で、寄せ集めか、国連軍を思わせる。


 そんな呑気な考えを持てる程度には、彼には余裕があった。


 「さぁさぁ!かかって来なモブ共が!!」

 新人。初陣はタバキア湾奇襲作戦。航空機による攻撃。

 二度目は、基地の強行偵察。四本腕の『血濡れの白熊ブラッディ・ポーラーベア』と死闘を繰り広げた。

 名は、荒井シン。


 ギレン共国と賀島帝国の混血。特別に支給された武器は、賀島刀。


 だが今の今までそれを使う機会に恵まれなかったその青年は。自分の土俵で爽やかに笑った。

 構えた高周波ブレードには人工血液を滴らせ、死体の山を築き――その頂点に立つ。


 その姿はまさしく武人。武者。



 NOMAD特殊作戦部隊はその性質上、個性的な者が集まる。世界最強の戦闘機乗り。悪魔と呼ばれる少女。カウボーイ。プロ顔負けのスーパーハッカ―。テクノロジー極まる医者。忍者。執着の狙撃手。―――それらを束ねる、死地で笑う光なき雷。

 言葉は悪いが、いわば彼らは『変態』だ。

 命を懸ける戦場で、和気藹々わきあいあいと空を、海を、地をべる部隊。


 そこに誘われた以上、この荒井もまた―――


 <こちらエコー〇三!ルートBは突破不可能と判断する!>

 <何故だ。我々の目標はその先だろう!>

 <サムライだ!賀島のサムライが居る!!>

 <……は?>


 空を裂き、血を払ったやいばが鈍く輝く。

 これまで披露できなかった特技、銃を持つ敵を相手取った近接戦闘。剣戟けんげき


 狭い通路に陣取って、角や障害物を利用し詰めた距離で相手を切断する。

 まるで風の様に。生き生きと戦場を駆ける血風。


 荒井は、不安を、疑念を、不信を抱く隊長に。だがそれ以上の敬意を、信頼を、憧れを以って―――必ず守ると。

 ライバーの眠る部屋に通ずる最後の防衛線を。

 たった一人で塞き止めた。





 敵は、数で推してきた。それはもうコルアナ顔負けの物量圧殺戦術ドクトリンで。ギレン顔負けの人海戦術で。

 文字通り人の波となって押し寄せる敵兵に。


 管制室で立て籠もる以外の選択肢は無かった。


 「アニーシャ!全然敵減ってねェぞ!?」

 <仕方ないでしょーぉ?こちとら重機関銃じゃないんだからー>

 古風なリボルバー女狐のお下がりで押し寄せる敵を牽制しつつ怒鳴る瀧に、ゆったり喋りながら屋上で絶えず狙撃し続けるアニーシャが答える。


 <そっちに大型改造兵が行ってないだけ感謝してよねー>

 「それはありがてェけど、よッ!!」


 部屋の外で繰り広げられる銃撃戦を聞きながら、月城と黒木は出来得る限りの後方支援バックアップを続けた。

 月城は五機の無人偵察機の操作をフルダイブで同時進行。

 黒木は各隊員のナノマシンに忙しなく命令を飛ばし、アドレナリンの分泌量や心拍数、戦闘依存状態コンバット・ハイになるのを防ぐ。あくまで冷静に戦い続けられる為のサポートだ。


 <アイビスちゃん。そっから進路を南西方向に八度修正。もうすぐ重砲型不明機ローグの陣地に到着するよ!>

 <了解、ありがとうアイリ>


 総力を挙げた防衛線は次第に激化する。留まることを知らない敵の増援に、次々に帝国兵は倒れていった。


 爆音。


 <――――ッ!!第三管制塔、!>

 <アイビスさっさとしろォ!>

 <分かってる、うるさい>


 全方位から鳴り響く爆発音、銃声に、ライバーは寝心地悪そうに唸っていた。

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