白狼

二一八一年九月三日

―――現在/タバキア湾



 <なんか懐かしいね、脚動かなくて助けに来てくれてる感じ>

 <……そうだな>


 格闘王と闘い、無人四脚戦車を破壊した飛行場から、全速力で戻るライバー。

今はアイビスの安否が心配である。

 今の今まで襲われていないところを見ると、コルアナ軍には全くと言っていい程余裕がないのだろう。出撃準備すらしていなかった航空機を根こそぎ撃ち尽くし。人員を消し飛ばし。何とか駆け付けた増援も返り討ち。


 NOMADの内二機撃墜できた時点で、及第点以上なのだろう。


 特に難もなく、アイビスが「空から美少女がーー!」をやった倉庫にたどり着いた。

 周囲に人影は―――



 <………ライバー?>

 <…………来るぞ…>


 突如低空飛行で現れた連邦側の戦闘機。操縦手の技量がうかがえる地上数十メートルの高速飛行、そして空中急停止。吹き飛ばされそうな風圧と轟音の中――姿勢を保ちハンドガンでその戦闘機を狙う。


 敵は攻撃してこない、殺すつもりなら不意打ちの可能性すら見えた完璧に近いステルス飛行。真っ白なコルアナ機と帝国の英雄が睨み合う。


 <会わないうちに世界は変わってしまったな、ライバー……いや、極東の黒雷と呼ぶべきか>

 それは聞き覚えのある声、未だかつて見たことのない機体に乗るその男をライバーは知っていた。


 「―――………久しいな、連邦の白狼アルバート」


 <あんたが戦場ここにいないことを心のどこかで祈っていたよ…かつてのあんたからは想像もつかない、何故だ………………何故悪に堕ちた!!>


 激しい怒りに震える声の主が、黒い鳥の前に舞い降りた。




 白いコルアナ機は荒々しく着陸した。コックピットのハッチが複数パーツに分かれ複雑に開く。彼専用にカスタムされた戦闘機、『ホワイトルプス』だ。

 中から出てきた背の高い男がアルバート・ガルシア少佐、コルアナ連邦の若き英雄であり、国民からの人気も非常に高い男だ。数年前に開催された帝国連邦合同訓練にて彼らは出会う。


 高身長に長めの茶髪、無駄に男前な顔。サイボーグのデザインはライバーのものと似ている。どちらもスリムながら筋肉質で機動力を重視しているものだ(黒雷の場合無茶が多いので頑丈さの方が大事だと言っている)。


 アルバートのカラーリングはライバーの黒に対して真逆の白。


 ――正義の白と、人は呼ぶ。



 「宣戦布告どころか外交停止宣言すらせずにノコノコ現れるとは――あんたらは戦時国際法ルールってものを忘れたらしい」

 嗚呼なるほど。彼の言葉で、ライバーの中にあった疑問は確信に変わる。

何故タバキア湾攻撃作戦全権責任者である後藤上位大佐が、慎重に行こうという至極


 真っ当な意見に耳を貸さなかったのか。――奇襲だからである。


 何故反撃も散漫で、コルアナ国民は日常を送っていたのか。―――奇襲だからである。


 これが『タバキア湾』だから、である。


 情報を兵士たち手前で塞き止めて。どうせ宣戦布告の文書も塞き止めたのだろう、と心の中で冷ややかに嘲笑わらった。


 「そういう事か」

 悪と呼ばれて当然。


 <んな事だろォたァ思ったが。大佐、後で説明はもらえるんだろうな>

 <……………>

 瀧の苛立ちを隠そうともしない声が聞こえる。他の者は黙ってしまった。



 「弁明の余地なしだが、俺もここで「はいすみません」と死ぬわけにはいかない立場だ。押し通らせてもらうぞ」

 「………せめて……せめて、ここで止まってくれ!!」


 アルバートは腰につけたシース(鞘)から刃渡り二〇センチ程の高周波ナイフを取り出し、逆手で持った。

 腰を落とし、脚のふくらはぎバネで踏み出す。五〇メートル先に待つライバーへ弧を描くように接近する。その速度は、一歩踏み出すごとに加速し―――


 足裏、脹脛ふくらはぎ、腰、背中にある推進装置スラスターが火を噴いた。


 空中を壁の様に蹴り、常軌を逸した軌道で迫る白狼に対し、発砲。彼は弾道予測から、空中で身を捻じり――スラスターの推進力で縦回転、踵落かかとおとしを見舞う。



 これを両腕を交差させ正面から防ぎ、衝撃を横へ流す。アルバートは防がれ尚、逸れたエネルギーを利用し更に回転高周波ナイフで中段を攻めた。

 紙一重、最小限の動きでこれを躱し、M1911はここでホルスターに収めた。


 「いい動きだッ」

 再度突き立てられたナイフ、空いた両手でナイフを握る手と肩を掴み、脚を刈り取るライバー。体制を大きく崩ずされ、空中に投げ出されるも――くうを蹴り、逆に相手を振り回す。


 黒は地面に叩きつけられ、即座に立て直す。つい数舜前まで頭があった場所をアルバートの蹴りがかすめた。



 足技を中心とした戦闘スタイルにナイフの斬撃を織り交ぜたアルバート・ガルシア。彼の苛烈な猛攻に、ライバーはサバイバルナイフを抜く。剣戟、散る火花、ぶつかり合う義体装甲。

 白狼は器用に片足を軸に、感情の乗った蹴りを連打する。


 互いに意志が通じ合っているかの様に、ほんの一瞬攻防が途切れた限りなく小さな隙に、銃を抜いた。


 突き出した銃と銃が交差し、弾丸は互いの頬を掠る。躱しては相手の手首を抑え、攻撃に転じては避けられる。銃と刃物を織り交ぜた複雑な戦闘を繰り広げる。

 短い攻防、圧縮された時間の中、激しい近接戦もつかの間。両者は弾倉内の弾を撃ち尽くし、剣を振るった。


 鈍い音が鳴り、刃と刃が衝突する。鍔迫つばぜり合いの中、アルバートは込めた力を抜くことなく、



 「黒雷……あの白い建物が何か分かるか?」

 視線で横を指した。彼の視線の先にあったのは、唯の瓦礫の山と化した「第七目標」だった。帝国軍がG2爆弾を用い中にいる人間ごと焼き払った白い建物ビルだ。


 「あれは……民間人も利用していた病院だったんだ…――軍の最新医療やサイボーグ技術を必要とする人々が……大勢…あそこに、いたん、だッ!!!」


 怒りに任せ力技で相手を吹き飛ばすアルバートは、険しい顔で高周波ナイフを真っすぐライバーへ向けた。

 オルクスにいる後方支援班員オペレーター達の声が聞こえる。


 <び、病院だったの…?宣戦布告なしの病院なんて………民間人でいっぱいなんじゃ……………>

 <………………。>



 「俺はあんたを過大評価していたようだ。NOMADは……残酷にあり続ける時代を否定するように、第二世代セカンドの人間だけを集めた面白い部隊だと思っていたよ。だが帝国軍のやり方がこれで、あんたらはそれに従うのだろう」


 銃を納めたアルバートは、改めて、冷ややかな目で睨む。

 正義と正しさと、信じ抜き昇り詰めてきた男は、構える。


 「あんたの強さはよく知っている、だから……全力で行く」

 全ての推進装置スラスターを起動させるだけでなく―――装甲の隙間からは紫苑しおんの微光が漏れ――――


 「これが第三世代サード・義体機人マキナンドの力だ!ライバァァァァァァァ!!!!!!」



 重く鈍い。


 頭蓋ずがいが軋むような感覚に、現実に引き戻された。一直線、愚直なまでに真っすぐな突きは、シュオ―デル粒子を応用した超加速により、本人にも制御できない次元へ到達。


 しかしそれをあらかじめ予測、行動していたライバーの拳が、顔面にめり込んだ(白狼から拳に突っ込んだという表現の方が正しい)。


 微量、迸る黒雷。


 異常な速度が攻撃力を生み出すのならば。反面、その速度で反撃を食らえば同じ衝撃を食らうことになるのは自明の理。

 吹き飛ぶでもなく、慣性に引っ張られるでもなく、その場で派手に一回転し、若き白狼は地に落ちた。


 「――――カハッ……」


 脳震盪で混乱するアルバートは、自分が負けたということだけは理解できていた。少しの隙が死に直結する死闘において、地に伏し動けなくなることは死と同義である。


 「ゼェ……ゼェ…いいさ、殺せ」

 「ハァ…………ッ……いいから話を聞け」


 横になった彼の横に腰かけるライバー。

 「奇襲の件だが、俺達兵士は知らなかった。今更言い訳にしかならねぇがな。」


 「……………」

 荒げた息を整え――――


 「なぁ………あんたは、何の為に戦っているんだ?」

 素朴な疑問を投げかける。異質な部隊の異質な隊長。第二世代をかき集め、時には命令に背いてでも我を通す男。その彼が闘う訳を、常々考えていたのだ。


 「…………国の為だとか、人類の為だとか――そういった御託や矛盾を抱えたまま。家族と友人守って矛盾そのものと戦っている……」


 家族?と疑問符を浮かべる白狼だが、言わんとする事は理解した。

 この男は戦争の勝敗に小さくない影響を与えられるにも関わらず、個人的な目的の為闘っていた。見ようによっては無責任にも感じられる答えを完全に理解できたのは、心配そうに通信に聞き入るアイビスだった。


 年齢、実名、その他もろもろ謎極まるライバーという存在の、「家族」という言葉にえも言われぬ幸福感を感じたのだ。

 「………………ふふ……」

 彼女は嬉しそうに頬を桃色に染め、にやけた口元を手で隠した。


 「その大切なものを拾いに行かにゃならんのでな、先を急がせてもらうぞ」

 「―――俺を殺さないのか?またあんたを殺しに行くかもしれないぞ?」


立ち上がったライバーは、温かい視線で見下ろした。まだキラキラと粒子の立ち昇るアルバートを見て答える。


 「何度でも来い、何度でも返り討ちにしてやる。お前は既に友人の枠に入っちまってるからな……」


 ははは、と力の抜けた声で笑う白狼。あんたには敵わんなぁ、言外にそう告げる笑いで真っ黒な雷を見送った。

 ライバーは去り際に、振り向きもせず人差し指で天を指して―――


 「あと、コレ貸し一つだからな……いつか返せよ?」


 アイビスの待つ倉庫へと、歩き―――




 猛烈に第六感を逆撫でする、冷たく、無情で、嫌な殺気に―――


 空を、見上げ―――それを見る。



 漆黒の塊は、戦闘機と呼ぶにはあまりに隆々りゅうりゅうとした機体を持ち。

人型兵器と呼ぶにはあまりにも歪な手足の付いた。

 触手の様な機関を無数に生やしたそれは―――

 クトゥルフ神話を彷彿とさせるそれは―――――――


 名状し難い―――異物いじょう

 この世のモノとは到底理解できぬ―――化け物。


 『何か』もわからない『それ』は、唯々背筋を凍り付かせる殺意だけを明確に放っていた。



 「れッ!!瀧ィ!!!!」

 黒い鳥の指示に、刹那の迷いもなく――


 待機していた黒雷ライバー専用機、Fi-24のバルカン砲が毎分六四〇〇発の機銃弾をぶちまけた。

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