2-7. 決戦(前編)

 アコーリベラルの支部は次々と潰され、残ったのは本拠地だけになった。アコーリベラルの本拠地は、最初にテロが行われた成田市にある。利根川と支流に囲まれた攻めにくい地形に、巨大な平屋が建っている。テロの前に完成していた事から、計画的に町が乗っ取られていった事が分かる。

 工場として建築されたその建物は、特殊部隊が行うドアブリーチングを以ってしても簡単には侵入できないくらいの強度を持っている。また、四ヶ所に設けられた入口では、イブのハッキングスキルをコピーしたジョージによって、ICEが稼働している。現実世界でも仮想世界でも、セキュリティは万全に保たれている。


 今回の作戦ではオーウェンを通して、私達にも参加してほしいと声がかかった。新しい生物兵器が製造されている可能性もある事から、今回も穏便に突入したいようだ。

 北側のシャッターを囲んで掘られた塹壕では、顔見知りのサイバー防衛隊員が準備を進めていた。四ヶ所の入口に同時攻撃を試みるが、本命はこのシャッターだ。半数のサイバー防衛隊員、私、イブ、そして戦場に似合わない長髪の男が攻撃に参加する。


「私を呼んだ事、後悔しますよ」


 私の正面で塹壕の壁に寄りかかっている儀利古が言った。

 前回のICE攻略で、単回線の自身の非力さを痛感したため、駄目元で声をかけたところ、あっさりと力を貸してくれた。


「ゴキブリさん、過去にはいろいろあったけど、今日は頼りにしているわ」


 私のバーチャルコンソールを介して、マリアが儀利古に話しかけた。彼女は万が一生物兵器が漏れた場合に備え、近くのシェルターに控えている。


「マリア様に応援して頂けるなら、全力で取り組ませてもらいますッ!」


 恍惚の表情を浮かべている男を横目に、私はコンソールに話しかけた。


「人使いがうまくなったというか、ひどくなったんじゃないか」

「人の心が分かったのかも」

「そんな理解はして欲しくなかったな」


 マリアがいたずらっぽく笑う。直後、真顔になって音声を私のヒアラブルデバイスに絞った。


「今のうちに、話しておかないといけない事があるの」

「今じゃなきゃ駄目かな。ハッキングの準備をしないと」


 マリアは黙ってシークレットウィンドウをコンソールに転送してきた。シークレットウィンドウは覗き見を防止するための機能で、当人のスマートグラスにしか投影されない。私は画面を見てから、慌てて彼女の顔に視線を移した。

 信じがたい事ではあるが、マリアが言うなら間違いない。


「分かった。必ず用意しておく」

「よろしく。きっと無駄にはならないと思うわ。健斗にとっても、私達にとっても」


 マリアとの通信が切断された直後、積み上げられた土嚢の上に、スマートなシルエットが飛び乗った。ヤンキー座りをした銀色の体は、空と地面を映していてツートンカラーに見える。


「今回は俺が守るからな。安心してハッキングしろよ」


 アガートラム改が塹壕の上から話しかけてきた。本作戦ではエマも参加する。シャッターを開けた後、アガートラム改を使用して撹乱を行う事になっている。


「護衛は俺の任務だ。お前は、お前の仕事に専念しろ」


 塹壕から頭を半分出して施設の様子を伺っていたオーウェンが、視線を逸らさずに言った。


「うるさいな。少しくらいいいだろ」

「それと、そんなところに座っていたら、敵の良い的だ。指示された配置に戻れ」

「へいへい」


 翻った銀色の肢体が、土嚢の上から消えた。

 塹壕内は立て続けに騒がしい。歩いてきたイブが、隣で壁に寄りかかった。


「お待たせ。疲れた……、ようやく検査が終わったよ」


 イブはアコーリベラル側にいたこともあり、作戦に参加するならデータや体内の検査を受けるように条件を出された。それでも彼女は一緒に参加したいと言い、嫌な思いをしながらも検査を受けてくれた。


「お疲れ」

「まるで戦争みたいだね」


 周囲を見渡しながら呟く。酒々井支部の作戦では敵側だったので、現場を見るのは初めてのはずだ。


「相手が国では無いだけで、やっていることは戦争だ」


 塹壕の間を中腰で歩いてきた進藤空曹が、私達の前に立った。私は慌てて腰を上げた。


「今回もよろしく頼む。ただ、あまり無理はしすぎないようにな」

「約束はできないですけど、がんばります」


 今回もスマートグラスを使用する予定である。言葉を濁すしかない。


「大丈夫、今日はあたしが監視してるから」


 イブが親指で自分を指差した。進藤空曹は苦笑いを浮かべ、後ろを向いた。


「兄ちゃんも、ウィザード級のハッカーなんだって? よろしく頼む」


 恥ずかしそうな儀利古が、無言で頷いて返事をした。


 現実世界では静かに、仮想世界では激しく攻撃が開始される。儀利古の蟲が一斉に本拠地のシステムの構成を調べ始める。すると即座にICEが反撃を始める。高性能のサーバーを使用しているのか、酒々井支部の時より攻撃が的確で速い。

 スマートグラスの端に、『38621』という数値が白い文字で表示された。横にはゴキブリらしきドット絵も描かれている。『38594』、『38581』、徐々に小さくなっていく。


「数も、正確さも、私の蟲が負けています。あまり時間は無いですよ」


 儀利古は今回の作戦に備えて自衛隊からサーバーを借り、豪勢にも蟲ごとに仮想化させてスペックを高めていた。その仮想サーバーが、次々にICEに権限を奪われ沈黙していく。スマートグラスに表示された数値は、『生き残っている蟲の数』だ。


「マルチエージェントは得意分野だろ。耐えてくれ」


 応援したつもりだったが、儀利古に睨まれた。

 矢面に立ったら、ひとたまりもない。蟲とICEの攻防を横から眺めながら、本拠地のシステムの綻びを見つける。

 軽微な脆弱性。おそらく資材の搬入に使われていたと思われる、業者用のロック解除コード。特定できればルート権限を取得しなくてもドアを開閉できるため、かなりハッキング時間を短縮できる。一方で、特定できなかった時のリスクも大きい。

 私は隣に情報を送り、視線を向けた。


「いけるか」

「やろう」


 イブは緊張した面持ちで頷いた。

 ロック解除コードの桁数は八桁。アルゴリズムはRSAによる公開鍵暗号。

 業者はあらかじめアコーリベラルからロック解除コードを受け取っている。これを本拠地のシステムから受け取った公開鍵によって暗号化し、送り返す。すると、本拠地のシステムは秘密鍵によってデータを復号化し、ロック解除コードが一致しているかを確認する。一致していればシャッターのロックが解除されるという流れだ。


 ブルートフォースで総当たり式に解除コードを試すのが常套手段である。一時間もあれば、全てのパターンを試せるはずだ。しかし問題は、激しい通信を行えば、確実にICEが反応するという事だ。

 スマートグラスの端の数値は、四桁まで減っていた。蟲による目くらましは、あと数分で終わってしまう。


「――何を考えているか、当てようか」


 ブルートフォースのプログラムを用意しようと、コンソールを叩いていた手は、イブに止められた。


「ばれた?」

「耐えて。もう少しで、きっと状況を変えられるから」


 どういう訳か、イブは本拠地とのネットワークを切断して、周囲のアドホックネットワークへと接続した。

 スマートグラスの端の数値は、最初の十分の一以下になった。


「分かった。イブを信じる。俺にできる事はあるか?」

「コッパースミス攻撃のプログラムを用意しておいて」


 イブの口から発せられた、コッパースミス攻撃は、アメリカの暗号研究者、コッパースミスの定理を使用したRSAの解読手法である。秘密鍵の一部が判明している場合や、秘密鍵の生成に使われた素数の一部が判明しているシチュエーションでは、ブルートフォースの時間を大幅に短縮できる。

 しかし、秘密鍵はシステムの内側にあり、ネットワークの外から確認する事はできないはずだ。イブは何をしようとしているのだろうか。


 スマートグラスの端の数値はゼロになった。蟲の仮想サーバーが全て無効化された。儀利古が両手を上げて降参のポーズをする。


「タイムオーバーです。撤退を進言します」

「ううん、間に合った」


 イブがコンソールに表示された画像を指で弾いて、私のコンソールに送った。それは、無人のコンビニで稼働を続けていた監視カメラの映像だった。トラックの窓と、運転手が映っている。かなり拡大と補正を繰り返したようで、解像度は低い。


「荷物を運搬していた業者の映像か?」

「うん。位置が悪くて、指の動きが分かったのはこれだけ」


 運転手がジェスチャーでロック解除コードを打ち込む。肩で隠れているが、辛うじて最初の二桁は指の動きで分かる。

 私はコンソールを叩き、攻撃プログラムの続きを完成させた。

 コッパースミス攻撃には、もう一つシチュエーションが存在する。平文、すなわちロック解除コードの上位または下位ビットが判明している場合、だ。上位二桁――十六ビットが判明したため、攻撃が可能になった。


「そういう事ですか。ロスタイムはせいぜい三分ですよ」


 儀利古が自衛隊から借りていたノートパソコンを閉じ、自身のノートパソコンを開いた。スマートグラスの端の数値が、ゼロから『532』に増えた。


「余裕」


 私のスマートグラスとイブの内蔵コンピュータから、コッパースミス攻撃を併用したブルートフォースプログラムが実行される。ICEがトラフィックの変化に気付いた時には、解析は終わっていた。スマートグラスの端の数値は、『184』で止まっていた。


 カチリというロックの解除される音の後、ガラガラとシャッターが開き始めた。


「やったな」

「信じてくれて、ありがとう」


 抱きついてきたイブを受け止め、体勢を崩した。

 イブの肩越しに、サイバー防衛隊員が機器をまとめ始めたのが見えた。撤収とは違う。移動させるための準備をしているようだ。


「いちゃいちゃしている場合ではないですよ」


 儀利古が自身のコンソールをこちらに向けてきた。システムからダウンロードしたものだろうか、施工図が表示されている。私はすぐに、ある事に気付いた。


「隔壁?」


 建物の内部は三等分されている。それぞれの区画を分断している壁には、鍵のマークが描かれている。


「そのようだ。おそらく碓井譲二は、二枚の隔壁の向こうだろう。作戦は継続、制圧が完了次第、我々も隔壁のロック解除に向かう」

 進藤空曹が言った。

 恐らく残りの隔壁でもICEが稼働している。既に儀利古の蟲は枯渇しており、苦しい戦いになるのは間違いない。



 開ききったシャッターから、アガートラム改と自衛隊が突入を開始した。

 中はトラックヤードになっており、トラックから物資を降ろしやすいように段差が設けられている。あらかじめ行動が決められていたかのように、一名が上段に銃を向けて周囲を警戒し、残りの隊員が迅速に駆け上がる。建物内は天井が高く広いが、コンテナが積み上げられており、奥まで見渡す事はできない。


「何をこんなに溜め込んでるんだ?」


 エマが隣を走っていた隊員に尋ねるが、首を傾げるリアクションしか返されなかった。


 コンテナの上に一斉に人影が現れる。これまで人間の気配が無かっただけに、不気味に映る。隊員達は互いに背中を合わせて小銃を構えたが、それが何者で、どれだけいるのか理解して絶望した。


「て、撤退、撤退!」


 浴びせられる大量の銃弾。ある者は小銃で反撃しながら、ある者は赤く染まった腕を押さえながら、ある者は怪我した仲間を引きずりながら、建物の外まで後退した。


「何があった?」


 一跳びで塹壕まで下がったアガートラム改に、健斗が声をかけた。


「冗談じゃない。あいつら、生物兵器なんて無くても、真正面から国と戦うつもりでいやがったんだ」


 本拠地内で彼らが目にしたのは、第二世代アガートラムの軍用モデルだった。それも一機ではなく、十機以上がトラックヤードに銃口を向けていた。


「軍用モデルだと? ドミニクだけではなかったのか。あの数では、歩兵だけでの対処は難しいか……」


 塹壕から顔を出したオーウェンが、珍しく弱音を吐いた。


「任せろ。軍用モデルに対抗できるのは、俺だけだ」


 アガートラム改が先行し、建物内に飛び込む。多方向から一斉に銃撃を受けたコンクリートの床が抉れる。

 軍用モデルが周囲を見渡して、消えた機体を探す。アガートラム改はコンテナの上で姿勢を低くしていた。踏み出された一歩と共に突き出された拳が、横っ腹を抉る。別の軍用モデルから一斉に放たれた銃弾の射線上に、巨体を引きずり回して受ける。

 幸い量産品はレーザーライフルを装備していない。スピードで圧倒しながら、片っぱしから蹴散らしていく。


「旧式め、ずいぶん暴れてくれたな」


 軍用モデルの肩に飛び乗り、頭部をむしり取ったアガートラム改に対して、ドミニクの声が届く。


「あんた達に比べれば、かわいいもんだろ」


 アガートラム改がコンテナの上から飛び降りる。頭部が無くなり膝から崩れ落ちた軍用モデルの巨体の体表を、赤い光が横断した。赤熱した切れ目から、真っ二つに分かれる。


 着地と同時に、レーザーの出所に向かって走り出す。ボワッと燃える音が微かに響き、アガートラム改が走りながら顔を上げた。

 天井すれすれで方向を変え、一斉に集まってくるのは、誘導ミサイル。着弾する直前で逆方向に跳び、追尾から逃れる。爆風から逃れて、コンテナの陰から飛び出した。

 待っていましたとばかりに、レーザーが着地点を狙って放たれる。しかし赤い光は細かく散乱して、コンテナや壁を照らした。妨げたのは、あらかじめ発射されていたチャフ。機体性能も戦闘のセンスも互角だった。


 アガートラム改がコンテナの陰に隠れた。その向こう、本拠地の真ん中に陣取っていたのは、フル装備の軍用モデルだった。


「俺の勘だと、あんたがアコーリベラルにいるのは、オーナーのためじゃない。人間を憎んでいるからだ。ドミニク、あんたに何があったんだ?」


 エマが話しかける。予想外の質問にドミニクはたじろいだ。



 ある都内の高層マンションに、夫婦がいた。彼らはそれなりに幸せに暮らしていたが、結婚から五年経っても子供ができない事を気にしていた。高額な費用と苦痛を伴う不妊治療を始めたが、神様は気まぐれだ、彼らの間に子供はできなかった。六回目の結婚記念日に、ドミニクは彼らの子供として作られた。

 夫婦は愛情を注いだ。データ上ではあったが、ドミニクは明るく素直な子供に育った。ある時は遊園地に行き、ある時はBBQをし、ある時は山を登り、家庭には笑顔が絶えなかった。


 神様は気まぐれだ、七回目の結婚記念日、夫婦の間に子供ができた。


 腹を痛めて産んだ子供だ、格別の愛情が注がれた。ドミニクは寂しい感情を抱きながらも、お兄ちゃんなんだからと自分に言い聞かせて我慢していた。

 ベビーチェアに乗せられた赤ん坊の前に、ドミニクが立つ。赤ん坊は一心不乱におもちゃを触っている。スマートグラスの埋め込まれていない目に、彼の姿は映っていない。


 実子が三歳になり、スマートグラスの手術を控えていたある日、夫婦はドミニクを捨てる決断を下した。彼らはアコールの子供の存在を、結婚生活における汚点だと考えていた。実子の双眸にその姿を映したくなかった。

 しかし彼らはデータを消す事ができなかった。夫はパソコンに詳しかったので、クラウドストレージにドミニクのデータを移行した。追い出されたドミニクは、オーナーと、家と、家族と、愛情を、一度に失った。


 ドミニクは小学生の容姿を持ち、同レベルの知識しか与えられていなかったため、外の世界に馴染む事が出来なかった。

 出歩いていると、何度もお節介な大人達に両親の居場所を聞かれた。彼がアコールである事を伝えると、皆が真顔に戻って立ち去った。

 人間はなぜ、実体にこだわるのだろう。校庭でサッカーをしている子供達を遠くから眺めながら、ドミニクは悩んだ。体を持っていたら、彼らと一緒にサッカーで遊べたのだろうか、大人達は一緒に家を探してくれたのだろうか、兄弟としてやっていけたのだろうか。

 ドミニクは自身の外見に対するコンプレックスを強くし、同時に人間に対する憎悪を深めていった。


 アルバイトの人間の手を借り、廃工場で組み上げたのは金属の肉体だった。体表は銀色で、胴は車と同じ幅、身長は二メートルを超えており、乗っている間は小学生だと気付かれない。両手には銃器が埋め込まれており、街行く大人に舐められない。

 砂を踏みしめる音がドミニクの耳に届き、彼は振り向いた。そこには二人の男と一人の女が立っていた。


「初めまして。私はアコーリベラルの代表、碓井譲二です。彼らはハーロウとミリアム」


 ドミニクは自身に話しかけてきた真意を測りかね、ぽかんとしていた。


「私達はアコールのための世界を作るため、仲間を集めています。金属の体を作り上げたドミニク、ぜひあなたが欲しい。一緒に来て下さい」


 譲二から手が差し出された。



「あんたと俺は、似た者同士だ。あんたは人に存在を認めてほしいと願い、体を欲した。俺は人に触りたい、触られたいと願い、体を欲した」


 エマが話しかける。


「人に認めてほしい? そんな事は思ってないね。この体で、人も家庭も滅茶苦茶にしたいだけだ」

「素直じゃないな。かわいそうに、中身は子供のままか」


 ドミニクは無駄だと知りながら、コンテナに向かってレーザーを放ち、怒りを露わにした。


「お前、ほんとにうるさいよ!」

「俺も健斗に出会えていなければ、今頃人を恨んだままだったのかもしれない。今からでも遅くない、きちんとしたオーナーを探せ」


 アガートラム改がコンテナの間を駆け抜ける。軍用モデルがレーザーを照射して追いかけるが、コンテナの壁面を溶かしただけだった。


「僕のオーナーは、譲二さんだけだ。僕の事を子供だと思って、そうやって上から命令してくる奴は、大嫌いだ」

「そうか、嫌ならこれ以上言わない。子供らしくいられる方が、あんたにとって幸せだと思っただけだ」


 跳び上がったアガートラム改に対して迫る赤い光は、柱を蹴って方向を変えられかわされた。


「回収したアガートラムを調べた。そのレーザーライフルには、兵器としての重大な欠点がある。発振器の激しい発熱のせいで放熱が追いつかず、せいぜい一分しか照射できない事だ。それ以上使用すれば熱で壊れる」


 話しながら、アガートラム改が別のコンテナの間を駆け抜けた。軍用モデルは再びレーザーを無駄撃ちする。


「一分あれば、お前を蒸発させられる」

「そうか? そら、あと十三秒だぞ」


 軍用モデルがレーザーを止める。アガートラム改がコンテナの陰から飛び出し、二歩目で進行方向を軍用モデルに向けた。

 腕に内蔵された銃と迷ったが、以前避けられていた事を思い出し、レーザーを照射した。アガートラム改が地面を蹴って横に飛び、コンテナの陰に隠れた。


「あと七秒」

「う、うぁぁ!」


 軍用モデルが肩から上空に向かって誘導ミサイルを発射する。六発のミサイルは屋根付近で方向を変え、隠れていたアガートラム改に照準を合わせる。

 コンテナの陰から飛び出したアガートラム改の背後でミサイルが着弾する。施設内に炎と煙が巻き上がった。熱風に煽られ、銀色の体が吹き飛ぶ。


「下手な芝居は辞めろよ、それくらいじゃ壊れないだろ?」


 ドミニクは冷静にレーザーライフルを構え続けている。

 煙の中に浮かび上がる人影。不意打ちが来ると予想していた軍用モデルは、すぐに気付いてレーザーを放射した。赤い光は煙の中で薄くなって掻き消された。


「不意打ちじゃなくて、それが目的か!」


 エマが狙っていたのは、煙による散乱だった。レーザーライフルの上面に並んでいるコンデンサが回転しながらせり上がった。オーバーヒート。銃口から放たれていた赤い光が消える。

 煙の中から小柄な銀色の体が飛び出す。ばら撒かれた銃弾を避け、膝蹴りで頭部を捉える。頭部のくぼみに手を差し込み支点とし、自身の向きを変えて背後に飛び降りた。背中の左下にある制御盤の正確な位置に拳を突っ込み、配線を千切る。

 機体とルーターへの電源供給が遮断され、軍用モデルは沈黙した。今回は逃げる暇を与えなかった。


「すべてが終わるまで、ここで大人しくしてろ」


 アガートラム改は腕を引き抜き、背中を向けた。


「すごいや、電源を狙ってくるところまで、ハーロウの狙い通りだ」

「何だって?」


 振り向いた彼女は、まばゆい光に包まれた。施設内に爆音が轟いた。

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