詩人の広場 第二回 前編

さて今日も今日とて働けど働けどわが暮らし楽にならず。そんなわけで……


帆場

すみません、今から自宅に戻るのでぼつぼつと初めておいて頂けますか?30分には参加出来るかと。


しづき(失言工房)

承知しました。帆場さんが参加されたところで進行はバトンタッチしてよいですかね。ルーズな人間なので、時間管理役は気をもんでしまうので。


しづき(失言工房)

とりあえず予め詩を転載しておきます。

今回は私の選んだ二つになりますが、はじめにオキノラクさんの「逆しまさかしま」から読んでいきたいな、と思います。


しづき(失言工房)

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885201714/episodes/1177354054885320759


 霄壌は逆しまと為る


 Iのたつ土は、もとは碧空の在りかにて


 すこやかな土より滴しずくはぽちゅりぽちゅりと芽吹く


 芽吹きはもともと土の在りかだった場に……碧落に、波紋を落とす


 この澄明にくすくすとわらうのは茸で


 蒼、翡翠、深紅……宝玉のごとくまろく輝く茸たちはIを囲繞してささやく


 みんな逆しませかいは逆しまさぁさ歩んでごらんせかいは逆しまに満ち満ちる


 きのこの言の葉を頼みに、足を一歩踏みだせば、とたんにせかいは逆しまに在らず


 霄漢と大地はととのって在る


 しかし茸のかわりに轟々と音はなだれた


 そちらをIが見遣れば、滝はみなもへ身をそそぎ、磊々たる石はひやこい空気に染みて、みなもを囲う


 その音を耳にあてがっていれば、いつの間にかおぼれていた


 水は廊下に隆起して、いいや廊下が水沫みなわとなってふくらみて水と為りて、ふくぶくふくぶく溺れゆく


 思考はとろみ、意識はふやけ……


 病院ですよの声にも気づかず、目が覚めれば屋上に立つ


 Iはいのちの檻を――あるいは鉄の柵をとびこえて、まっさかさまに落ちていった


 あぁ やはりせかいは逆しま


 皆 みぃんな逆しまだ


しづき(失言工房)

あ、ふりがな一部消し忘れてますが。

まず、まだ誰も発言のないうちに、私の感想を書いておこうと思います。まとまった感想ではないですが。


しづき(失言工房)

一読して思ったのは、難読の使用と、“I”という奇妙な人称(?)についてで、これをどう解釈するか、から読みが始まりました。とくに“I”なる人称が気になりました。


オキノ ラク@文体定めていきたい

これは拙作の話なのでできるだけ私は作品に対する言明(解説)は控えますね


帆場蔵人

おこんばんは、お待たせしました! 猪🐗にエンカウントしてビックリ、無事に帰参しました。


帆場蔵人

湿原さん、ありがとうございます。

ちょうど半なので22時15分くらいまでおきらくさんの作品を行きましょうか。


しづき(失言工房)

いま思えば、イニシャルIという線もあったのかな、と思いますが、英語の一人称だろうととりました。ただ、ここで“私”といわず“I”と表現するのはなんだろうと。どことなく不気味な印象を私は受けたのです。

で内容のほうにその意図を探しまして、天地が逆転していることがある。そして茸がある。この茸はささやき、くすくすと笑っている。ここに私は精神病的感性を感じました(あくまで詩の解釈に精神病を参照している感じです)。


しづき(失言工房)

帆場さん助かります。


帆場蔵人

確かにイニシャルも考えられましたがストレートに英語の"わたし"の" I"を当てはめましたね。


しづき(失言工房)

つまりのところをいえば、天地が逆になっていると共に、自他の内外も裏返しになっているように感じました。

これがIが異質なものとしてあるいは、空っぽなものとして感じ、代わりに外部で私の声が茸となってくすくす笑ったり喋ったりしているのかな、と。


帆場蔵人

全体的に何処か滴るような病的なにおいは感じられる語句の詩ではあります。また世界がさかしまであっても" I "であれば同じだからかなぁ、と。主観としてのわたしは変わらない。


しづき(失言工房)

一度天地がもとにもどるんですが、それが茸の促しに端を発して、たぶんIがはじめて主体的(?)に動く(一歩を踏み出す)ことに契機がありました。つまり茸は自己にもどったととりました。



草月玲

私は甲・乙みたいに、”I”というのは指示語のようなものとも感じましたが、どちらとも取れたのであまり深く考えませんでした(笑)

でもいま改めて熟読し、また皆さんの意見を見ていくと、裏返しとしてのむき出しな「自分」を、日本語の一人称に付属する固定観念すら排除したかったが為にわざと”I”と表記したのかなと思っています。

僕とか私とか、延いては自分という語にさえ日本語であればある程度の印象などがあると思うので、それを無にして「生の自分」を表現するということかなあって。


しづき(失言工房)

なるほど上下対称な一人称としてIが選択されたということですか。


帆場蔵人

内外が逆。さかしまになることの投影としての心象風景。

自己に、現に戻ってきたわけか。

草月さん、なるほど!固定観念からの逸脱のための主語の選択。


しづき(失言工房)

あと、これは別な印象ですが、天地→茸(森?)→滝→水→病院という奔放な場面展開は読んでて楽しい混乱があります。


しづき(失言工房)

草月さんのいうように、意味が剥奪された自己というイメージでした。


しづき(失言工房)

滝、水に溺れるというイメージは、いわば自分を裏返して現実から守っていたのが解かれたことで、現実の流れに直接翻弄されている様かなと。そうこうするうちに「病院ですよ」の声がする。


帆場蔵人

意味が剥奪されることで極めて個人的で病的な精神の世界が読み手へと肉薄してくるのかもしれない。また、技巧として詩に惹き込む面白さもありますね。


しづき(失言工房)

引き込むとも言えますし、その引き込みかたが拒絶によっている気もします。難読もそのへんに関係してるかな、と思ったりしました。

帆場蔵人

水面てのは一番、人に近い異界との接点でもありますよね。橋なんかもそうですが。この場合、主体の精神世界から現実への通路となっていると思えます。


草月玲

一見つながりがなさそうな個々の事象が関係を持っている。この繋がりを見つけては、確かに世界に引き込まれていくような気がします。というか、思考する時点でもう引き込まれているのでしょうかね。……答えのない道をたどるのは楽しいです!


帆場蔵人

草月さんが詩にはまりだしている^^ 良い傾向だ。

後は地獄巡りかもしれないですがw


しづき(失言工房)

あとは「病院ですよの声にも気づかず」と一息に書いているのが、声を素通りしている感じがあって、次の屋上に場面が変わるのも自然に思います。


しづき(失言工房)

オキノラクさんの作品をいくつか見て、森のイメージがなんとなく印象に残ったりもして、茸ってなんだろうとも思ったり。


草月玲

確かに水面って蜃気楼とか、あとは海の水平線なんかを見ていると反対側の世界への境界線なんじゃないかと思ったりした記憶があります。水面って鏡みたいに現実世界を映し出すので、何かあるのではないかという子供のころからの原始的な思考も働くのでしょうか?


帆場さん>>詩って、文面以外にもいろんなことを考えられるんだって思いました!


草月玲

私も「茸」気になってました。あまり溌剌なイメージのないキノコは、それだけである意味で異様で幻想的な雰囲気の形成に役立っていると思います。

あと興味本位でお聞きするのですが、皆さんはこの「茸」、どのような形状のイメージでしょうか。色は指定され、また輝いているとあるのですが、見たところ形に言及はしていないので。個人的にはヒラタケのように想像しています


帆場蔵人

なんとなくこのシーンは映像で浮かんでいて、カメラのピントが合わず錯綜しているイメージで、屋上に立ったときピントが合うようなんですよね。


草月玲

未だに「思考はとろみ、意識はふやけ……」の状態が続いていて、屋上で「目が覚めれば」とありますものね。


草月玲

映像の面でも考えられるとは…!


帆場蔵人

茸、キノコかぁ。ぼくはちょっと毒々しい色あいの茸がニタニタしてるような気がして、マジックマッシュルームとか浮かびましたw

詩の感想じゃないな。茸が象徴するものとは?


しづき(失言工房)

水面は死を想起させたりもしますね個人的には。

リー・ミラーという写真家の作品に水のなかで穏やかに目を閉じた死体の写真が印象に影響していますが。


茸は私はマリオのキノコのイメージですw


草月玲

キノコ、なかなかポップなイメージなんですね(笑)!


しづき(失言工房)

水の場面は一度は震災(津波)も連想しましたが、そうした被災的なものとしても読めるかは探ってない。


しづき(失言工房)

茸というとあとは谷山浩子の「意味なしアリス」に出てくる茸なんかもイメージし、どこか現実感が抜けてますw




しづき(失言工房)

まあ、さっきの読みでいけば茸は被害妄想や幻聴のためのマイクとしての役割ですかね。毒ありそうでなかったり、なさそうであったり、あるものとないものが似てたりもするらしいですね。


しづき(失言工房)

マイク違うやスピーカー


しづき(失言工房)

くすくす笑うの印象が、私にはいやらしい笑い、なにかを笑い者にしてるときの笑いという印象です。

ちなみに、ホテルのメモパッドに詩を書き出したりしてました。手作業シュレッドしてゴミ箱に入れときます。


帆場蔵人

天地の逆転などは確かに震災的な衝撃と取れなくはないですが、後半の展開での飛び降りる現での行動と接続しないかな。いや、震災による心的な病……うーむ、違うか。もっと個人的な、心象の気がする。茸も含めて。


草月玲

しづきさん>>なるほど! 「死」ですか。現実世界とは一面隔ててあの世が想起されるということなんでしょうか。

 水面ではありませんが、そもそも水って、禊に代表されるようにケガレを除去する作用もありますよね。除去効果がある水におぼれるということは全身を洗われるようなことですから、「生まれ変わった」とも解釈できますか!? 

 ああでもこれは、古代日本の宗教観であって、一般的なものではないのでしょうかね……


「茸」、私もあまりよさげなイメージはありませんでした。さかさまな世界に於いてはいろんなものが逆になるのかと思いまして、そうなると「蒼、翡翠、深紅……宝玉のごとくまろく輝く」というのは真逆の「鬱」とか「不安」みたいなものの皮肉的な描写なのかなと。確かに、「わらう」という行為も「laugh」のように思えます。


帆場蔵人

自分を自分で卑下する。それが茸に投影されている。


しづき(失言工房)

禊のイメージはどこまで一般的なのかな。私は田舎の高知に帰るとき瀬戸大橋に禊を感じる(社会のあり方が変わる)


しづき(失言工房)

最初読んでいったときは統合失調症的と思いましたが、解離的な気もして、とりあえず精神病的としました。


帆場蔵人

禊。水に流す、という慣用句がありますからねぇ。


しづき(失言工房)

あ、そろそろ時間ですか?

オキノラクさんからの言葉も聞いてみたいのですが。


帆場蔵人

どうしても最後の落下シーンがあるために病的イメージが拭えないかな。


帆場蔵人

ほんとだ。おきらくさん、お願いしまーす。


オキノ ラク@文体定めていきたい

みなさま色々な解釈をありがとうございました。これを書いた時は非常に迷いがあったのですが、みなさまの解釈により自分でも気づききれていなかった意味を獲得することができました!


オキノ ラク@文体定めていきたい

具体的な回答をだすのは野暮かな……とおもうので、こんな感じでどうでしょうか


しづき(失言工房)

それぞれの言葉や場面の変化が独特なので、解釈がけっこう多様化する詩じゃないかなと思いました。


草月玲

「茸」そのもののイメージすら異なりましたし、解釈に広げるとすればおっしゃる通り十人十色の考え方がある作品だと感じました。


帆場蔵人

言葉が、漢字の使い方も綺麗ですよね。あらためて日本語の面白さに触れる感覚がありました。今後の読者の楽しみに、解説はそれぐらいが良いかもしれないですね。


草月玲

「逆さま」というキーワードがまた曲者でしたね…!


しづき(失言工房)

私としては釈然としきれないものとして、この一篇をチョイスした次第です。最初は帆場さんのビールの麦の詩?にしようと思ったけど、伝達力があるのでむしろ解釈がバラけそうなこちらにしました。


帆場蔵人

これはまだまだ、深く探れそうな作品ですね。詩の読解はまずは書かれている内容を鵜呑みにしなさい、と最近習ったので、この詩が来て面白かったです!


帆場蔵人

おきらくさん、ありがとうございました!さて、それでは時間もあるので次に。


後編に続く!


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