第6話 曲がり角

「――……ゼェ……ハァ……ゼェ…………」


 ったく、じ、冗談じゃねえぞ……。

 何が悲しくて、朝っぱらから食パンを咥えて全力疾走なんて……。

 それこそ一昔前に流行ったようなラブコメ定番のシチュを実践せねばならんのだ?


 いつ追いつかれるやもしれん状況の中、愚痴をこぼしながらも琴姉の追跡を逃れるべく、あえて普段は利用しない道を使いながらも息せきかけつつも学園を目指していく。


 「ゼェ、ゼェ……。うぅ、食ってすぐ走ったせいで、よ、横っ腹が……。ち、ぢぐしょおおおぉ、な、何でこんな目に……って、あん?」


 と、そんなことをボヤいてる間にも、これまた狙ったようなタイミングでもって前方に曲がり角が見えてきたではないか。


 嗚呼ああ、そこの角を曲がると見知らぬ美少女とのめくるめく出会いが……! ってな具合にいけば世の中ホント楽しいんだが……。そんな都合いいことはそうそう……なぁ?


 我ながらお目出度いというか何というか、自らの桃色の脳細胞に苦笑を覚えつつも、食べかけのパンを一気に頬張るなり、躊躇するでもなければ、更にスピードを上げつつドリフトさながらの勢いでもって一気に曲がり込んでいったところ、


「ふ――ふぇっ⁉ き、キャアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」

「ぬ――ぬをぉおおおおおおおおっ⁉ う、嘘ぉおおおおおおおおんっ⁉」


 ドッターーーーンッ‼


 勢いよく走りこんでいった先で、出合い頭によもやの人影――。

 必死に、それこそ全力でもって急ブレーキをかけようとするも、すべては後の祭り……。

 ドスーンと胸のあたりに強い衝撃を受けたかと思えば、次の刹那、明らかに男性野郎のモノとは異なる黄色い悲鳴が響き渡って――。



「………………」

「……うぅっ、アイタタ……」


 衝突からどれくらい経ったのだろうか? まだほんの数秒? あるいは、数時間? 胸のあたりに若干の痛みこそ伴ったものの、肉体的には全くの無問題モーマンタイ

 幸運にも、あれだけ激しくぶつかった割には、肉体的ダメージは最小限ですますことが出来た。

 ――が、がである。ソレはあくまでも肉体的な面での話であって……。

 そう、所謂いわゆるところの精神的なダメージということに関しては、それこそトラックに跳ね飛ばされたに近いレベルのショックを与えられ、俺はその場に呆然と立ち尽くしていた。


「……っ、あ、ぅあぅ……」


 言葉を発しようにも言葉にならないとは正にこのことかってくらい、それこそ陸にあげられた魚のように口をパクパクと動かす俺。

 が、それも決して無理からぬこと……。


「……イタタ、な、何なのよ、一体……」


 見下ろす先には、今しがたの衝突で派手に尻餅をつく少女の姿。


 ぱっと見、大事にこそ至ってはいないものの、ぶつかった際、どうやら額から突っ込んだようで、先ほどからオデコの辺りをその小さな両手のひらでもってしきりに擦っている。

 そのせいもあって、その表情までは窺い知ることが出来ないものの、今しがたの小鳥のさえずりのような愛らしい声もさることながら、思わず見惚れるほどの癖一つないサラサラと流れるような黒髪ロングに加え、制服越しにもハッキリと見てとれる十分なまでの盛り上がり。

 更には、無造作にもプリーツ・スカートから放り出された眩いばかりのスレンダーなおみ足――。

 そして、何よりも男心をくすぐる見えそうで見えない魅惑のデンジャラス・ゾーン――‼


「……ごくっ」


 それこそ今しがた、俺が思い描いていた以上の美少女の姿がそこに合った。


 と、そんな奇跡の出会いの前に、只々間抜け面を晒して立ち尽くしていたところへ、


「ちょっとアンタッ‼ 一体全体どこ見て歩いてるのよっ⁉」

「――ッ⁉ あ、ご、ごめ――ッ⁉」


 夢心地から一変、美少女の怒声にハッと我に返るなり、すぐさま美少女を助け起こすべく行動を起こそうとするも、その美少女の顔を見た瞬間からそれまでとは全く違った意味で俺の身体は固まり、ついには凍り付いたように動かなくなってしまった……。


「……イタタ、ホント、何なのよ、もぉ~~最悪っ!」


 見下ろす先には、痛みのせいかその瞳に大粒の涙を浮かべながらも勝気な瞳でコチラを睨みつけてくる美少女の姿。


 尤も、この美少女からしてみれば至極真っ当な反応も、俺の方はというと、


「……………………」


 先ほどまでの胸の高鳴りは何処へやら……。

 それこそ急速冷凍されていくマグロのようにスーーーっと気持ちが冷めていくのが肌で感じられた。

 と、気が付けば、特に考えるでもなければ、あくまでも自然体でもって美少女へと向かって歩き出していた。


 スタスタスタスタスタ……。


「な、何よ? 急に黙り込んだりして……。な、何か文句でもあるっていうの?」


 目の前までやってきた俺に対し、あくまで強気の姿勢を崩さない美少女。

 とはいえ、その強気な口調とは裏腹に、その瞳は誰の目にも見て取れるくらい動揺の色が浮かんでいて。


 一方、俺はというとそんな美少女の様子にもこれといって意に介すでもなければ、あくまでも淡々とした態度でもって倒れこんでいる美少女へと無言にも手を差し伸べていく。


「………………」

「………………」

「………………」

「………………」

「……ふ、ふんっ!」


 暫しの葛藤の後、ついには無言の圧の前に屈したのか、それでも納得していないというような表情を浮かべつつも、自らに差し伸ばされている俺の手をつかもうとするも、


 スカッ!


「へ?」


 彼女の手が俺の手に触れるかといった直前、俺はその手を天へと振り上げた。


「――ち、ちょっと、一体何のつもり⁉ あ、アンタ、あたしのことをバカにして……‼」


 この行為に対し、当然のように激高する美少女。

 が、そんな美少女の反応などお構いなしに、当の俺はというと、


 ギュッ‼


 天を衝かんと振り上げた手を固く固く握りしめるやいなや、今度はソレを美少女の脳天目掛け、一気に振り下ろした――。


 ゴンッ‼


「きゃうん⁉ ――い、いったぁああああああああああいぃっ‼」


 こうして、早朝のご町内に美少女の悲痛な叫び声が響き渡っていった――。

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