第46話 全て伝えて


 改めて、朝霧君のお母さんの姿を見る。


 一目見て綺麗な人という印象を受けたけど、こうして見ると親子だけあってその作りは朝霧君と似ていた。入院しているせいかほっそりとしていたけど顔色は良く、想像していたよりも元気そうに見えた。


「あ、そうだわ。ごめんなさいね、何も出さずに」


 固くなっている私を見て、朝霧君のお母さんは冷蔵庫から取り出したペットボトルのお茶を紙コップに入れて差し出す。


「あ、お構いなく」


 慌てて遠慮するけど、もう入れてしまったからと言い、それから少し改まったような顔になる。


「晴は、学校ではどうしてるのかしら。人との付き合いが苦手なところがあるから、少し心配なの」


 人との付き合いが苦手。その言葉に、今まで見てきた朝霧君の姿を重ねる。確かに朝霧君は、分け隔てなく誰とでも仲良くなるというタイプじゃ無かった。

 けれど……


「私は、朝霧君と話すようになったのは最近で、まだ知らないこともたくさんあります。けど、朝霧君が優しかったり、誰かが困っていたら助けてくれたりするような人だって、ちゃんと知ってます」


 言っていて、顔がカッと熱くなる。相手の親の前でこんなことを言うなんて、かなり恥ずかしい。

 だけど言ったことに嘘はなかった。私の目に映る朝霧君はそういう人だった。


「ありがとう」


 ホッとしたように小さく笑う。親子だけあって、笑った時の様子が朝霧君とよく似ていた。


 喉の渇きをとるため、出されたお茶をそっと口へ運ぶ。ちょうどその時、そばに置かれていた時計が鳴った。


「晴、遅いわね。いつもならもう来ているのだけど」


 朝霧君のお母さんはそう言いながら、窓の外を見る。外はまだ明るかったけれど、その表情はどこか不安げだった。


 前に朝霧君が、母は自分のことでいつも心配していると言っていたのを思い出す。知らない人が見れば、少し遅れたくらいでと過保護に見えるかもしれない。けれど朝霧君の抱えている事情を思うと、心配するのも無理は無い。それに、今の朝霧君はまさに、その不安通りの状況なのかもしれない。


 このままここにも来ないとなると、いよいよ悪い想像が現実味をおびてくる。朝霧君が、どこか私達の知らない所に行ってしまったのではないかという想像が。


 言わないといけない。私と朝霧君の間に何があったのか。今朝霧君がとういう状況なのか。

 ギュッと、握る手に力がこもる。たった今お茶を飲んだばかりだというのに、すでに口の中は乾いていた。


「あの…………」


 言いかけて、これまでの比じゃない緊張と不安に押しつぶされそうになる。でも、ちゃんと言わないと話しは進まない。意を決して、もう一度口を開いた。


「私、知ってるんです。朝霧君が人とは違うってこと」

「えっ……」


 朝霧君のお母さんが、驚いた顔で私を見る。こんな事を切り出されるなんて思ってもみなかったのだろう。


「私も……朝霧君と同じように、妖怪が見えるんです。それに、朝霧君が……その……」


 一言発する度に胸が苦しくなる。

 元々、朝霧君がここにいなければ、全てを話すつもりでいた。話して、なんとか探し出す手がかりを聞けないかと思っていた。だけどいざ言葉にすると、締め付けられるように息が詰まる。


 そんな私を見て、朝霧君のお母さんは、落ち着かせるようにそっと肩に手を置いた。


「大丈夫? 辛いなら、一度に全部話そうとしなくていいわ。だけどゆっくりでいいから、ちゃんと聞かせて」


 優しそうな声でそう言ったけど、その声はわずかに強張っていた。きっと、ただ事ではないと雰囲気で察したのだろう。


「……はい」


 そうして私は、何とか言葉を紡ぐ。自分も妖怪が見えること、朝霧君が人と妖怪の子だと聞いたこと、そして自分が、朝霧君の妖怪の姿を恐れて、その後朝霧君がいなくなってしまったこと。その全てを伝えた。


「私が……朝霧君のことを怖がって……傷つけたんです」


 いなくなった理由は、私だけじゃないかもしれない。鶴羽さんのこともあるし、元々人と距離を置こうとしていた事を考えると、根っこはもっと深いのかもしれない。

 それでも、あの時私が朝霧君のことを恐れずにいられたら、あるいは引きとめることもできたのかもしれない。


 全てを話し終え、静かに頭を下げた。改めて、自分のしたことを後悔する。聞き終わった後、どんな反応が待っているのか怖くて、震えたまましばらくの間顔を上げることができなかった。


 私の話しを全部聞き終えた朝霧君のお母さんは、驚きながらもゆっくりと言った。


「あなたも妖怪が見えるのね。辛いことも多かったでしょう。なら、晴の事だってそう簡単に受け入れられるものではないわ。晴のために悩んでくれて、話してくれてありがとう」


 そう言って、慰めるように私の頭を撫でる。

 けれどその手は微かに震えていた。顔を上げた先に見える表情は悲しげだった。こうして私のことを気遣いながら、この人はいったい、どれほどの不安を抱えているのだろう。


「朝霧君の行きそうな場所ってありますか?」


 探さなきゃ。そう、よりいっそう強く思う。少しでも心当たりがあったらと、すがるような気持ちで答えを待った。


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