第30話 意外な人物

 さらに翌日の昼休み、私は一人で昼食をとっていた。いつも一緒に食べている美紀は、未だ部室に置いたままにしてある参考書を回収しに行くと言い、チャイムが鳴ると同時に教室から出て行ってしまった。部活が休みに入ってから三日目だというのにのんきなものだ。


「麻里、ちょっといい?」


 名前を呼ばれ顔を上げると、そこには久美子がいた。


「麻里を呼んで来てほしいっていわれたんだけど、いいかな?」


 何だろうと、不思議に思いながら席を立つ。彼女に連れられて教室を出ると、廊下の隅へと移動する。するそこには、一人の女子生徒がいた。


(この人は――)


 それは、一度も話した事の無い人。だけどその顔と名前は知っていた。

 鶴羽明菜つるばあきな、朝霧君に告白し、そして断られた人だった。


「何?」


 思いもよらない人物の登場に、驚きながら尋ねる。どうしてわざわざ私が呼び出されたのかは分からない。けれど彼女からは、どこかピリピリとした空気が放たれていて、少なくとも良い雰囲気とは思えなかった。

 なんとなくの不安から、思わず身構える私に向かって、鶴羽さんは言ってきた。


「あなた、朝霧と付き合ってるの?」

「はっ?」


 その予想外の質問に、困惑せずにはいられない。私と朝霧君が付き合ってる? もちろん、そんな事実は一切ない。

 だけど冷静になって考え、ようやく状況が理解できてきた。朝霧君が彼女に言った、好きな人がいるという嘘。鶴羽さんは、その相手が私だと疑っているんだ。


「ち、違うよ。そんなんじゃないから」


 慌てて答えるけど、鶴羽さんはその答えに納得いってないようだった。


「この前クラスで肝試しやってた時、二人で会ってたって聞いたんだけど」


 美紀もその出来事が原因で誤解していたけど、鶴羽さんもまた同じような勘違いをしているようだ。

 さらに鶴羽さんは、私の返事も待たずになおも続ける。


「一緒に帰っているところを見たっても聞いたけど」

「それは……」


 説明しようとして、だけど上手く言葉が出てこず口ごもる。

 もちろん、私達が付き合っているなんて全くの誤解だ。肝試しの夜の事も、一緒に帰ったのも、その理由は妖怪にある。

 だけどそんなことを言っても、信じてもらえるわけがない。


 そもそも朝霧君に好きな人なんて本当はいないのだけれど、もしそれを言ってしまったら、もっと話がこじれるに違いない。

 それに、私も朝霧君に、本当の事は黙っておいた方がいいと言っていた。成り行きとはいえ、嘘に加わってしまった事が、後ろめたさを掻き立てる。


 疑われていることへの緊張と、なんとか事実を隠さなければという焦りで、全身から嫌な汗が噴き出てくる。握った手の平は熱を帯び、何か言わなければと思いながらも、口からは空気が漏れるだけだった。


 そんな、黙ったままの私に苛立ったのか、鶴羽さんが苛立ったように声を荒げた。


「何? はっきり言いなよ! やっぱりあなたがそうなの!」


 その迫力に圧倒され、びくりと肩を震わせる。睨みつける視線が痛かった。


「……話したりはするけど、付き合ってるとか、そんなんじゃないから」


 すっかり気押されながら、それでも何とかそれだけを告げる。全部誤解だというのに、どうしてこんな目にあわなければならないんだろう。できることなら何もかも本当のことを言ってしまいたかった。

 だけどそんな私の心情なんて知るはずもなく、なおも鶴羽さんの苛立ちもおさまらない。


「じゃあ、あなたは何とも思ってないの?」


 ない。そう言おうとして、なぜか言葉に詰まる。

 少なくとも、朝霧君を恋愛として好きという事は無い……と思う。けれど私達の関係や、彼をどう思っているかなんて、何て言葉にしたらいいかわからない。

 抱えていた秘密を誰かと話をしたい、そう思っているうちに距離が縮まり、話や相談をするようになり、今は私が助けてもらっているという奇妙な関係だ。友達、と言ってしまっていいのかすらもよくわからない。


 それなのに……そんな変な関係でも、朝霧君への繋がりや親しみを否定する言葉を、軽々しく口にしたくはなかった。

 何とも思ってない。ただそう言うだけなのに、まるで声を出すのを拒否するように喉が痛んだ。


 それでも、何とかこの状況から切り抜けようと、やっとの思いで呟くように言う。

「…………な、何とも思ってないから」


 痛みは喉だけでなく胸の奥へと広がり、全身が血の気が引いたように冷たくなっていく。


「本当? 実は付き合ってるとか、本当は好きだとか、そう言うのもないの?」


 今度は声に出すこともできずに、ただ無言のまま頷いた。なんでもいいから早く終わらせたかった。


 鶴羽さんはそんな私を見て、更なる言葉を言い放つ。


「じゃあそれ、朝霧に言って。それから、二度と近寄らないで」


 そのとたん、冷たくなっていた体が、今度は火がついたように熱くなる。

 さっきから続いている息苦しさは変わらない。だけどそんな中、たった一つの思いが沸々と湧き出て、一気に頭の中を満たす。


 嫌だと言う思いが。

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