第13話 消えた友人

 カードもとったし、後はもう戻るだけ。とは言えここからゴールまではまだ距離があり、それまでの間暗い山道を歩かなくてはならない。人気のない夜道というのは、何も無くてもただそれだけで不気味だった。


 どのくらい歩いただろう。不意に、虫とは違うガサガサと何かが草木に擦れるような音が聞こえた。

 何だろうと思って音のした方を見たけど、暗くて何も分からない。


「ねえ。今、変な音しなかった?」

 そう言って隣を見る。けれどそこには誰もいなかった。


「え?」


 ついさっきまでは確かに一緒に歩いていたのに。それが今は忽然と姿を消してしまっていた。暗くて見失ったのだろうか。そう思って辺りを見回すけど、やっぱりその姿はどこにもない。

 何で? 驚きと共に、不安が胸の中に広がって行くのを感じた。


「どこいったのーっ‼」


 今度は声をあげて呼んでみる。だけど返ってくるのは自らの声の反響だけで返事はない。それからしばらくの間辺りを探してみたけれど、その子の姿はどこにもなかった。


 さっきの妖怪が頭をよぎる。あいつが何かしたのだろうか。

 でも、もしかしたら一人で先に戻っているかもしれないし、考えにくい事ではあるけど間違って脇の細道に迷い込んだのかもしれない。

 なんにせよ、暗くなった山道で人一人探すのは自分だけの力では難しい。一度みんなの所に戻るべきだろうか?そう思って足を急がせる。

 けれど、しばらく進んだところでその足はぴたりと止まった。

 進もうとした道の先、そこで見たのは、山道の脇を藪から藪へと進んでいく妖怪の姿だった。


 それは、さっき祠で見た者とは明らかに違っていた。いや、それらはと言った方がいいだろう。何しろそこにいた妖怪の数は、ざっと数えただけでも十体を優に超えていたのだから。


 その姿形は、宙に浮くひとつ目の生首だったり、背中に人の顔を浮かび上がらせた蜘蛛だったりと様々だ。

 体の小さいものが多いけれど、それでも相手は妖怪だ。見つかったらどんな事をしてくるかわからない。見ただけで体が凍り付き、ましてや絶対に近づきたく無い光景だった。


 もしかすると、これらの妖怪があの子をさらって行ったのではないか。考えたくないことだったけど、目の前にある光景を見るとそう思わずにはいられない。見えない相手に妖怪が危害を加えることは少ない。それは今までの経験から知っている。けれどたまに例外があると言う事もまた知っていた。

 もし彼女が連れさられていたとしたら、その後どうなるだろう。脅かされるか、怪我をするか、それとも……

 考えられる最悪の事態が頭をよぎる。さっきまで感じていた暑さも忘れ、全身が冷たくなっていくのを感じた。


 その時だった。急に私の肩を後ろから誰かが掴んだ。いつの間にか誰かがすぐ後ろに立っていたことに、私は今まで気づかずにいた。


 夜、明かりの無い道。突然いなくなったクラスメイト。さらに、すぐ近には何体もの妖怪がたむろしている。そんな状態でいきなり肩を掴まれたらどうなるか。

 答えは、恐怖のあまり大声で悲鳴を上げるだ。


「きゃーっ!」


 逃げないと。とっさにそう思ったけど、足が震えてすぐに動かすことができない。だけど、焦る私の耳に声が届いた。


「ごめん。驚かせたか?」

「……え?」


 ……気遣うようなその声を聞いて、少し冷静になる。わざわざそんな事を言うなんて、どうやら妖怪ではないみたいだ。

 それでも未だ残る震えを押さえつけながら、なんとか振り返って後ろを見る。


「……朝霧君」


 そこには私の声にびっくりしたのか、目を丸くした朝霧君が立っていた。


 見知った顔に安堵しながらも、気づかれないようにそっと、さっきまで見ていた妖怪達の方を再び見る。もしもまだいるようなら、私はもちろん朝霧君も一緒にこの場を離れた方が良い。

 だけどそこには何もなかった。さっきまで近くにいたはずのいた妖怪達は、いつの間にかみんなどこかへと姿を消し、一体だって残っていなかった。


 良かった。


 ホッとした途端、体から力が抜けて足がふらつく。それを見て朝霧君が慌てたように言う。


「おい、大丈夫か?」

「う…うん」


 心配そうな朝霧君を見てると、なんだかこの前助けてもらった時を思い出す。みっともない悲鳴を聞かれたこともあって、心臓は未だバクバクと大きな音を鳴らしていた。


「ごめん、少し待って」


 そう言って何回か繰り返し深呼吸をし、なんとか落ち着きを取り戻す。改めて朝霧君を見ると、どうやら彼も一人でいるようだった。


「一人で何してるの?」


 もしかすると私と同じようにペアになった子とはぐれてしまったのかも。そう思って聞いてみる。


「俺、脅かし役だから」


 朝霧君はそう言って、怪談なんかで幽霊がよく頭につけている三角の布を取り出した。


「脅かすって、それで……」


 こんな時だというのに私は呆れてしまった。もしそれをつけて現れたとしても、服装は死に装束でも何でも無い普通の洋服なのだ。怖いどころか、もはや何をしたいかもわからない。笑いを狙ったものだとしても間違いなくすべっている。


「しかたないだろ。俺だっていきなりこれだけ渡されて、これつけて飛び出せば大丈夫って言われただけなんだ」


 朝霧君もこれをやるのは不本意だったみたいだ。私だって嫌だ。

 いったいなぜこんな企画をわざわざ実行しようと思ったのだろう。これなら脅かし役なんていない方がよかったんじゃないかと思う。


 けれど、朝霧君はそこから真面目な顔になって言った。


「けど、途中から誰も来なくなって。それで、何かあったんじゃないかって思って様子を見に来た」


 一気に言っている内容が怪しくなってきた。私とは少し状況が違うけれど、どちらにしても人の姿が見えなくなったというのは同じだ。そう言えば出発前に、先に行ったメンバーが戻ってくるのが遅いと言っていたのを思い出す。もしかしてその人たちも同じようにいなくなってしまったんじゃないだろうか。


「私も、一緒に歩いてた子がいなくなったの」

「五木のところも?」


 私が事情を説明すると、朝霧君はますます顔を曇らせた。それからしばらくの間考えているようだったけど、やがて首を振りながら言った。


「何があったのか分からないけど、一度みんなの所に戻った方が良いかもしれない」

「そうだね」


 私もその意見に賛成だ。おそらく朝霧君はそこまで考えてはいないだろうけど、もしこれが土地神や妖怪の仕業だとしたらこの辺りに留まっているのは危険かもしれない。いなくなったのが何か別の原因だとしても、それはそれで他の人にもちゃんと連絡した方が良い。

 暗い道を、私達はみんなの待つゴールへと急ぐことにした。

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