【三題噺マラソン参加作】難民もしくは開拓者〜黒い太陽の下で

水円 岳

第一話 ウエイクアップ!

 耳元で小さな電子音が響いて目が覚めた。瞼を開いても視界は漆黒のままで変わらない。もともと居室には窓がなく、中で灯りを点さない限り真っ暗闇だからな。

 闇は、何をどうしたところで闇だ。それに下等も上質もないはずなんだが、目覚めた俺を包む闇は紛れもなく最下等だった。もちろん闇自体には何の瑕疵もない。それを下劣におとしめているのは、この部屋にあるもう一つの厄介な存在だ。


 のそのそと身体を起こして、隣のベッドを見やる。ベッドの上には熱の気配がなく。寝息が足元から這い上ってくる。


「タオめ、まあたベッドから転げ落ちたんか」


 落下の衝撃があっても目覚めずに爆睡し続けるってのは、いいんだか悪いんだか。いや、単に寝相が悪いのなら実害はないさ。ベッドが分かれているんだし、タオが床に落ちたところで俺が寝ぼけて踏んづけなければいいだけだ。だが、タオの寝起きの悪さは半端じゃない。目を覚まさせるための手段はいくらでもあるんだが、タオは起こそうとしたやつを無意識かつ瞬時に攻撃する。

 そのアクションは凶暴なんていう生易しいもんじゃなく、直撃をくらうと命に関わりかねないんだ。起こしにいったやつが次々リタイアして、訓練所内で一番頑丈な俺が猫鈴のババ引いちまったんだよ。同室で面倒見ろってな。はあ……。


 こんな物騒なやつには絶対に触りたくないんだが、あいにく訓練開始の時間が迫っている。訓練所の内規でペアでの行動が義務付けられている以上、覚悟を決めて起こすしかない。たまにこういう日もあるっていうならともかく、毎日命がけの肉弾戦じゃあいくら俺がタフでも身が保たんわ。


 赤外線スコープは入れっぱなしだから、タオの様子は明確に視認できる。灯りを点けないままでも起こせるんだが、あいつに惨状を見せつけないことには事態が改善しない。

 手元のリモコンを照明オンにして室内を明るくし、訓練服に着替えた。部屋を明るくしようが物音を立てようが熟睡しているタオはぴくりとも動かず、大の字になったまま眠腐ねくたれている。まだあどけなさを残した顔でぐーすか眠っているタオは、どこからどう見ても東洋系の華奢な若者だ。そして実際に、どこにでもいる平凡なエンジニアに過ぎない。……寝起き以外は、ね。


「しゃあない。やるか」


 クラシックな金属製目覚まし時計と強力樹脂テープを持ち、タオの顔の真横に片膝を立ててスタンバイ。


「ふうううっ」


 一度深呼吸して、タイミングを計って、と。


「せえのっ!」


 じゃりじゃりじゃりじゃりじゃりっ!

 けたたましいベル音を響かせはじめたどでかい目覚まし時計を、タオの耳元に樹脂テープで素早く縛り付ける。並のやつなら、その殺人的な音量だけで悶絶するだろう。だが、タオはわずかに顔をしかめただけ。問題はその後、だ。即座に壁際まで下がって、タオの攻撃に備える。


 ぶちぶちぶちっ!


 凶悪犯や猛獣の保定にも使われている強靭な樹脂テープが、まるでトイレロールのようにいとも簡単に引きちぎられる。憤怒の表情を浮かべたタオは、鳴り止まない目覚まし時計を鷲掴みにした。わずか十センチの高さからでも、頭上に落ちたらしゃれでは済まなそうな巨大で重い目覚まし時計。そいつが一瞬で握り潰される。


 みきみきみきみきみきっ!


 時計はまるで砲弾のように小さく高密度に丸められ、その直後に俺の眉間めがけて力一杯投げつけられた。


 びゅっ!


 砲弾と化した鉄塊が、高速で俺の顔面を襲う。


「おっと」


 もちろん、そんなヤバいブツの直撃を食らうわけにはいかない。わずかに顔を逸らして避ける。俺の頬をかすめて通り過ぎた鉄塊は、背後の壁に着弾すると轟音とともに粉々に砕け散った。


 ぐわっしゃああん!


 ううむ。起こすという意味では効果があった目覚まし時計だが、武器としての破壊力も半端じゃなかったな。決して安普請ではない分厚い壁に放射状の亀裂が入り、目覚まし時計が激突した中心部分には、隣室にまで到達する穴が開いていた。


 突然響いた大きな破壊音に驚いて、向かいの部屋のウォルフが飛び込んできた。


「おいっ、ブラム! 今の音はなんだっ?」

「決まってるだろ。こいつの仕業だよ」


 俺は足元を指差す。目覚まし時計を抹殺して満足したのか、タオが床で爆睡し続けていた。あいつの睡眠回路がどういう構造になっているのか、一度解剖して徹底的に調べてみたいもんだ。


「ウォルフ。おまえも知ってるだろ? こいつの寝起きは最低最悪なんだよ。起こす時には重武装せんとならん。目覚まし時計が徹甲弾と化すくらいなら、まだかわいいもんだ」

「おいおい」


 呆れ顔で壁穴を見つめていたウォルフが、その向こうのただならぬ気配を感じ取って顔色を変えた。


「おい、ブラム。そっちはフリーゼの部屋だろ?」

「そう」

「じゃあ、目覚ましで直接起こそうってわけじゃなく……」

「ご明察。俺が毎度毎度タオのとばっちり食うわけにはいかないからな。ちっとも学習しないこいつには、がっつり痛い目に遭ってもらう」

「ひええっ」


 巻き添えを恐れたウォルフが、慌てて部屋を飛び出していった。

 ウォルフと入れ違いで、赤い薔薇柄の派手派手パジャマを着たフリーゼが、ゆらりと部屋に入ってきた。長い銀髪は、金気かなけが抜けて真っ白。唇はまっ青で、瞳だけが燃えるように赤い。どうしようもなく不機嫌爆裂のご様子。案の定、声も呼気も氷のように冷たく、やいばのように鋭い。


「ちょっと、ブラム。今のはなに?」


 床の上でぐーすか眠っているタオと、穴の開いた壁の周囲に散乱している目覚まし時計の残骸を無言で指差す。一目瞭然。俺がぐだぐだ説明する必要はないだろう。

 タオとは逆に入眠を邪魔されると即座にキレるフリーゼは、すでにお仕置きモードだ。


「はん! ガキのくせに、レディーの大切な休息とプライバシーを無神経に蹂躙しようっていうのね。ああ、そう。それならわたしにも考えがあるわ」

「あとはよろしく。俺はこのあと、メシ食って今日のカリキュラムをこなす」

「了解」


 さて。とばっちりを食わないよう、さっさと離脱しないとな。キャップには「いつものトラブル」とだけ伝えればいいだろう。どうせ、すぐに訓練だ。タオは、今日いっぱい使い物にならんかもしれんけどな。


 俺が後ろ手にドアを閉めたら、四方の隙間から粉雪が吹き出し始めた。それを確かめて、ドア越しに引導を渡す。


「タオ。俺はマイルドな方法で起こしたぜ。それで起きなかったおまえが悪い。凍死して花畑で目覚める前に、さっさと起きろウエイクアップ


◇ ◇ ◇


 食堂には閑古鳥が鳴いていた。俺とタオのタイムシフトに入っているやつは少ないからな。自然光源のないこの訓練所では、基準時からの経過時間によって、機械的に起床と就寝が割り振られる。ウォルフとフリーゼは俺らと逆で、これから休むところだったんだろう。

 入眠に難ありな上に眠りの浅いフリーゼは、普段から部屋周囲の騒音にものすごく神経質だ。俺ならともかく、隣室にタオがいるというのは絶対に我慢できんはず。自分かタオの部屋を変えてくれとキャップに上申するだろう。俺はその前のワンチャンスをものにしたんだが、あいつらが誰の隣室になっても騒動は起きる。全く、面倒なことこの上ない。


 ぶつくさ言いながらブルート血液ブリックをいくつか口に突っ込んで、トマトジュースで流し込む。


「よう、ブラム。調子は?」

「まあまあですかね」


 キャップが毛だらけの顔面をかきむしりながら、のっそりと俺の隣に座った。キャップ船長という呼称に相応しい巨体と威厳。だが、いかつい外観に似合わず、キャップはとても温厚で思慮深い男だ。曲者揃いの訓練所がなんとかまとまっているのも、キャップの調整手腕が優れているからだろう。

 もっとも、なぜそういう優秀な指導者が、ここみたいなクズの巣窟に送り込まれたのか解せない部分もあるが。


「タオはどうだ?」

「苦労してますよ」

「どっちがだ?」

「もちろん、俺が、です」

「ふむ……」


 腕組みをしたキャップが、眉根にくっきりシワを寄せてうなった。


「ううむ。どうしたもんかな」

「寝起きだけなんですけどね。起きている間は、借りてきた猫みたいなものですから」

「確かにな」

「職務不適格ってことで、送り返せないんですか?」

「そうしたいのは山々だが、俺らと違って事務員やエンジニアには線の細いやつが多い。心臓にふさふさ毛の生えているタオのような人材を確保するのは至難の技だ」

「むぅ。確かに……」

「まあ、そんなこともあってな。もうちょい様子を見てくれ」


 冗談じゃねえとぶち切れたいところだが、立場的には俺もタオとたいして変わらん。と言うか、この訓練所に来ている連中は誰も彼もが難ありばかりだ。そういう連中と共同で暮らしていると、そっちが日常になっていっちまうんだよな。


「お。やっと起きたか」


 あちこちにつららをぶら下げ、そこからぽたぽた水滴を垂らしながらタオが食堂にやってきた。キャップが、開口一番説教を食らわす。


「タオ。幼稚園のガキじゃないんだ。自力でさっさと起きろ。生活態度が悪いと、強制送還になっちまうぞ」

「うう」

「生きて送還ならまだいいが、冷凍で送還だと食肉倉庫行きだ」


 笑えない冗談をかましたキャップが、席から立ち上がってタオの左肩を叩こうとした。タオが慌てて身を引く。


「キャップ! そっちはまだ半解凍です!」



【第一話 了】


 お題:雪、花畑、寝起き(チャレンジ縛り:朝禁止)


 BGMはXTCのWake Upでお楽しみください。

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