第2話【赤毛のダリオ】

 エルムス城塞都市は、街の中央部にヴォルケン侯爵が居城するソウェイル城が聳え立つ。ソウェイル城の周辺には、貴族や豪商、上級平民などの既得権益者が住む貴族街が広がる。

 そして、城と貴族街を取り囲み内部防壁が築かれていた。

 通称、内地と呼ばれる場所。

 そこには限られた人数しか住む事が許されていない。

 人口、二十万人に対して、一万弱の選ばれた人民。

 内地以外の場所の事は、平民街もしくは外地と呼んでいた。

 エルムス城塞都市は、東西南北四つの区画から成り立つ。東西南北にそれぞれ城門が設置されており、そこからソウェイル城に向かって城門を繋げる為の四つのメインストリートが造られている。

 メインストリートには、様々な商業、工業施設が建ち並び、昼夜、問わず活気があって賑やかな場所。

 よろず屋【魔女の小箱】があるのは、メインストリートでも、特に立地が良いとされる南街の中央広場通り。

 赤煉瓦を積み上げて造られたレトロな外観、一部の窓に、ステンドグラスが用いられている建物で、シェーンダリアの趣味を反映して建造したお店。

 南街の中央広場には、白く煌びやかな造形を持つ噴水【聖者の泉】があり、国内外の観光客で、いつもごった返す人気スポット。

 

 【聖者の泉】

 その昔、神の御使い【聖人アレクセイ】が、作物も育たぬ、乾き朽ち果てた大地に降り立ち、神が教示し御技にて、大地を甦らし、泉を吹き湧かした場所だと、言い伝えられている。


 ほんと、聖人様々ですね。店の売り上げにも、貢献してくれて。

  

「ありがとうございました! またのお越しをお待ちしております」


 私は満面の笑みで、出入口までお客様を見送り出す。


「キョウダイ……腹減った」


 軒先の陰で蹲るオルグより聞こえてくるは、グゥグゥと鳴る腹の虫。

 ふぅ、確かにお腹空いたな。そういうば、朝から何も食べてなかったですね。

 そんな事を考えていると、ゴーン、ゴーンと内地にある大聖堂から鐘の音が響き渡った。

 正午を報せる鐘の音、朝の六時、昼の十二時、夜の十八時、一日、計三回、エルムス住民に時報がなされる。

 

「お昼ですね……お客も今は引いてますし、昼食を食べに行きますか。オルグ」


「そうか! なら、早く行こう!」


 今までのダラけてた姿を一変させて、目を輝かし、私を促すオルグ。


「オルグ、そんなに急かさないで下さいよ」


 その前に、店を少し片さないと。

 粗方、戸締りして、店を出る準備が整う……おっと、忘れてました。

 店を出る前に、やる事がありました。


「おほんっ」


 私は一つ咳払いする。

 何時になっても、魔法の詠唱って慣れないです、ちょっと、恥ずかしいんですよね。

 ですが、恥ずかしがってても、仕方ないので、魔法の詠唱を始めましょう。


「闇に潜みし精霊よ 我が霊威を以て 汝の姿を此処へ具現あらわせ『闇番人クーストース』」


 闇精霊の呪文を詠唱すると、私の影からフツフツ泡のような影が湧き出して、人の形を型取って行く。

 私と姿形が全く同じ『影人サーバント』の出来上がり。


「よし、私が帰って来るまで、お店の警備、よろしくお願いしますね」


 私の命令に、『影人サーバント』はコクコクと頷き返してくる。

影人サーバント』を創り出したのには、理由、原因があった。

 少し前まで、昼食は戸締りだけして店を空けていたのだけど、最近、強盗に合い、売り上げ金を持ってかれそうになったのが、影人サーバントを創り出し、警備させるキッカケとなった。

 そうです、何事も用心に越した事はない。

 常日頃からの心の持ち様が、大事だと私は思ってます。

 ってな訳で、昼食に行くとしますか。

 私はドアに吊り下げた木札をクローズに掛け替えて、お店を後にした。


「さてと、それでは行きますか」


「おう、おう。早よ行くぞ」


 二本の尻尾をフリフリご機嫌なオルグ。

 こうやって見ると、オルグって普通の黒猫なのですけど、列記とした私の使い魔。

 まぁ、人語を話す時点で普通の猫ではないですが……。

 魔導士というか、魔女には必ず使い魔を使役すると言う習わしがあるらしく、とりあえず私もそれに倣って使い魔を使役したのですが、何の因果か猫族ラグドである私が、猫叉を使役するなて、ヘンテコな事になってしまってるんですよね。

 だから、オルグは主人である筈の私に向かってキョウダイなんて軽口を叩く。

 まぁ、私もそれを注意しないのがいけないのでしょうが、余り気にして無いから良いかなと思ってます。

 で、今から向かうお店は、エルムスで一二を争う人気店。

 そう、お肉を食べるならこの店、タウロスの角。

 因みに、猫叉って言うくせして、オルグの好物は魚では無く肉。ほんと風変わりな使い魔ですよ。

 タウルスの角の店主マスターは、元宮廷料理人らしく、出てくる料理の見た目も、味も、一級品。貴族がお忍びで来るぐらい人気。

 そして料理の値段も、リーズナブルで庶民の味方なんです。

 中央広場から、少し奥まった場所にある為、初見では、お店を見落とす人達が多々います。

 牛の形を型取った看板に、ウッドデッキのオープンテラスが特徴的お店。

 店に入ると、肉の焼ける香ばしい匂いが、鼻を刺激する。

 これは堪らない。口の中、涎で溢れかえってます。

 

「あら! ネコちゃん、今日はウチの店でお昼かい!」


「ん?! はい、此方でお昼、戴こうかなと」


 店内奥の厨房から、分厚いステーキの乗ったお皿を両手に掲げ出て来た、ふくよかな女性。

 店主マスターの奥さん、ブラウニー夫人、いつも明るく元気いっぱいの客商売をする為に、生まれて来た様な人。


「テラス席しか空いて無いけど、構わないかい」


「はい、大丈夫です」


「じゃ、悪いけど、ちょっと待ってて、すぐ注文取りに来るからね」


 私は夫人に促されたテラス席へ向かう。

 革鞄を床へ降ろし、椅子に腰掛け一息吐いた。

 毎回、思ってるけど、私はテラス席以外、座った事がない。

 まぁ、色々、察するに辺り、私はお店の客寄せパンダ的な物に使われている。

 三角帽子を被った姿なら、余り目立たないけど、流石に、食事中は帽子を脱ぐ。

 そう、帽子を脱ぐ、即ち、ネコ耳が大衆に人目に晒される。

 それに、気づく人々は、滅多にお目にかかれない獣人を見たいが為、店へ集まって来る。

 全く、抜け目無い人ですよ。

 その代わりに、食事代を安くしてくれたり、私のお店へ足を運んで下さったり、宣伝してくれたりと、恩恵もありますから、持ちつ持たれつな関係を、夫人とは築いております。

 

『おっ! おい、アレ見ろよ』


『何だよ、急に……え、アレってネコ魔女さんか!』


『スゲえ、生ネコさんだよ……マジ、惚れしそう』


『マジかよ、よくこの辺りの店に来るって、聞いてたけど、ほんとだったんだ』


『すげぇ、可愛いじゃねぇか! 話しに聞いてたよりも、モノホンのが断然いい!』


 うっうう……恥ずい、めっちゃ見られてますね。

 わかっていても、恥ずかしい。

 それよりも、皆さん、声のトーンをもっと落とした方が良いですよ。

 ヒソヒソ話、してるつもりでしょうけど、私には、丸聞こえですから。

 人間の耳と違い、獣人の聴覚は鋭いんです。聞きたく無くても、自然と勝手に入ってきちゃいます。

 聞き耳立てたら、すっごい事になるんですよね。

 一度だけ、やった事あるんだけど、もう、やば過ぎました。


「待たせて悪いね」


 額に汗を掻いて、ブラウニー夫人が私の居るテラス席へ来た。


「いえ、全然、大丈夫ですよ 忙しいのに、私の方こそ、すみません」


 私は手をパタパタ交差させ、謙遜なんてして見せる。

 

「そう言ってくれるだけで嬉しいよ。さて、何にするよ」


「そうですね、今日のオススメ何てありますか?」


 私の質問に、空を見つめ悩む夫人は、何か思い出すと、手をポンと打ち鳴らし応える。


「オススメねぇ あっ! そうだ 前にネコちゃんが美味いと言ってた料理、今日作れるよ」


 前に美味しいと応えた料理? どんなのだったけか? 

 まぁ、いいか、来たら分かるかな。


「では、それでお願いします」


「あいよ! 任しときな。旦那にいつも以上にしっかり作るように言っとくからね。楽しみにしてな」


「はい! ありがとうございます。あっ、それとこの子にも、何かお肉を」


「おや、久しぶりじゃないか。わかったよ。オルグにも、いいお肉上げようかね」


 夫人の頼もしい言葉に、オルグは文字通り猫なで声を上げて喜ぶ。

 オルグも流石に大勢の人間の前では、人語を操らない。そんなことをすれば、私以上に厄介なことになると理解しているから。

 料理が出来上がるまで、最近、手に入れた書物でも読みますか。

 この本の所為で、寝不足気味なんですよね。

 【魔術王ロード・オブ・ウィザード】の異名を持つ、賢者アークダインが書き記した手記。

 確か、シェーンダリアの知り合いと聞いてる。

 暫らく、本を読み更けてたら、ジュージューと鉄皿に焼かれるお肉がテーブルの上へ置かれた。


「はい、お待ちどおさま! 仔牛の香味野菜添えだよ」


 あっ! 思い出した。これは中々、手に入れるのが難しいと聞いてた、幻の一品ですね。


「そんな喜んで貰えて嬉しいね!」


 言葉、言わなくても、夫人に伝わるぐらい私は喜んでたのか、ちょっと恥ずかしい。


「はい。戴きます!」


 少し、照れつつ私は夫人に返事をした。


「それと、オルグにはコレさね」


 お皿に盛られた赤々と咲く薔薇のような赤肉がオルグの前に置かれる。

 それを見たオルグの青い瞳がキラキラ輝く。


「ありがとうございます。オルグも良かったですね」


「ふふ、じゃ、ゆっくり食事しとくれ」


 夫人はそう言って、厨房へと戻っていく。

 うーん、いい匂いです。食欲がそそられますね。

 では、早速、ステーキにナイフを入れ、一口サイズに切り分けた。

 や、柔らかいぃ、これだけで、涎がダラダラです。

 フォークに突き刺したお肉を、ゆっくり口の中へ放り込む。

 う、うっう……かっ感動、一噛みしただけで、溶けて無くなりましたよぉぉ!

 嗚呼、この瞬間が最高にしあわせ。

 夢中で、料理を食していると……。


「よう、ダリエラ。そんな面して、よっぽどうめぇんだな」


 私はハッとなり目線を上げた。目線の先にはケモノじみた笑みを浮かべた赤毛の大男が立っていた。

 はぁ、面倒臭い男が来ちゃいましたよ。

 服を着用していても分かるぐらい、鍛え抜かれ隆起する身体。

 赤毛の大男は、隣りに空いた椅子にドカッと腰を降ろした。

 私は合席してもいい何て、一言も言ってませんけど……。


「おいおい、そんな怖い顔するなよ。可愛い顔が台無しだぜ」


「私の顔は元々、こんな顔ですけど」


「そう、ツンツンするなよ。俺とお前の仲だろ」


 そう言うと、赤毛の大男は、馴れ馴れしく私の肩に手を回そうとしたので、サッと身を引き躱した。


「相変わらず、ツレないねぇ。でも、そこがまたイカすんだよな。クック」


「気持ち悪いですから、それ、やめて貰えませんか。でっ、私に何かようですか? ダリオ」


「この俺に、そんな口聞くのは、お前くらいだぜ。大した女だよ。お前」


 尊大で太々しい態度、私の嫌いなタイプの人間。

 男の名はダリオ。このエルムス城塞都市を根城にする傭兵団の団長。

 【赤毛のダリオ】と言う通り名を持つ。

 単に赤毛だからって事でもなく、戦場で敵の返り血を浴び身体が、赤々と染まり上がった事も関係していると本人から聴いた。

 嘘っぽいけど……そこは、敢えて突っ込まないようにしてる。面倒臭くなりそうなので。


「用が無いなら、早くお店から出てってくれませんか。他のお客さんにも迷惑です」


「おうおう、言ってくれるねぇ。俺達も、メシ食いに来ただけだぜ。なぁ、お前ら」


 ダリオはニヤニヤしながら、態とらしい言葉を吐く。


「へい、そうっす」


「はい、団長の仰る通りです」


 引き連れていた金魚の糞、ひょろがりノッポとちびデブ、二人。ダリオの背後に立っている。

 お宅らが居るだけで、お店の利益が損なわれる……迷惑千万ですよ。

 先程まで、あんなに賑やかで、楽しい雰囲気のお店が、今やお通夜、見たいになってます。


「それより、ダリエラよ。この前の話、考えてくれたか?」


 この前の話……ああっ、アレか、俺の女になれ的な事でしたね。

 嫌に決まってるでしょうに。

 まず、タイプじゃない。後、粗野で乱暴な人は嫌いですし、いくら転生して、女になったとはいえ、元々、男であった時の思いがありますから、今すぐ、どうこうするなんて無理な話です。

 なので、この話は却下です。


「申し訳ないですけど、その話は受けれません。無理です。諦めて下さい」


「そりゃねぇだろ! 俺がこんなに頭下げて頼んでるんだぜ」


 声を荒げて、ダリオは私に詰め寄り手を伸ばしてくる。

 伸ばされた手を払い退けようとするも、私は反対に腕を掴まれてしまった。


「痛いです。離してくれませんか」


「さぁて、どうしよかな……このまま、お前を連れて行っても、いいんだぜ」


 真紅の瞳を赤くギラつかせて笑うダリオ。

 人が大人しくしているのをよそに、何、勝ち誇ってるのやら。

 だから、嫌なんですよ。この男と絡むのは。


「いい加減にして下さい。嫌がる女を無理矢理、モノにしようだなんて、男として恥ずかしと思わないんですか」


「クックク、その強気で物怖じしない態度、そそるねぇ! やっぱ、お前、俺の女になれよ」


 話が、全く噛み合ってませんね。

 折角、穏便に済まそうと思っていたけど、仕方ありません。


「麗しき隣人よ 我が囁きに応え、その甘美で優艶なる眠りを誘わん」


 魔法詠唱し、ダリオの顔に紫白色の甘い吐息を、フウーッと一息、吹き掛けてやる。


「なっなに……うっ、うう……」


 ダリオの身体が脱力し始め、椅子から滑り落ちると、床の上でイビキをかき出す。

 よしよし、成功したようですね。

 夢精霊の魔法『睡眠スリーピング』をダリオに使用した。

 このままでは、埒があかないと思い魔法を使わせてもらった。


「そこの二人、床で寝ている大男を片して下さいね。お店の邪魔になりますから」


 ダリオの様子に、アワアワするだけの二人へ、私は指示する。


「はっ! はい、今すぐに」


「わっ、わかりました!」


 二人は、私の姿に怯え震えれば、ダリオを抱え上げ飛ぶように逃げ帰って行く。


「ネコちゃん、大丈夫だったかい?」


 私を気遣い、心配そうに目尻を下げる夫人。


「はい、お陰様で私は何もされていませんよ それより、お店に迷惑掛けてごめんなさい」


「何、言ってんだい。ネコちゃんが謝る事無いよ。悪いのは、全部ダリオの奴だから」


「優しい言葉、ありがとうございます。今日は、これで帰りますね」


 はぁ、ダリオの所為で楽しいはずの昼食が、一気に冷め冷めになってしまいました。

 私はお店を出るまで、ブラウニー夫人に、何度も頭を下げ謝った。

 夫人は、気にしていな素ぶりを見せているけど、当分は、タウロスの角に行けないだろうな。

 私は、あの至福のひと時を脳裏に思い浮かべて、自分の店へと歩みを進めた。

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