24

 別府えにしが転校した。彼女は、二学期いっぱいでオレたちの学校からいなくなった。賭けは、別府えにしの勝ちだった。彼女の言う通りに、オレはくそ女と一切口を利くことが許されなくなった。


 くそ女は当然、賭けの結果を不服として、別府えにしに猛反発した。しかし、賭けの内容はくそ女も認めていた。くそ女が反発したところで、彼女に勝てるわけがない。結局、彼女が転校するまでの間、オレと一切口を利かないということになった。




 中学校は、いろいろな行事も多い。テストが終わり、その後は体育祭に文化祭などが行われたが、オレはどの行事も楽しいと思えなかった。転校するまでの間、彼女がオレにずっと付きまとってきたのが原因だ。彼女の本性を知ってしまったため、彼女の言動が必ずしも、彼女の気持ちと一致しないとわかってしまった。


「どうせ転校するなら、オレと別れても問題ないだろう。どうして、いまだにオレに固執しているんだ。オレたちでもう、充分遊んで満足だろ。」


 文化祭で一緒に他の学年や他のクラスの出し物を見て回っていた時に、オレは疑問に思って彼女に質問した。


「ううん。答えに悩む質問ですね。しいて言うなら、あなたではなく、彼女の反応が面白いから、でしょうか。」


 別府えにしが指さした方向に、くそ女の姿があった。くそ女は、オレたちから見えないと思っているようだが、ばっちりオレたちから姿が見えていた。


「そうか。」


 彼女がオレにいまだに付きまとっている理由は理解した。確かに、くそ女がオレたちをストーカーみたいに追いかけていることが面白いと言えなくもない。



「あまりショックを受けていないみたいで、つまらないですね。」


「いや、オレも相当お前にやられているよ。何がどうとは言わないが。」


 オレは、彼女にこれからの人生で致命的な傷を負ってしまった。彼女に詳しくは言わないが、これが克服されるのは相当時間がかかるだろう。


「もう少しの間、私につき合ってくださいね。」


「あ、ああ。」


 別府えにしがくそ女に見えるように、オレに腕を絡ませてきた。オレは冷や汗が出て、呼吸が荒くなるのを押さえつつ、ゆっくりと彼女の腕を振り払う。言葉が震えないように気を付ける。彼女に触れられた箇所には鳥肌が立っていた。


「そ、そういう接触はやめてくれ。他の奴らも見ていて、は、はずかしい。」


 オレの言葉に彼女は素直に従った。彼女はオレに絡ませていた腕を外し、じっとオレの様子を観察してくる。


「なかなか重症みたいですね。よかった。」


 オレのトラウマに気付いてしまったのか。彼女はにっこりと満面の笑みを浮かべていた。



 オレは、彼女の数々の仕打ちに、女性を信じられなくなってしまった。そして、女性からの接触に恐怖を覚えるようになった。クラスメイトの女子だけでなく、親や先生、とにかく女性と手が触れ合ったり、肩が触れ合ったりすると、呼吸が乱れ、冷や汗が出る。触られた箇所には鳥肌が立ってしまう。


 女性恐怖症になってしまったオレを彼女に見抜かれてしまった。





 彼女は、彼女自身の言葉通り、大きな置き土産を残していった。それは、彼女が転校初日に見せた、ある人種に対する仕打ちのことだった。


「このクラスで、幼馴染同士の人はいるのかしら。」


 彼女は転校してすぐに、オレたちのような幼馴染を探していた。それは、ここまでの伏線だったのだ。初日からすでに調査を開始して、どうやってオレたちの関係を壊してやろうかと画策していた。最初のテストの赤点も、その後の夏休みでのやり取りも、自然学習のグループ決めも、自然学習での行動も。すべては彼女の計画通りだったのだ。


 そして、別府えにしがこの学校で受ける最後のテストで、計画が完遂する予定だったらしい。あの日の放課後、彼女の置き土産と、それに関する行動を知ったオレたち。本来なら、自分の行動を話すつもりはなかったらしいが、オレたちの驚く顔が面白かったのか、興奮気味に自分の今までの行動を語り始めた。




「私のこれまでの行いは以上かな。それで、私、中里君に言っておきたいことがあるんだ。」


 すべてを話し終えた別府えにしが最後に、オレに近寄ってきた。くそ女は彼女の衝撃的な話を聞いて、ショックで放心状態となり、彼女の行動を止めることはしなかった。


「私ね、自分より頭の悪い人とは付き合えないの。」


「つき合っている人がいるのに、幼馴染との縁の方を大事にする奴なんて、嫌い。口では幼馴染が嫌いと言っていても、全然、説得力ないから。」


「私は転校するけど、これからも末永く、そこのバカ幼馴染とバカ同士、仲良くしたらいいわ。まあ、転校するまでは、中里君は私のものだけど。」


 オレたちを馬鹿呼ばわりして、控室から出ていった彼女の顔は、今まで見たどの顔よりも生き生きと輝いて見えた。

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