別府えにしがオレの学校で受けた初めての定期考査は、彼女の点数がクラスメイトに暴露されるという事件以外にも、ちょっとした騒動が起きていた。



 それは、保健体育のテストで出題された、ある問題が発端だった。保健体育の工藤先生は、プロ野球好きで知られていた。授業中でも、応援しているチームが勝った時は、興奮してそのチームの魅力を語りだすことがあった。先生はコアラのキャラクターのチームを応援しているようだが、最近は勝ちがなくて、元気がない。


 そんな情報はどうでもいいが、先生はプロ野球が好きすぎて、保健体育のテストでやらかしてしまった。授業でプロ野球について学んでいないにも関わらず、プロ野球関連の問題をテストに出してしまったのだ。


 男子のオレは、多少なりともプロ野球の知識はあったのだが、プロ野球に興味のなかった女子は、結構な痛手だったらしい。


 百点満点中、十点分がプロ野球関連の問題に割り振られていた。プロ野球に興味がある人にとっては、知っていて当然の内容だった。オレや男子にとってはボーナス点がもらえてうれしい問題だったが、そうは思わない生徒ももちろん存在した。


 別府えにしは、保健のテストでも赤点ラインの点数を取っていた。彼女もプロ野球には興味がない人間のようだった。ちらりと見えた解答用紙には空白が目立っていた。




 保健体育のテストが返却されて数日が経ったある日のことだった。


「先日、ある保護者から苦情が来ました。それにより、テストの問題に不備があることが判明しました。」


 朝のHRで担任が取り上げた内容に、生徒からは驚きの声が上がる。担任は話しながら、オレたちに一枚のプリントを配布した。


「二学年第二回期末考査の問題についてのお詫びと今後の定期考査について」と書かれた文書で、保健体育の問題の不備について記されていた。




   

    二学年第二回期末考査の問題についてのお知らせ


 梅雨が明け、夏の暑さがいよいよ本格的になってまいりました。保護者の皆さまにつきましては……(略)



保健体育の問題で、授業範囲外の問題が出題されたことをお詫びいたします。今後、このようなことがないよう、教師一同、気を付けてまいりたいと思います。


以下の問題が授業範囲外の問題となっており、今回のテストでは、その点数を生徒全員に上乗せするという対応処置をとりました。



                 記

【範囲外の問題 保健体育】

問い10 以下の問題に答えなさい。

 ① 現在、プロ野球では二つのリーグで競い合っている。その二つのリーグの正式名称を答えなさい。


 ② プロ野球の球団は全部でいくつあるか答えなさい。


 ③ ②で答えた球団すべてをかき出しなさい。ただし、①で答えた二つのリーグのどちらかに所属しているのかわかるように書きなさい。

 例)○○球団(×リーグ)





 いったい誰の親が先生に文句を言ったのだろうか。そもそも、こんな文書が出るということは、生徒が話した親は、相当怒っていたのだろう。


 生徒の誰かが、親に保健体育のテストの点数を伝えた際、テスト範囲外の問題が出たと話した。それが、先生の趣味と知った保護者が、怒って学校に電話をして、さらには学校に乗り込んだ。そのため、先生たちは対応を迫られ、急きょ文書を出し、該当部分の点数を学年の生徒全員に加点することにした。そうだとしか考えられない。



 朝のHR後の短い休み時間は、保健体育のテスト問題の話題で持ち切りだった。男子はせっかくのボーナス点がなくなり落ち込み、女子はほっとしたような顔をしていた。


 その中で、転校生の別府えにしは、クラスメイトとは違う表情をしていた。プリントで顔を覆っているが、何やら笑いをこらえているような感じだ。彼女もプロ野球に興味がなかったのだから、その部分の点数が加点されて、安心しているはずだ。そこに笑う要素はあるだろうか。



「よかったわねえ、別府さん。どうせ、保健体育も赤点ラインだったのでしょうけど、点数が少し増えて。でもまあ、全員の点数が増えているのだから、意味はないけど。残念ねえ。いったい誰がこんな意味のないことをしたのかしら。」


 くそ女がまたもや別府えにしの点数を非難していた。それに対して、彼女は思いがけない反論をした。


「そうですね。でも、私はこの問題を訴えた人は偉いと思います。今後のテストでは、絶対に、先生の個人的な趣味の問題が出されることはなくなるでしょうから。」


 続けて、彼女は話を進める。オレに告白してきたときのように、堂々としていた。


「それに『意味のないこと』と言っているのは、福島さんはその問題が解けたということですよね。でも、もし問題が解けなかったらどうでしょう。今のような言葉を吐けますか。」


「な、なにを言ってるの。私に解けない問題があるはずが……。」



「ガタン。」


 話し終えた彼女は突然席を立つと、教室から出ていこうとドアに向かって歩き出す。くそ女の反論は途中で遮られてしまった。


「そうそう、言い忘れていましたけど、私、中里君と付き合うことになりました。だから、今後、福島さん、あなたは中里君に話しかけないでください。」



 そのまま後ろを振り向かず、彼女は爆弾発言をくそ女に平然とかまし、教室から出ていった。


 残されたクラスメイトは突然の状況についていけず困惑していた。オレも同じように困惑するしかなかった。


 しかし、すぐに我に返ったオレは、一時間目のチャイムが鳴っていたが、別府えにしを追いかけることにした。

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