最終話

 時計を見ると、ずいぶんと時間が経っていることに気付く。掃除の途中、アルバムが出てきたのでつい眺めてみると、思いの外見入ってしまった。

 収められているのは殆どが、我が子、晴の写真だ。あれから時が流れ、晴も今や高校生になっていた。


 再び時計を見て時間を確認する。いつもならもう学校から帰ってきている時間だけど、遅れているのだろうか?

 過保護と言われるかもしれないけど、こういう時は少し心配になる。晴は私と木葉、人間と妖怪の間に生まれた子だ。そのため小さい頃から、かつての私のように妖怪の姿を見る事ができ、そのせいで厄介ごとに巻き込まれたことも何度もあった。


 それと決して口には出さないけれど、晴は自分が人と妖怪との間に生まれたということに、普通の人間とは違うということに、ずっと悩んでいた。それが原因で一騒動あったのはつい先日のことだ。


 そんな時もし木葉がいてくれたらと、つい弱気な考えがよぎり、慌てて首を振る。一人でもしっかり育てていくと決めたのに、こんなんじゃいけない。

 そう自分に言い聞かせていると、まるでタイミングを計ったみたいに玄関の戸を開く音が聞こえてきた。


「ただいま」

 聞きなれた声にホッとし、玄関へと出迎えに向かう。

「お帰りなさい。遅かったわね」

「本を薦められて、図書室に寄ってた」

 話をしながら何か変わった様子は無いか確認するけど、どうやら危ない目に遭っていたわけでは無いようで安心する。

「相手は五木さん?」

「ああ。本が好きで、色々読んでるって言ってた」


 五木さん。数日前に出会った、晴と同じクラスの女の子だ。そして、彼女もかつての私のように、その目で妖怪の姿を見る事の出来る人だった。私たち家族を除いて、晴が妖怪の子だって知っている、唯一の人でもある。

 それについて彼女には感謝してもしきれないくらいの恩があるのだけど、それを語ると長くなるので今は止めておこう。

 すると、晴が何やら遠慮がちに言ってきた。


「五木が今度母さんと会ってみたいって言ってたけど、いい?」

「私に?どうして?」

 私が五木さんと直接会ったのは一度きり。その時のお礼も改めてしたいから、会うのは構わないけど、五木さんの方から訪ねてくる理由が分からずに首をかしげる。


「母さんがどうやって妖怪である父さんと仲良くなったのか聞きたいんだって。今まで妖怪を恐がってばかりだったけど、他の人から話を聞いたら、変えられるかもしれないって」

 妖怪を恐がる彼女の気持ちは私にもよくわかる。もし木葉と出会っていなければ、きっと今でも無条件に怖がっていただろう。

 私も、昔同じ思いを抱いていた者として、彼女の話を聞いてみたかった。


「いいわよ。私も会ってゆっくり話してみたいわ」

 そう言うと晴は少しだけ複雑そうな顔になる。自分の両親のなれそめを友達が聞くというのは色々と恥ずかしいのかもしれない。

 それでも、早速ケータイを取り出してメールをうつ姿はどこか楽しそうだった。


 人とは違う悩みを持つ晴だけど、こうしているとごく普通の高校生にしか見えない。できることなら、こんな表情を見せることが少しでも多くなってくれたらと思う。


 五木さんと会った時、何と言って木葉の事を話そうか。とりえず私の言った数々の暴言や悪態についてはある程度伏せておいた方がいいだろう。晴に聞かれたら親の威厳に関わりかねない。


 そんな事を考えながら、慣れないメールに苦戦する晴を見ながら、決して色あせる事の無いあいつの姿をそっと思い浮かべる。

 今はどこで何をしているのだろう。私と晴のため、自らの持っている生気を相当分けてくれていたけど、そもそも今無事に生きているのかさえも分からない。

 それでも、彼の顔を思い浮かべた時はいつだって、届くようにと願いながら心の中で語り掛ける。



(木葉、色々大変なことも多いけど、晴は何とか無事に育っていってるよ。だから、安心して見守っていてね)


 たとえ姿が見えなくなっても、どんなに離れていたとしても、私がアイツを忘れない限り、ずっと繋がっている気がした。

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