出会いは小学生のころ

第3話

 五年前、当時小学五年生だった私は、祭りの賑やかさをよそに一人裏山を登っていた。

 両親から、せっかくのお祭りなんだから行っておいでと言われて家を出たけど、本当は祭りなんて来たくはなかった。


 祭りとなると、近くから大勢の人がやってくる。当然、同じ学校に通う人達もやってくるだろう。せっかくの夏休みだと言うのになぜそいつらと顔を合わせなければならないのだろう。皆は私を、いつもおかしなことを言うやつだとバカにし、あるいは気味悪がって腫れものに触るような扱いをしてくる。

 だけど両親にはそんな事は言えない。言ったらきっとどうしてそんな事になったかと理由を聞かれるだろう。そうすると、また私の奇妙な言動を叱るだろう。


 もっともっと昔から、私は時々変な物を見る事があった。それは人の言葉を話す動物だったり、自在に動く泥の塊だったりとその姿形は様々だったけど、その全てに共通していたのは、私以外の人にはその姿は見えないし、声も聞こえないということだ。やがて、それらは所謂妖怪と呼ばれる存在だと言う事を知った。


 何故私だけがそれを認識することできたのか、初めて見たのがいつだったかはわからない。ただ、最初はそれが誰にでも見えるものだと思っていた。だからそれを目にするたびに騒ぎ、良くないものだと思った時には警告をしてまわった。

 だけど誰もそれを信じなかった。私がいくらそれを言っても、どれだけはっきり見えたとしても、他の人にはそれが認識できないのだから仕方のないことだ。だけどその結果、私は周りからは変おかしなやつとして認識される事になった。


 突然騒ぎ出し、居もしない者を見たという私を、両親は叱った。それでようやく、これは人に言ってはいけない事なんだと学んだ。

 それからはたとえ妖怪の姿を見ても、見えないものとして振る舞った。おかげで両親はすぐに元の優しい二人に戻ったけど、学校では一度ついた印象を覆すことは叶わず、結果私は居場所がなくなっていた。



 サッと出店の影に隠れる。道の先に見知った顔があったからだ。私の事をよく変なやつだとバカにしてきた子達だ。

 やっぱり祭りなんて来るんじゃなかった。逃げるようにしてその場を去る。だけど今から家に戻っても、帰るのが早すぎて変に思われるだろう。

 祭りにも行けないし、家にも帰れない。困った私は神社の裏手にある山に隠れて時間をつぶす事にした。



 夜の山道は暗くて怖い。実際、こういう場所には妖怪も多く出る。だけど私にとって学校の知り合いに見つかるよりはずっとましだった。妖怪は、私が見えている事に気づくと意地悪をしてくる者もいるけど、気づかないふりさえしていれば、めったに危害を加えられることはない。

 あまり神社に近すぎると誰かに見つかるかもしれない。そう思ってもっと奥へ、もっと奥へと入っていった。


 たしかこの先には古びた社があったはずだ。祭りのあったいる神社からは割と近くにあるけど、それ以外は特に何の関係もなく、祭りの賑やかさもそこまでは伝わってこないだろう。そこで休んで時間を潰すことにしよう。

 社にたどり着くと、ゴロンと寝っ転がって空を見上げる。


 田舎は星が綺麗だと言うけど、ずっとこの町で育った私には比べる物がないのでよそとの違いがわからない。

 だけど、こうして見上げた星空は確かに綺麗だった。どこまでも広くてずっと見ていると吸い込まれそうになる。あるいはそれは私の願望なのかもしれない。

 このまま空へと吸い込まれて、この世から消えてしまい。いつの間にかそんな事を考え、気づいた時には目から一筋の涙がこぼれていた。




「泣いているの?」


 急に、どこからともなくそんな声がした。

 ビックリして飛び起きると、いつの間にそこにいたのか、私と同い年くらいの男の子が立っていた。それがあまりにも突然で、私は声も出せずに固まってしまう。そんな私の様子なんて意にも介さず男の子はまじまじと私を見ていた。


 だけど、ようやく我に返った私は、そんな彼の視線を黙って受け止めることは無かった。


 次の瞬間、私は夢中で男の子を突き飛ばしていた。


「わっ!」


 倒れ込む男の子を背に、社を飛び出して山道を駆けだす。

 相手が誰なのかは知らない。少なくとも学校で見た事のある顔じゃなかった。でも、たとえ相手が誰であっても、こんな所で一人で泣いているのを見られたのが恥ずかしくて、その場から逃げ出した。


 だけど暗い中山道を全速力で走ったのがいけなかった。浮き出た木の根っこに躓き、道の脇の方に大きく体が揺れる。このまま地面にたたきつけられると思ったその時、誰かがギュッと私の手を掴んだ。

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