3-5

こんちゃんとたっぷり話し込んだ翌日、眠たい目を擦りながらも赤頭赤尾学園に登校した僕を待ち受けていたのは天來美心のハイテンションな挨拶と遊坐遊楽の辛辣なお言葉だった。ここ最近、天來が僕の目の前に現れてからと言うもの、すっかり毎日の睡眠時間を削られている僕としては、二つとも聞こえない振りをして通り過ぎてしまっても良かったのだけれど。こんちゃんの事がある手間、ここは無視する訳にもいかないだろう。結果はどうあれ報告するのは義務と言うものだ。


「てんちゃん先輩、おっはよーう!最近、美心の出番が少ないからとりあえず校門前で待ち伏せしてみたよー!」

「朝から天井さんの顔を見なければいけないと言うのもかなり苦渋の選択ではありましたが、仕方なく遊坐も待ち伏せしてみました。」


どうもこうも対照的な二人だ。僕はどっちのテンションに合わせれば正解なのか分からないので、適当に「おはよう。」と返した。


「それで、遊坐に憑いていたキモオはどうなりましたか?昨日は気配を感じませんでしたが。」

「それがね…」


僕は興味津々に話を聞こうとしている天來を見た。たんだかこいつが居ると話辛いな。まぁ竜西先輩の一件から色々と事情も変わってしまって、僕の体質については周知の事実って感じなんだけれど…どうもこの天來の僕を見る目は苦手だ。期待と希望、僕の全てを見透かすような、素手で内臓を触られている様な、嫌に僕を信じて疑わないこの瞳。昨日は天來の為だ何だと思っていたけれど、実際目の前にしてみればやっぱり調子を狂わされる。


「てんちゃん先輩が渋ってる!」

「いやー、なんと言うか…天來、お前が居ると僕は何だか調子を狂わされるんだよな。」

「そんな!人の事を病原体みたいに言わないでよぅ!」

「その調子とはまた別なんだけど。と言うか今のは分かってやっただろ?」


そんな僕達の軽口に遊坐ちゃんは眉を顰め、それでどうなったんですか?と結果を催促して来た。そうだ、僕は天來とこんな雑談をしている場合じゃ無かった。


「こんちゃんなんだけど。」

「こんちゃん?近藤さんか何かですか?え、やっぱり遊坐の背後にはお稲荷様では無くキモオが!?」


一人で勘違いして珍しくうろたえる遊坐ちゃんを、もう少し見ていたい気持ちもあったがそこはキモオだと疑われた近藤さんの名誉のためにも遊んではいられ無い。このままでは全国の近藤さんに怒られてしまうし、こんちゃんにも悪い気がする。昨日の夜話し合った結果、僕は割とこんちゃんを気に入ったのである。こんな言い方をすれば、何を上から目線に!と思われても仕方が無いし、失礼なんだろうけれど…それでも気に入ったものは気に入ったのだ。こんちゃんも帰る頃にはすっかり僕と打ち解けて「また訪ねてもよいか?」なんて言っていた位だ。


「いや、こんちゃんって言うのはお稲荷様の名前なんだ。本当は狐津木月って言うんだけれど、本人はこんちゃんって呼んで欲しいらしい。」

「わー!やっぱり遊ちゃんにはお稲荷様が憑いてたんだね!てんちゃん先輩そのお稲荷様とどんな話したの!?」

「天來、話が進まないからそれは一旦置いとこう。」

「置いてもいいけど、置き忘れると困るから美心が持っとく。」


少し拗ねた様に言う天來だったが、僕が置いた話を持ちながらふふふと笑った。お前はパントマイマーか。


「で、そのこんちゃんね。」

「祓えたんですか?」


かなり食い気味の遊坐ちゃんに僕は少し気圧される。然し言うべきことは言わなければならない。


「祓えたよ。」


僕は嘘は吐いていない。大まかに言えば吐いていない。この場合の"祓えた"とは、遊坐ちゃんにとって"害が無くなった"と言う意味だ。こんちゃんの事が視えない遊坐ちゃんにとって、悪い言い方にはなるが彼女が何もしなければ居ないのも同然。現に今も昨日と変わらず後ろに立ってはいるが、本人は気付いていないのだ。こんな嘘を吐いてしまって多少なりとも僕の小さな良心は痛むが、僕だって遊坐ちゃんの様に視えない人間だったのならそもそも気にならない。


そりゃあ僕も一様はこんちゃんを説得したけれど、彼女は頑として遊坐ちゃんから離れないと言い張るのだ。決して長引いて睡眠時間を削りたく無かっただなんて自分勝手な思いからでは無く、これはこんちゃんの意思を尊重しての結果である。離れる気が無い者を、無理やり祓うだなんて荒療治は僕には出来ない。僕に出来るのは怪談怪談の時同様に嘘を吐き、事を丸く収めることだけなのだ。


こんちゃんには遊坐ちゃんの傍に居る為の条件として、今後一切、金輪際、世話を焼くことを禁じた。それが僕に出来る唯一の譲歩だった。それさえしなければ遊坐ちゃんが彼女の存在に気付くことは無いのだ。これは遊坐ちゃんにとって"居なくなった""祓えた"と同義だろう。だから僕は嘘を吐いた。僕はこんちゃんの存在を消したのだ。初めて自分を視るのは遊坐ちゃんが良かったと悲しげに俯いたこんちゃんの存在を───


「ありがとうございます、天井さん。」


すると遊坐ちゃんはそれ以上何も聞かずとくに顔色も変える事もなく、毒舌を混じえること無く、素直にお礼を言うとそそくさと高等部の校舎の中へと入って行ってしまった。そんな遊坐ちゃんの後ろをパタパタと嬉しそうに付いて行くこんちゃんを見て僕は思った、本当にこれで良かったのだろうか?と。こんちゃんは昨日、傍に居られるならそれだけで良い。と言ったけれど。こんな結果を彼女は本当に望んでいたのだろうか?確かに今まで通り視えていないって事に変わりはない。けれどそこに居ると言う事を認識されているのと、されていないとでは、余りにも決定的な違いがある。その認識のすれ違いは…きっと僕なら耐えられない。僕はもしかしたら選択肢を間違えてしまったのかもしれない。


「てんちゃん先輩?」


未だに僕が置いた話を持ち続けている天來が、遊坐ちゃんの背中を見送った僕の前にひょっこりと顔を出した。僕は何だか居た堪れなくなって天來の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。


「なになに!?過度でディープなスキンシップ!?」

「違うよ。八つ当たり、みたいなもん。」

「うはっ!酷い!」


あらかた天來の頭をこねくり回し少しだけ気分が晴れた僕も、高等部の校舎へと向かう。いつまでもうだうだ考えていても仕方が無い。これはこんちゃん自身の問題なのだから。僕がどうこうしようだなんて、それこそスレ違いのカテ違い、場違いである。僕が出来ることはここまで、だ。虚言者は虚言者なりの立場を弁えなくてはならないのだから。

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