超(虚言)自然現象部

遠藤 九

天來美心 について。

1-1

「嘘つき。」


と言われた。何時だか何時からだかは分からないけれど、僕は確かにそう言われた。それは過去だったのか今なのか、此から言われるのかも分からないけれど。成程確かに明確で明瞭な、僕を表す上で此れ程にも適した言葉は無い。故に敵したからそう断言されたのだろう。


「嘘つき。」


それは僕の今後における数年を一切合切、洗い浚い、十年単位で入れ替わる細胞の様にソックリそのまま変えてしまった。言い換えられ、書き換えられ、最早今の僕はあの頃の僕ではなく。今の僕もあの頃の僕では無い。僕は誰だろう?僕は誰に成るのだろう?誰に成り得たのだろう?

一つ、誰でも無い誰にも成りえなかった僕が言える事、つまり真実であろう事を述べるなら…


僕は虚言癖のある只の虚言者だ。


嘘っぱち、嘘八百、虚偽、偽善、まことしやか、二枚舌、はったり、虚、虚言、虚辞、そら言、そら音、妄言、不正直者、大ぼら吹き、食わせ者

それこそ嘘つき呼ばわりされて当然の然りと言うべきか、そんな僕が真実を述べるなんて些かちゃんちゃらおかしい話ではあるのだろうか。それさえも嘘ならば僕は虚言者ではなく悪人だ。それも極悪人。言葉巧みに人を騙し、陥れ、責めさいなみ、嬲る。これでは死んでも死に切れない所か、死んだ後の方が人生の本番ではないかと疑いざるを得ない。地獄の沙汰も嘘次第。


然してこれ程までに、それ程までに僕を変えてしまったその人物を、発言者を僕は覚えてはいなかった。数え切れない、覚え切れない位、他人に嘘つき呼ばわりされた訳でも、これと言って僕の記憶力に部分的致命的な難がある訳でも無い。無いと信じたい。只、その頃の記憶が、景色が、場所が、色が、匂いが、空気が、味が、世界がすっぽりと抜け落ちてしまっているのだ。忘却された訳でも無く、ましてや置き忘れた訳じゃあ無い。元々無かったかのようにすっぽりと抜け落ちている。火のないところに煙は立たないとはよく言うが、水の中なのに煙は立ちまくり小火騒ぎだ。命題も過程も考察も無いのに、結果だけ突き付けられた無力な科学者の様な。とは言っても僕は理系ではなく文系なのだけれど。


「嘘つき、か。」


僕はそれを噛み締めるように、自分に言い聞かせるように声に出して反復した。発音してしまえばなんてことの無い有り触れた言葉だ。重みも軽みも味気も素っ気なささえも無い。せめてもの救いで苦味位はあって欲しかった。只の言葉。どうして僕がそんな只の言葉であるこの一つの単語にここまで思い起こされ考えを巡らし奮起しているのかと言うと、目の前の女性。いや、女子生徒が根源であり原点でありルーツである。


「そう!てんちゃん先輩は本当に素直じゃ無い!天邪鬼を通り越して嘘つきだ!」


目の前の女子生徒は、ここが学校の食堂である事もはばからずに割と大きめの声でそう叫んだ。おいおい、人の事を箸で指すなと親から教わらなかったのか?この子は。


「僕は"てんちゃん"じゃなくて"天井真あまねい まこと"だ。」


しかし僕はそんな育ち故の気質を無視した上で、僕の名前に訂正を入れた。僕の名前を省略した上に愛称にし、先輩と言うには程々おかしな態度と話し方の彼女は天來美心たから みこころ。こと僕の通う赤頭赤尾高等学園せきとうあかおこうとうがくえんの生徒である。僕の事を先輩と呼ぶからには彼女は僕より学年は下なのだろう。なのだろう、と言うと何処か信頼性や信憑性に欠けるが、それも仕方ない。なにせ高等学園とは日本に設置されている学校などが用いている名称ではあるが、存在する多くの高等学園は高等学校と類似した教育を行っているものの、高等学園を定める法令などが存在しないのである。つまり、この赤頭赤尾高等学園は高等専修学校、特別支援学校、技能連携校、サポート校、職業訓練施設、つまり簡単に言うと何でも有りの何でも詰め込み型、零から無量大数、赤子から老婆まで何でも来いの学園なのである。

その中でも僕は一様、高校二年生と言う肩書きでこの学園に所属している。天來美心を学年下だと思ったのは只、制服が僕と同じだったからである。同じでありその紺色ブレザー制服の胸のポケットに輝く白いピンがその学年を表していた。

僕の訂正も虚しく、まさか僕の一つ下とも思えない嘘の様な天真爛漫、嘘の様な純粋無垢に天來美心は言う。


「てんちゃん先輩はてんちゃん先輩でしか無いのに、可笑しな事を言うね!」


活発で躍然とした話し方とは裏腹に、その見た目は食堂の椅子に座るとテーブルから胸部が見えない程小柄である。いや別に胸部が見たいだとかそう言う事では決してない。その小さな身体には似つかわしくない程に長く青みがかった黒髪に大きくて澄んだ青黒い瞳、白く下手すれば透けてしまいそうな透明度のある肌、仄かに染まる頬と、血色の良い唇、成程。黒髪と紺のブレザー制服がここまで似合う少女もそう多くは無いだろう。美少女と銘打ってもいい程だが、如何せん頭のネジの緩み具合が気になる女子生徒である。


「そもそも僕の名前の発音は"あまねい"であって音読みにしないで欲しいんだけど。」


僕は目の前で昼食であろうパンを次々と頬張る天來にそう言った。この身体にどうやったらそれ程までのパンが入るのか?


「美心も天來で"天"が付くから"てんちゃん"って呼んでもいいよ!」

「ややこしいわ!」

「たかし先輩!」

「誰だよ!」


まさかここで人名訓が出てくるとは、僕の天來美心に対しての評価、頭のネジがドロップアウトしている上に緩みまくりと言う判断も訂正せざるを得ないかもしれない。中々頭の回る後輩である。パンを含みつつだったので舌の方は回り悪かったが。


「それで、天來。今日は何の用だ?」


僕はそんなやり取りも終え、パンも頬張り終えた天來に今日の要件と言うか要望と言うか、目的、用事を聞いた。今日はと言えば、なんだか昨日も一昨日ももあった様な口振りだけれど、まさしくその通り。僕がこうして天來と顔を合わせるのは細かい原則を無視したとして今日で通算八十八回目である。その回数に意味があるのかと問われれば、御百度参りでも無い限りまぁまず無いだろう。最初の接触は二ヶ月前、僕が高校二年に上がった時、天來美心が赤頭赤尾高等学園に高校一年生として編入して来たまさにその日である。厄災、厄日、忌日。その時から今までの二ヶ月間は僕にとって、僕の人生に置いて、此れ程にも他者に翻弄された日々は無かっただろう。まさに虚言者と言われた僕にしてみれば嘘のような日々。そう、僕と天來美心は学校内、授業中、登下校、自宅、休息時。全てにおいて、限る事無く余す事無く毎日の様に顔を合わせているのだ。

これは何も、転校してきた美少女が実は腹違いの妹で今日からドキドキ共同生活!だとか、実は僕は異世界の魔王で従者である美少女が御世話係に!だとか、借金の肩代わりに美少女が僕のアレやコレやをアレやコレや!だとかそんな与太話では無い。そんな話が見たいのならば本屋でそれなりの小説を購入すればいい話だ。くだらない。下らなくくだらない。僕はそんな嘘が大嫌いだ。嘘の塊を怪訝に嫌悪している。少し話はズレてしまったが、本当の所、真実はしごく簡単で簡潔な話、事実は小説より奇なり…と言えばそこまで、奇妙でも奇天烈でも何でも無い。

見る者が見なくとも美少女であろうこの少女、天來美心。


天真爛漫に純粋無垢に嘘のようにこの二ヶ月、僕をストーキングしているのだ。

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