初めて飲んだ血は、悲しくなるくらい美味しかったらしい。

 大きく見開かれた目。

 そこには、私が映っていて。


 それはわかるのに、ただ思考回路は真っ赤に燃えていて。

 血が欲しい。

 それしか考えられなくて。

「おね、ちゃ……」

 腕の中でくったりと力が抜けた弟の首筋を、これ以上はいけないと喚く理性を無視して、吸い続ける。


 美味しい。

 やめないと。

 まだ吸ってたい。

 このままじゃ死んじゃう。

 いやだ、まだ食事中なのに。


 グルグル、グルグル。頭の中で言葉が回っていると思えば、首元にチクッと痛みが走り。


 私は静かに、意識を手放した。



 最初に目を覚ましたとき、私はトラックの荷台に乗っていた。

 布が張ってある荷台の中は、真っ暗だ。

 痛む頭を左右に振って、記憶を手繰り寄せる。

 よみがえったのは、思い出したくもないような出来事ばかり。

 自分が花人病はなびとびょうを発症して、弟を襲ったことを、すぐに理解した。


 五歳違いの弟だった。

 可愛くて、大切な弟だった。

 どうして、なんで……。

 どんなに怖かっただろう。

 どんなに恐ろしかっただろう。

「……ごめんなさい」

 トラックの走行音が、謝罪を吸い込む。

 もう二度と会うことも、謝ることもできないのだと、突き付けられた気がして、私は膝の上に腕を組んで、顔をうずめた。

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