その2 芸術の街

 リュパの景観は見栄えがいいように、とにかく整えられている。石畳の道に、色が統一された家屋。瀟洒なカフェレストランに、歴史あるゴシック様式の教会や楽堂。道ゆく人々も、小ざっぱりとして、尚且つお洒落な人が多い。男性はモーニングコートやラウンジスーツに山高帽やカンカン帽をかぶり、女性はくるぶし丈のゆったりしたドレス、そして、ごく少数ではあるが、ひざ下の短いスカート姿の女性、スーツ姿の女性などもいる。だが、そのような身なりがしっかりしている者たちが歩いているのは、街の中心部だけだ。郊外にまで出れば、ルートのようなあまり綺麗でない格好の者たちがうろついている。


 彼は、そのあたりで小さくて安い宿屋を見つけ入った。その宿屋の食堂で夕食をとりつつ、この街の情報を得ることにした。

主人マスター、今日の新聞あるか?」ルートは、厨房にいるこの宿の主人に話しかけた。

「夕刊なら、そこにあるよ」主人は壁際に置いてあるラックを顎で指した。ルートは今日の夕刊を取ってきて開いて見た。パラパラとめくっていく中で、とある記事が目についた。

“怪盗シャノアールからまたも予告状”という見出しだった。ルートは思わず「怪盗?」と口に出していた。厨房で立ち働いていた主人はその言葉を聞き、カウンター越しに話しかけてきた。


「兄ちゃん、シャノアールを知らないのかい?」

「ああ、今日この街に着いたばかりなんだ」

「だったら、今話題の怪盗シャノアールの活躍を見ていきなよ。いい土産話になるぜ」

「そのシャノアールってのは、何者なんだ?」

「このリュパ市、そしてその周辺で暴れまわってる大泥棒さ。盗み出す物はいつも名のある美術品ばかり。しかも、盗み出したら、その数日後には綺麗に元あった所に戻す律義者さ」

「へぇ、義賊気取りってわけでもなく、ただ単に盗みを楽しむだけのタイプか」

「警察でも金目当ての犯行じゃないって当たりをつけてるらしいが、一向に捕まらないんだ。まぁでも、おもしろいのはな、シャノアールが最初に現れたのは四十年くらい前からでな、それから十年くらい活動していたんだが、ある時ぱったりと盗みをやめちまった。何の前触れもなくだ。巷では死んだって言われていたんだがな、ここ数ヶ月でまた現れたんだよ。当時を知る奴らにとっちゃ、日常の娯楽が戻ってきたんで大いに湧いてるし、警察は三十年越しの雪辱を晴らすために躍起になってるところさ」

「それじゃ親父、あんたもその娯楽を楽しんでいる一人なのかい?」

「まあね。こんな小説みたいなこと滅多にないしな」


 ルートは夕刊に目を戻した。シャノアールが現れるのは明日の夜。場所は、奇しくもデュポン現代美術館だった。だが標的は違った。怪盗シャノアールが狙うのはとある彫刻品らしい。

 彼の心の中では、面倒だなという思いがあったが、もしかしたら、うまく便乗すれば、こちらの目的も達成できるかもしれないと考えへと変わっていった。

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