その2 古代の住居

 ルートとシーグラムは、発見された遺跡の近くまで来ていた。遺跡は、山に繋がる林の中にある。この林の先は深い樹海につながっており、そこをさらに行くと山に繋がっているのだ。だが、ここらの林は背の高い広葉樹が非常に多く、昼間でも薄暗い。さらにその奥の樹海は、昼も夜も分からないくらいの暗さになる。そのため地元の人間からは嫌煙されており、滅多に人が足を踏み入れないのだ。人が迷いやすい、ということが発掘の妨げとなっており、他の住居の発見にいたっていないのであった。


「あまり人が立ち入らない場所とはいえ、人間が調査中の場所に私が行っても平気だろうか?」シーグラムは、人間の前にあまり姿を見せない。ドラゴン族全体が人前に姿を見せなくなってしまったため、非常に珍しがられる存在なのだ。

「別に、この時間帯だったら人間なんていないし、平気平気」ルートが言う通り、二人が来ていた時間帯は真夜中だった。そのため、人に見られる心配は皆無であった。


「まぁ、一番不安なのは、この暗闇の中で迷わないかってことだけどな」ルートは別の心配があった。

「林までだったら道ができているだろうから大丈夫だろう。森の中であっても、私が空からナビゲートするさ」

「ほんと、こういう時ドラゴンが味方だと助かるぜ——」

二人は林の中へ足を踏み入れた。


 遺跡の詳しい場所は公開されていた。ルート達が入ったあたりからまっすぐ北西に十キロメートルほどの距離だ。入ってすぐの林の中は、まだ月の光が届くほどの明るさで、道も平坦で分かりやすかった。ルートはランタンを片手に、シーグラムは食料などが入った荷物を背にして進んでいた。


 六、七キロメートル進んだころだろうか。道に起伏が多くなってきた。といっても、緩やかなもので、まだ厳しいといえる道ではなかった。

 小人の家は、その地面の起伏を利用して作られていた。二人は、地面が大きく盛り上がった場所に来た。


「この下だな」ルートは立ち止まって、道の脇の大きな段差になっている所を覗き込んだ。シーグラムはその下に移動して、小人の家をまじまじと見た。小人の家というのは、せり上がった地面の脇に穴ぐらを作って、それをそのまま家にしてしまうというものだったのだ。ルートも下に降りてきた。

「ここだな。ほらこれ、ボロボロになってるけど、扉のようだ」穴ぐらの入り口には、朽ち果てた木の板がかろうじてついていた。扉を支える蝶番も、よく三千年もったな、という風に扉をやっとこさ支えていた。周りには、無闇に人が立ち入らないようにテープが貼られている。だが、ルートはそれを外して中へ入った。


 ルートは、ドアを壊さないように慎重に開けた。錆びてボロボロになった蝶番がギッと嫌な音を立てた。ドアは非常に小さく、百メートルくらいしかないため、ルートは身を屈めて入った。中はこじんまりとした普通の家、という感じだった。入ってすぐ右手には暖炉があった。煙突は外から見た時は分からなかったが、草や土にまみれて見えなくなってしまったのだろう。暖炉の中には、灰の代わりに土が溜まっていた。左手には広いスペースがあったが、何もなかった。研究のために全て持って行かれてしまったのだろう。丸窓があったが、真っ暗で何も見えなかった。夜の闇のせいではない。土が被ってしまっているのだ。恐らく当時と今とでは、地形も地層も変わってしまったのだろう。ルートは奥に行ってみた。そこはキッチンのようで、流しや竃があった。だが、ここも何もかもが持ち去られていた。


 シーグラムが中を必死になって見ているのに、ルートは気がついた。

「中はほとんど何もねえよ。奥も、キッチンになっていたようだが、全部発掘の時に持ってかれたみたいだ」ルートは、シーグラムが見やすいようにランタンを掲げた。

「まあそうだろうな。しかし、三千年前にしては、やや発達しすぎているな。人類の歴史より千年ばかし早い居住空間だ」

「ああ、それは話題になってた。だから、小人族は普通の人間よりも非常に高い技術を持っていた可能性があるんだとよ」

「しかし、こんなに朽ち果てては、小人族はもう絶滅してしまっているかもしれないな。不思議だな。ズイ族と非常によく似ている」

「ズイってのは、あれか。紀元前に最も発展したけど、いつの間にか衰退してたっていう民族か」

「ああ。だが彼らはまだ消えてはいないな。迫害の対象にはなってしまったが」

「奢れるものはなんちゃらってやつか。小人族も記録に残んなかったってだけで、もしかしたらズイみたいな文化があったのかもな」

「そうしたら歴史を変える大発見だ。いや、この遺跡の発見だけでもすごいことだがな」

「まだ、おとぎ話に出てくる小人が実在したかは分かんないけどな。もしかしたら、ただの背が低い人間かもしれないし」

「お前が夢の無いことを言ってどうする。さて、この後はどうするんだ?」

「うーん、手がかりになりそうなものはなかったしなぁ…。まぁ、あったとしても持ち去られてるだろうけど」ルートは、家から出て来て頭を抱えた。

「学者たちは、この林一帯を探索し尽くしたのか?」シーグラムは訊いた。

「まだ全部とまではいってないけど、八割方はやってるはずだ」

「そうか。ならば、やはり樹海だな」

「やっぱりそうだよな。樹海は全く手をつけてないみたいだし。ていうか、危険の方が大きいから、調査が許されないらしい」

「ならば、やはり行くしかないだろう」


 二人は再び進んだ。この樹海は、この林の比では無いくらいに広い。このまま、まっすぐ奥へ進め必ず突き当たるはずだった。道は、進めば進むほど起伏が激しく、大きな木の根が飛び出したところもあり、ルートは何度も引っかかってこけそうになった。

「はー。やっぱり深夜にこんな林の中、通るもんじゃないぜ」ルートは、疲れを感じ始めてきた。

「樹海の中は、きっとこんなものじゃないだろう。ここで弱音をはいてどうする。ほら、道の終わりが見えたぞ」シーグラムは立て札を見つけた。それは、この林の終わりを示すものだった。そして、この先に立ち入るべからず、との旨が書かれていた。林と樹海の境界は、ちょうど小川で区切られていた。樹海は、林ほどの高さの木はなかったが、密度は濃かった。小川の向こう側から見ても、一寸先も見えないほどの暗闇だった。


 夜明けまで数時間あったため、二人は休むことにした。そもそも、こんなに暗くては、進むのは危険だったからだ。ルートはちょうどよい草地に寝転がり、シーグラムは、自分が寝られるくらいの広さの平地で腹ばいになって寝た。林を進む中で、危険な生物には遭遇しなかったし、もしいたとしても、みなドラゴンの姿を見れば逃げ出してしまうため、二人は気にすることなく夜明けまで寝た。

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