その8 竜の…

 深夜二時頃。夜のガネット巡礼教会。ルートは一人、礼拝堂にいた。彼は結局、ユリアーナに拘束されて昼間は何も調査することができなかった。やりたいことはたくさんあるが、今は子竜の探索に専念することにした。


 今、この場には誰もいない。チャンスだった。子竜がどこから鳴いているか知らないが、恐らくこの下におり、真夜中になると上へ上がってきて、独り泣くのだろう。礼拝堂内部は、一見不自然な箇所は無い。この建物は、宗教戦争が各地で頻発していた時代、惨状を憂えた聖ガネットが発案したものであり、聖歌を街中に響き渡らせる、という特殊な建築も彼女が考えたもの、という話しだ。他の教会と違う点はそれくらいで、あとはいたって普通のよくあるゴシック建築の教会だ。入り口からまっすぐ進むと、真ん中に身廊、左右には座席、祭壇は奥にある。


 もし秘密の入り口があるとしたら床だろう。子竜が自力で地上と行き来できると考えた場合、床と地下室との距離はそう遠くないはずだ。だが、人がよく通る場所はできれば避けたい。万が一、子竜の声を誰かに聞かれたら一大事だし、人が歩く音で子竜を怖がらせてもいけない。そうなると怪しいのは、祭壇脇、それも柱の影になっている箇所だ。幸い、それほど広い教会ではない。探索するのは容易かった。


 ルートは祭壇の向かって左側の床に、カーペットに隠れた地下への入り口を見つけた。扉は小さく、大人が入れるかどうか微妙な大きさだった。それに、下から押し上げて開ける用になっているらしく、取っ手と呼べるようなものは無かったが、もしもの時の救済措置なのだろう、帯状の紐が飛び出ていた。丹念に探索すれば見つけられそうな入り口であるため、ルートは疑問に思った。なぜ、街の者たちはここを見つけられなかったのか。だが、昼間聴いたユリアーナの話しを思い出した。警察の職務怠慢を。それに、もし領主がなんらかの事情を知っていて、この教会の調査を制限している可能性もあった。しかし、ここで考えていても仕方のないことだったので、ルートは取っ手を引っ張り、扉を開けた。


 中は暗かったが、建物内に差し込んでいる月の光で、かろうじてはしごがあるっことを確認できた。そう深くはない穴だった。ルートは中へ降りた。

 彼は用意していたランタンに火を灯した。中は廊下が一本伸びており、左右には小部屋がいくつかあった。彼は進んだ。その時、シーグラムからの交信が来た。


「首尾はどうだ?」

「上々だ。地下への入り口を見つけた。そっちの調査はどうだった?」

「近くの山で、墓を見つけてな。気になって掘り起こしてみたら、ドラゴンの死体があった。まだ腐ってなかったからな、かなり最近死んだらしい」

「人間にやられた痕跡は?」

「銃創や矢傷があった。ハンターにやられたと見ていいだろうな」

「そうか。やっぱり、俺たちの予想した通りかもな」

「それで、地下はどうなっているんだ?」

「小部屋がいくつかあってな、中にはベッドや机がある。おっと、広い部屋もあるんだな。ここはベッドがいくつかある。診療所、みたいだな。」

「ふむ、もしかしたら昔、兵士たちの宿泊所になっていたのかもな」

「だろうな。今は使われて無いみたいだが…、いた!」

「なに!子ドラゴンか!」

「ああ、恐らく。どうやら、ベッドでお休み中のようだぜ」

ルートは扉の小窓から中を見ていた。その部屋は、先ほど見つけた診療部屋であり、子竜はこちらに背を向けて、寝息を立てていた。二人の目論見通りだった。

「体の大きさはどれくらいだ?ルート」

「人間の七歳児くらい、ってとこかな。この大きさだと何歳くらいなんだ?」

「その大きさなら、三歳くらいだろうな。まだまだ、知能は発達していないし、体のうろこも牙も生えていない段階だ」

「でも歌は歌えるんだな」

「人間の七歳児だって、もう言葉を覚えているだろ。それと同じさ」

「ふーん。で、どうします?シーグ先生??」

「起こさず、そっと地上まで運んでこい。自然に帰してやりたい」

「了解」


と言っても、寝ている子供を起こさず運ぶなんて、ルートは経験が無い。とにかく、まずは慎重にドアを開けた。そして、そっと子竜に近づいた。子竜が寝ているベッドの真横に来て、ルートは気がついた。ミルクの跡が残る小皿と、食べ物のカスが残っている小皿があったのだ。やはり、誰かがこの子竜を世話しているのだ。だとしたら、自分らが勝手に動かすべきではないのではないか。そんなことを思いつつも、ルートは子竜へと手を伸ばした。そっと子竜を抱き上げ、その寝顔を見た。なんとも穏やかに、気持ちよさそうに寝ていた。ルートはひとまずほっとし、その部屋を出ようとした。

 その時だった。子竜が目を覚ましたのだ。子竜は寝ぼけ眼だったが、見知らぬ人間が自分を抱いていると知ると、恐怖にかられたのか、大声で泣き出したのだ。その声は非常に甲高く、ルートの体がビリビリ響くようであった。


「おい、ルート、何かあったのか?」シーグラムからの交信があった。

「どうもこうも、子ドラゴンが起きたんだよ。それで今、泣き叫んでいる。」

「乱暴にあつかったんじゃないか?子供をあやすようにやってみろ」

「俺にそれができると思うかよ。それに、俺はものすごーく丁重にあつかったぞ」ルートは反論した。


 それにしても困った。こんな大声で鳴かれたのでは、誰かに気づかれてしまう。どうしたものかと考えあぐねていたその時。一人の老人が部屋に入ってきていた。

「お前、そこで何をしておる」エルマーだった。「その子を離さんか!」と、彼は激昂した。

 ルートはとまどいながらも、老人に子竜を渡した。すると、子竜はエルマーの姿を見て安堵したかのように泣き止んだ。エルマーは子竜を抱きかかえ、ベッドに腰掛けた。その姿は、まるで赤ん坊をあやす母親のようだった。

「そのドラゴンは、あんたが世話してたのか」ルートは察し、エルマーに訊いた。

「ああ、一週間ほど前から、ここに匿っている。それよりもお前さん、やはり儂のものを狙ってきていたペテン師だったんじゃな。この間と全然態度が違うわい。それに、ここにいるのが何よりの証拠じゃ」

ルートは罰が悪そうな顔をした。だが、すぐに開き直って「騙して悪かったよ。確かに俺はあんたの宝を狙ってこの街に来ていた。だが、その宝ってのは、そのドラゴンじゃない。そのドラゴンに関しては、俺の相棒が気にかけててな、野生に帰そうと言ってるんだ。それに俺は協力してるってわけ」

「野生に、か…。この子の親はもういない。人間達に殺されたんじゃ。だから野生に帰すのは難しいぞ」

「だからといって、いつまでも地下に閉じ込めておくわけにはいかないだろ。俺の相棒はそのへんのことに関しては詳しい。だから、俺に預けてくれないか?」

「————。ボリス、果たしてお前は独りで生きていけるのか?」子竜は愛らしい声で一声鳴いた。

「ボリスっていうのか?そいつ。」

「ああ、儂が名付けた…。」

「爺さん、昔、ドラゴンと親交があったあんたなら分かるだろ?ここに置いておくことが危険なことくらい」

「もちろんじゃ。特に領主のゲーペル、あいつに知られる前に、どうにかしたい…」

「領主が、なんかあるのか?」

「今の代の領主は、何人ものハンターを雇って密猟事業を行っておる。顧客が大勢おってな、奴は仲買人のようなことをして、儲けておるんだよ。ここの調査に制限をかけたのも奴の仕業さ。珍しい生き物がおると思って、誰にもここを探らせなかったのだ」

「やっぱりなぁ。爺さん、あんた、その証拠は掴んでるのか?」

「いいや、決定的なものは何も——。」

「なんだよ、そこまで情報をつかんでおいて、奴を追い詰められるようなものは何もないのかよ」

「ふん、どうせ老いぼれの身では、ここまでしかできないのだよ…」



 

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