第5話 僕、奴隷を買う

「一列に並んで手を頭の後ろで組んで下さい。大丈夫です、犯罪歴が無ければすぐに終わりますので」


 そんな説明をしながら、休憩所に居た馬車の面々を騎士団が誘導し、程なくして僕を含めたその場の全員が集められる。そこを端から騎士団がチェックしていき、犯罪者がいなければ良し、という訳だ。

 3番目に検査された辻馬車の御者のおっちゃんが『おととい酒に酔って路地裏で立ちションした件』が騎士にバレて焦っていたのは正直面白かったが、その次は僕なので笑ってはいられない。


「次の貴方、お名前は」

「ジョンです」


 無論偽名、というか僕に名は無い。


「ではジョンさん、貴方の犯罪歴ですが……。はい、結構です。無いようですね。お手数お掛けしました」


 そんな事務的な手続きと共にあっさりと解放される僕。放火も殺人も僕の仕業だというのに、神の力を借りるというその魔道具は僕の魂から罪を検出しなかった。


 ……まぁ、判っていた事ではある。僕は世界によって『かくあるべし』と定められた通りに振舞っている、ある種の天使のようなものだ。私利私欲による窃盗などならまだしも、喰らい、殺すことに関して僕が世界から罪を問われる事はない。


 僕の設計コンセプトは『死神』。罪深い魂を喰らってその業を奪い去り、無垢な魂として送り出す魂の収穫者。そして人々に罪を犯すことへの恐怖を与え、魂が堕落することへの抑止力。それが僕だ。


 つまり、悪いことをした奴が僕に惨たらしく殺されて死体を凌辱され村ごと焼かれる、というのはまさに使命の遂行に他ならない。ならば世界に真面目に仕えている僕を世界が罰するいわれもなし、という訳だ。


 まあ物的証拠を掻き集めて、僕こそ犯人だと断定する者がいれば別だが、魂を読み取る魔道具などという便利なものがあるのにそんな面倒なことをする奴はまずいないだろう。


 つまるところ、僕は僕である限り騎士団を恐れる必要がないのだ。むしろ彼らは僕の使命の上では味方であるとさえ言える。盗賊殺すべし、 なのはお互い様だ。


 そんな気楽な僕の一方で、先程まで僕と話していた奴隷商人氏の方は大変そうだった。まぁあれだけ奴隷がいて、その検査を全部手伝うのだから当然だ。騎士団の方も「すみません、これも我々の義務ですのでやらざるを……」とか言って班長らしい人がペコペコしているし。


 そんな様子を眺めていてふと、僕と1人の奴隷の目が合った。女の子……に見える。中身は老婆かもだが。


 ……?


 なんだろう。偶然かとも思ったが、目を逸らしても視線を感じる。こっちに何かあるのかと振り向いてみたけれど何も無し。


 僕を見てるなぁ。……何故に?


 と、奴隷商人氏もその視線に気づいたらしく、何やら一言彼が発すると彼女の全身の奴隷紋が強く発光し、彼女は錆びついたネジのようにぎこちない動きで首を動かし、僕から視線を逸らした。


 それと同時に騎士が全ての調査を終えたらしく、騎士団が突然手間取らせた事への詫びを述べて撤収を開始し、奴隷商人氏もホッと一息付いている。


 が、その直後、彼は僕のことを見ていた奴隷を連れ立ってこちらにやってきた。


「いやはや、申し訳ございません。うちの奴隷がとんだ粗相を……」

「え。あ、いえいえ。見られてただけなので僕は何ともないですし、そんな、頭を下げていただかなくても……」

「寛大なお言葉、ありがとうございます」

「いやいやいや……。でも、なんで僕を見てたんでしょうね、この子」

「そうですね……『質問への回答のみ喋っても良い』『この方の質問に全て答えよ』」


 力を込めて放たれた言霊に反応し、奴隷紋が発光。その直後、無表情のまま口元だけを動かして、奴隷が声を発した。


「このお兄さんの、お肉、が美味しそうな、匂い、だったからです」


 ……あ。これマズイ流れだな。


「んー。お肉かぁ。そっかぁ……商人さん、この奴隷はどういう奴隷なんですかね?」

「名前はオーティス。罪状は死体損壊……ご存知ないですか? 人食いオーティスといえば一時はこの辺りを騒がせたものですが」

「僕の旅、ロバ任せなのでその辺はさっぱりなんですよね……」

「そうですか。……こいつは貴族の馬車に轢かれた自分の姉の死体を埋葬直後に掘り起こして食った罪で捕まりましてね。……死者の冒涜という訳ですから、それはもう、本来なら縛り首になるところだったのです。……が、流石に『最愛の姉を轢き殺されて狂った弟が哀れにも縛り首に』というのは貴族的にまずかったようで。死罪を情状酌量で奴隷刑になったという訳です」

「それは可哀想に。…………ん? え。ちょっと待ってください。弟?」

「ええ、そうなんですよ。どういうわけか元は25才くらいの、ヒゲも生えてる男だったはずなんですが、今じゃこの通り女の子にしか見えないわけでして。幼少期の姿とも噛み合わないそうですし、気味が悪いと売れずじまいなのです。……いや、元々食人鬼ということで買い手は居ないのですけれども」


 なるほど? ……なるほど。近くでよく見ると、このオーティス君、興味深い魂をしている。おそらくは少女じみた容姿もそれが原因だろう。


 ……食欲は唆られないが、魂の蒐集という観点ではかなり手に入れておきたい存在だ。


「なるほど……商人さん。この奴隷の値段っておいくらですか?」

「おや、お気に召されましたか?」

「熱視線に射抜かれちゃったので」

「ははは、怪我の功名というやつですかな。奴隷の粗相がきっかけで商談に繋がるとは。……そうですね。売れ残りという点を考えると……共通金貨1枚でいかがでしょう」


 金貨1枚ということは…………銀貨で言えば100枚、銅貨で1万枚。銅貨10枚あればパンが一斤買えて、ワインなら銀貨1枚でワンボトル。金貨1枚は若者の月の手取り金くらい、と。さすが盗賊の知識だ。金に関してはしっかり覚えている。

 ……金貨なら盗賊から盗んだやつを数枚持っているし、これは買っておくべきだろう。


「買います」

「お買い上げありがとうございます」


 他人の人生を二つ返事で購入完了とはなかなか実感がわかないが、金貨を払い、奴隷紋に僕の魔力を流し込んで固有化すれば、本当にたったこれだけでオーティス君は僕のものである。


 商人に軽く奴隷の扱いの手ほどきを受けてから別れ、オーティス君を荷台に乗せてロバに歩くよう指示を出し、自分も荷車に乗りこんで暫し。


 真昼の街道をテクテクとロバが進むのを眺める内に、ようやく人を購入した実感が湧いてきた。


 ……僕は人ではないので背徳感やらというものはさっぱり無いが、こう、知恵のある生物を飼うのは何というかワクワクするというか。旅の空でロバしか話し相手がいるのは良いことだと思う。


 しかしまあ、人目も無くなってきた事だ。そろそろあの発言の真意を聞くとしようじゃないか。

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