第2話 僕、盗賊を襲う

 盗賊のねぐらといえば、こう、洞窟に隠れ棲んでいそうなイメージがある。が、実際は今回の連中のように、廃村を悪用している連中の方が多い……というのは先程食った盗賊君の豆知識。場合によっては食い詰めた村人が団結して野盗化するケースもあるらしく、その場合は廃村を拠点にしているというべきか否かは怪しい。


 だがまぁなんにせよ、僕が今から行うのは単身で盗賊の村に殴り込みをかけることだ。


 さっき脂っこいだの生臭いだのとケチをつけた盗賊君——本名ジョシュア、享年37——だが、魂にこびりついていた『業』の味わいは中々に悪くなかった。


 故に僕は当然、こう考える。「同類も美味しいんじゃ無いの?」と。


 そんなわけで、商人の護衛や盗賊の連中がこっちにくる前に足早にあの街道沿いを去った僕は、口元の血の跡を手の甲で拭いながら森を歩いている。一見すればただの獣道。詳しい者でなければ間違いなく迷子一直線だろうが、僕はジョシュアくんの記憶を辿っているのだから迷いようが無い。


 進むことしばし。森の中にある、元は樵の村だったのだろう廃村に僕はたどり着いた。


 盗賊とはいえ、盗みだけで生計を立てているわけでは無いのだろう。村には簡素な畑もあり、誰かが暮らしているのは間違いない。


 僕は意気揚々とその村に正面から近づいていく。入り口には歩哨が二人。簡易な槍で武装しており、既にこちらを発見して身構えている。……まぁそりゃあ、口元を血で汚した奴が、抜き身のナイフを持って近づいて来たら構えない方がおかしいだろうが。


 だが、悪手だ。彼等は構えるのではなく声を上げるべきだった。


 ある程度まで近づき、そろそろ声を掛けてくるかな、というあたり。そこで僕は一気に踏み込み、全力疾走を開始する。街道で見た馬の如く『常人離れした』速度に至った僕に対応が遅れた右の歩哨にタックルし、自分の質量を武器に押し倒す。槍は素人でも扱い易く攻防に秀でた優秀な武器だが、組討ちの姿勢まで縺れこまれると邪魔でしか無い。


 その点ナイフは、超至近距離戦闘においては最も扱いやすい部類の武器だろう。視覚に頼る人間が晒さざるを得ない眼球という弱点にナイフをぶち込めば、大抵の人間は脳まで破壊されて死に至る。


 今持っているのはゴツいダガータイプのナイフなのでちょっとねじ込むのには手こずるが、それはそのうち刺突向きのものを手に入れればいい話。今はこのダガーが僕の相棒である。


 そしてそんな相棒は見事に右の歩哨の前頭葉に先端を突き刺し、鍔までがっつりと頭部にめり込んでいる。即死だ。


 その段になって漸く左の歩哨が絶叫とともに槍を繰り出して来た。


「敵襲ッ敵だぁッ、誰か来てくれッ、ハンスがやられたッ! くそッ、うおぁぁっッ!」


 右の歩哨にのしかかる形だった僕の背に、体重の乗った槍が繰り出され、避けようが無いその一撃が僕の肺を貫き肋骨を砕く。


 だが、そんな事よりも僕は目の前の新鮮な死体に食らいつく事を優先する。眼球からダガーを引き抜き、くっついて来た眼球を喰らうと無事な片目に刺し直す。そうして開いた眼窩から指を突っ込み顔面の骨を引き剥が————そうとした僕の頭に、横殴りの衝撃。


 左の歩哨君が槍でぶん殴って来たらしい。


「痛いなぁ」

「バケモノめっ! 畜生がッ!」


 槍による滅多打ち。死なないとはいえ衝撃を受ければ手元が狂うし、口に入れたものを吐いてしまうので食事もおちおち出来はしない。これはどうも、歩哨君の排除を先にすべきだったらしい。失敗だ。


 なので挽回すべく、僕は落ちている右の歩哨君の槍を手に取ると、滅茶苦茶に殴りつけてくる相手の槍を受け止める。柔らかい人間を殴るつもりで振るったものが突然槍で受け止められれば、予想外の反動が来るのは当然。


 手の痺れに歩哨君が一瞬硬直した隙に、僕は立ち上がって槍を構え、今度は逆に殴りかかった。それを防御しようと歩哨君が槍を盾にするが、あいにく僕と歩哨君では筋力が違う。


 さっき食った野盗のジョシュア君の力と、僕の元々の力。成人男性2名分の力で振るわれる槍を一人で受け止めるのはかなり苦しい事だろう。


 が、それは粗製の槍にも言えたことらしい。歩哨君の槍と相討ちに僕の槍が半ばからへし折れてしまったのだ。


 だがまぁ半分になっても棍棒として使うなら悪くはない。僕は武器を破壊されて怯む歩哨君へと踏み込んで、頭を横からブン殴る。


 しっかりした手ごたえ。首が『脱臼した』のかぐんにゃりと折れ曲り、歩哨君は哀れにも頽れた。


 これで漸く食事が出来る……と考えるのは流石に楽観的だ。さっきの学習を生かすならば、邪魔者を始末してから食事をすべきである。現に、村の方から四、五人の盗賊が武器を手にワラワラとやって来ている事だし。


 ……しかし、歩哨君が声を上げてからちょっと間が空きすぎな様な気がするのだが、襲うのはともかく襲われるのは初めてだったのだろうか? 或いは酒や女でも嗜んでいて準備に手間取ったのか?


 まぁ、好都合ではあるので良いのだが。


「ハンスとジャックがやられやがった! クソが! 射殺しちまえ!」


 おっと。よく見れば皆さん弓を構えておられる。通常なら脅威だ。間合いの長さというものは絶対の優位故に。


 僕も流石に矢を避ける事はまだ難しい。一応かっぱらった獣革の鎧を着てはいるが、弓矢は薄い金属鎧くらいなら余裕でブチ抜く。無いよりマシぐらいに思ったほうがいい。


 だから、この場合僕がやるべきなのは、こうだ。


「あいつ突っ込んできやがる!? 気狂いか! 殺せ! 射ち殺せ!」


 顔だけを腕で守り、全力でタックル。肩、腿、腹に矢が突き刺さるが、それらを無視して強引に突撃を敢行する。


「痛いじゃ無いかぁッッ! 僕は射的のオモチャじゃ無いんだぞッ!」

「ヒッ!?」


 体当たりからの組討ち。芸がないが、兵器でも手元に無い限り、結局は肉弾戦が最後にものをいうのが戦闘だ。幸い相手は弓兵。背負った矢筒から抜き取った矢を首に突き刺してやればいい。まずは一人。


 仕留めた奴が一応近距離用に持っていたらしい腰の短剣を拝借し、動揺する連中に襲いかかる。意識して切る必要はない。ただ棍棒のように振るえば、金属という素材自体の硬さと重さが武器となる。そして運が良ければ切れる。


 二人分の力で振るわれる短剣が手近にいた山賊の肩口にめり込み、鎖骨を粉砕して血管をぶった斬った。二人目。


 だが、僕の背中から衝撃。背から腹に抜けて短剣が打ち込まれ、背骨が断ち切られた僕は下半身の制御を失い崩れ落ちる。


 が、まだ上半身が動く。倒れざまに腕立て伏せの要領で腕を使って跳ね起き、後ろから僕を刺した野郎に頭突きをかましたのち、そのままうつ伏せに倒れて腹から突き出た剣先を地面に叩きつける。衝撃とともに腹の剣がすっぽ抜け、背骨が繋がったことで下半身が復活。そのまま地面を転がって身を起こし、鼻に頭突きを受けて鼻血を漏らしている奴の顔面に拳を叩き込む。


 その段になって、僕の不死性に恐れをなしたのか残る2人が逃走を開始する。僕からすっぽ抜けた短剣を持ち主の腹に刺し返してやる頃にはかなりの距離が開いている。


 仕方がないので、弓を拾い上げ、渾身の力で引き絞って発射。直線に飛んだ矢が1人の背中に突き刺さるのを確認してもう1発。2人目はケツだった。多分死んではいないので短剣片手にとどめを刺しに行く。


 這ってでも逃げようとする2人の脳天に短剣をぶち込んで仕留めると、漸く廃村は静かになった。


 では食事の時間である。




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