第25話

 聖地ペポンを死の都に変じさせた地獄旅団は盗るものも盗らず北へとんぼ返りした。ナク族の都を焼いた報せは下流のほうにも届き、その叙勲がピエーテルバルクの総督邸において、行われることになった。その筆頭はもちらんデ・ノア大佐であり、メイベルラント殊勲章が与えられ、また猟兵大隊の指揮官ディアト少佐、騎兵中隊指揮官のルイ・マノア大尉、また先陣を切って神殿に一番に到着したヴィンセン・エラン中尉といった面々にもノヴァ・アルカディア十字章が与えられることになった。

 十月二日、潮風が香った晴天の日、デ・ノア大佐とその一行は他ならぬ総督その人に出迎えられ、総督府の青い軍服の兵士による捧げ銃の柱廊を通りぬけると、栗毛の二頭の馬が曳く馬車に乗り、大勢の見物客で溢れる目抜き通りを駆けて抜けた。人のよさそうな顔をした小太りの総督の相手をしつつも、デ・ノア大佐はピエーテルバルクのあちこちに目を向けることを怠らなかった。いずれ自分が支配することになる都市なのだ。あの大聖堂も、総督邸も、劇場も、銀行も、植民地協会本部の建物も全て彼のもの、ピエーテルバルクを囲み地の果てまで茂っているサトウキビの農園も彼のものになる。

デ・ノア大佐以下受勲する士官たちは総督邸で歓待を受け、絞ったばかりのオレンジ・ジュースで喉を潤し、それから植民地議会の議事堂へ移動した。ちっぽけな植民地のくせに代議士だけはいっちょまえに百五十人もいる無駄な議会については十日以降に一掃される予定だった。

 議長席の背後に、メイベルラント人の冒険家ジャン・デ・エレフトがノヴァ・アルカディアの浜辺に上陸し、彼を神の使者と間違えた原住民から捧げものを受け取っている巨大な油絵が飾られた議会において、デ・ノア大佐は毒にも薬にもならない気のぬけた演説をし、あとはガフガリオン派の議員に任せた。六十名ほどのガフガリオン派代議士はしょっちゅう「ガフガリオン万歳 愛国者たるデ・ノア旅団長大佐万歳!」と叫んで、議事進行記録係の速記官たちを困らせた。

 また、総督邸に戻ると、ピエーテルバルクじゅうのお偉方が総督邸の中庭に集まり、ペポンの炎を思い出させる火炎樹が美しい広場で受勲が始まった。十八世紀風の粉をふった鬘と半ズボンのお仕着せを来た黒人の召使いが金色の房飾りを四隅につけたビロードの座布団のようなものを持っていて、そこに勇者たちの胸を飾ることになる勲章が売り物のように並んでいた。

その勲章がぽっちゃりした総督の手に摘まれ、デ・ノア大佐の勲章だらけの胸の一際目立つ位置につけられた。その後、勲章の位の高い順に受勲が行われ、黒人の召使いが手にする座布団から勲章がなくなると、召使いは下がり、晩餐会が始まった。

 シャルロ・デ・ノア大佐ら地獄旅団の士官たちは魚のコンソメやら、チーズを挟んだスペイン産豚のカツレツやら、タプナード・ソースをたっぷりかけたローストチキンやら、サワークリーム・バターがとろける子牛のステーキやら、ポルトガル産のワインを使ったオックステールの煮込みやらアーティチョークの炒め物やらをたらふく頂戴した。ピエーテルバルクの連中は毎日こんなものを食っているのかと思うと、大佐はこれから起こる出来事が楽しみになり、終始笑みが止まらなかった。人のいい総督は自分の歓待が相手を喜ばしていると勘違いし、大佐の手をとって堅く握り、その場にいる全員に向かって、デ・ノア大佐のような立派な方をノヴァ・アルカディアにお呼びすることができたのは真に僥倖だった、と言って、ハラハラ涙を流したくらいだった。

 料理の最後はデ・ノア大佐の大好物である揚げリンゴでメイプルシロップをたっぷりかけてシュガーパウダーもたっぷりかけた状態で供された。デ・ノア大佐はただせさえでっぷり太った体をよりでっぷりさせるであろう油と砂糖のかたまりをばくばくと食べた。体が動くたびに勲章だらけの胸がかちゃかちゃ鳴った。それは皆殺しの音だった。

 翌日、軍楽隊の勇ましい行進曲に送られるようにして帰りの船に乗ったデ・ノア大佐に対して、総督は是非とも、またおいでください、と言った。

 デ・ノア大佐はにやりと笑うと、ええ、近いうちにまたうかがいます、といった。

 デ・ノア大佐が十月の三日にサン・ディエゴに戻ると、すでに材木会社が雇ったことになっている兵員輸送船が十六隻ほど碇を下ろしていた。

 十月九日までには地獄旅団の全兵士が輸送船に乗っていた。勘のいいものはこれから何が起こるか気づいていた。だが、あえて口に出すものはいなかった。一方、少数の勘の悪いものはまたペポンへ行って、周囲を調べつくして妖精を取りにいくのだと思っていた。十月九日の夜、士官も兵士もこれから起こるであろう出来事にぴりぴりしていた。

 十月十日、夜明けとともに十六隻の船全てに対して、これから地獄旅団は本国におけるガフガリオン派による政権奪取と連動し、ノヴァ・アルカディア植民地をその支配下に置くことを宣言した。

「兵士諸君は義務を果たし、敢闘せよ。敵は数と士気と練度に劣る共和国軍だ。彼らを駆逐し、作戦が成功した暁には我々はノヴァ・アルカディアの支配者となるのだ」

 兵士たちが興奮し、支配者という言葉に酔いしれているなか、フランソアは浮かない顔をしていた。

「どうかしましたか?」デ・レオン大尉がたずねた。

「セント・アリシアにかつての部下がいる。ジェスタスという名の工兵中尉だ。まさか、あいつと敵味方に分かれるとは思っていなかったな」

 十月十日午後一時、セント・アリシアの船着き場に二隻の輸送船がやってきた。輸送船からは黒い上衣の地獄旅団が手漕ぎボートでやってきて、次々と上陸していった。市民たちは何が起こるのか分からなかった。セント・アリシアの要塞司令官であるマルク大佐ですら理解していなかった。彼は尻尾のなかに紛れ込んだカメムシを取り除いている最中に地獄旅団の上陸を告げられた。

 マルク大佐の脳裏に最悪の光景が描き出された。不帰順インディオによる逆襲で地獄旅団が粉砕され、サン・ディエゴがやつらに焼かれ、次の目標としてセント・アリシアを目指しているのではないか?

「すぐ何があったのか、照会しろ」大佐は第一副官のリーバー中佐に命じ、リーバー中佐は二人の少尉を従えて、船着き場や川辺に次々と上陸してくる地獄旅団を見た。それは決して打ち負かされた残党などではなく、むしろこれから攻撃に移ろうとしている人間の集団に他ならなかった。リーバー中佐は危険を覚悟でマルク大佐の命令を実行した。上陸した士官のなかで一番階級の高い行縢を穿いた騎兵中尉に状況の説明を要求した。それに対する返答は銃剣を突きつけられての捕縛だった。その様子を見ていたセント・アリシアの民兵隊の隊員で魚屋をしている狐人が要塞にリーバー中佐が地獄旅団に捕らえられたと報告したが、おろかなマルク大佐はリーバー中佐が何かの手違いでデ・ノア大佐を怒らせたに違いないと判断して、自ら赴いて謝罪に行こうとした。魚屋の狐人は大佐を何度も説得しようとしたが、聞かず、二人の中尉を連れて河岸に向かった。マルク大佐と二人の士官が捕縛されるのに十分とかからなかった。

 魚屋は敵の襲来を告げて、民兵仲間を集めようとしたが、現われたのはガフガリオン派の民兵たちで魚屋はただちに射殺された。

 要塞守備隊は司令官と第一副官、それに数人の士官を一度に失い、市街ではガフガリオン派の民兵が市民を撃ち始めて、大混乱に陥った。もう、このころになると地獄旅団の反逆を疑うものはおらず、問題は反撃するか開城するかだった。そのころには地獄旅団の野砲三門が射撃に適した位置に配置され、榴弾が発射された。そのうちの一発が参謀士官たちの部屋にぶつかり、要塞守備隊は司令官とその部下だけでなく作戦立案能力まで失った。

「抵抗しましょう!」そう唱えたのはジェスタス中尉だった。「たとえ、司令官がいなくとも、三十日は粘れます。そのころには本国から援軍が着きますよ」

「その本国が問題なのだ」残った士官で最も階級の高い先任士官のルイ・イリアム中佐が言った。「これは間違いなくガフガリオン派のクーデターだ。本国がガフガリオンの手に落ちたら、我々は一人残らず皆殺しにされる」

「だからこそ抵抗するのです!」ジェスタス中尉は退かなかった。「我々はインディオの流血の上に植民地を築きました。その報いを受けようとしているのです。もし、ガフガリオン派やデ・ノア大佐のような人々が支配者になれば、それは暗黒の世界に他ならないのです。中佐殿、どうかご決断を」

「だめだ」イリアム中佐は首をふった。「我々は投降する。白旗を掲げろ」

 まもなく要塞の門の上に掲げられていた共和国旗が下げられて、白旗が上がった。地獄旅団は砲撃を止めて、守備隊に対して全ての武器弾薬を破棄して要塞から出るように言った。

「デ・ノア大佐殿に伝えたいことがある」イリアム中佐が旅団大尉に言った。「投降に応じなかったジェスタス中尉以下二十名が角面堡に籠っている」

 その話がデ・ノア大佐の元へ届けられると、ただちに角面堡を吹き飛ばすよう命じた。

「お願いがあります、閣下」フランソアが言った。「わたしを軍使として遣わして、降伏の交渉を行わせてはいただけないでしょうか? あの角面堡にいるのはかつての部下なのであります」

「三時間だ」大佐は言った。「三時間以内に説得できなければ総攻撃を行う」

 フランソアは白い旗を掲げて、角面堡に近寄った。角面堡は水のない堀に囲まれ、跳ね橋が上がっていた。五十近い銃眼のうちの一つから「そこで止まれ!」と呼びかけられた。

「その声はジャン・ルイだな。セバスシアン大佐の遠征以来だな」

「お久しぶりです、大尉殿」

「ジェスタス中尉を呼んでくれ。話がしたい」

 ジェスタス中尉が銃眼に顔を見せた。

「大尉殿。こんなふうに再会したことは非常に残念であります」

「中尉、よく聞くんだ。もう要塞は落ちているし、野砲も配置済みだ。戦闘が始まれば、上と下から銃弾や砲弾が飛んでくる。十分と持たない。きみが図面を引いた角面堡は確かに立派な造りをしている。要塞が落ちていなければ、きっと重要な防御拠点になっただろう。でも、もう戦争は終りだ。要塞そのものが落ちたら、角面堡に籠るのはただの自殺行為だ。アデリーナのことも考えろ」

「アデリーナのことを考えたからこそ戦うのです、大尉殿」ジェスタス中尉が言った。「アデリーナはわたしの子どもを身ごもりました。その子どもに素晴らしい世界を残したい、そう思うのです。大尉殿は戦争が終りだと言いましたね? そのかわりにもっとおぞましいものが始まるのです。虐殺や略奪、我々がインディオに為したことが自分たちの身に降りかかるのです。それに気づくのには、もう時間が遅すぎました」

「遅すぎるなんてことはない。今は負けても、きっと素晴らしい世界を残すことができるさ」

「残念ですが、大尉殿、自分はここを離れません」

「部下たちも同様か?」

 ざわめきの後にジャン・ルイの「その通りであります、大尉殿!」という答えが返ってきた。

 銃眼のなかに見える悲しげな顔がもう全てを物語っていた。フランソアは白旗を落とすと、肩を落として帰っていった。

 三時間後、野砲が榴弾を発射し、猟兵たちが銃眼をしつこく狙い撃ちにした。角面堡の壁が一つまた一つと吹き飛ばされていったが、守備隊は陣地の残骸にしがみつき、旅団兵たちと撃ち合った。榴弾と一斉射撃は三時間行われたが、残った銃眼から白い発射煙が上がりつづけていた。要塞の武器庫から持ち出された臼砲が発射された空高く飛び上がった砲弾は角面堡に命中して全ての銃眼から瓦礫が吹き出し、留め金が壊れ、跳ね橋が落ちてきた。

 ズアーヴ兵たちが突入し、十分後、一人のズアーヴ兵がヤタガン銃剣の切っ先に生首を刺して、高々と掲げた。その首は長い鼻面をこげ茶の毛に包まれ、工兵を示す黄色いバンドのケピ帽をかぶっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る