第18話 空間の主

 しばらく待っていても真島から返事はなく、ただ玉座に座っているだけだった。俺はもう一度真島に話しかけた。


「ここから出よう。女の子達も舞が連れて行ったよ」

 真島はため息をついて、やっと重そうに口を開いた。

「俺は出ない。ここにいなければならない」

「どうして?」

「どうしてもだ」

「なぜ? ここにいてどうするんだ。お前……」


 できることなら前世の事に触れたくはない。思い出さないままでいて欲しいのだが。


「……お前、ここがどこだかわかっているのか?」

「大事な場所だ。俺はここにいて、大切なものを守っている。取りに来る奴から。そうしたら、お前が来る、夢の通りに。なぜ……なぜお前がくるんだ。お前は何者だ」


 逆に質問されてしまった。苦しそうな顔で「何者だ?」と。自分が魔王だったことも、俺のことも、真島は覚えていないらしい。ならばこのままで、ただの同級生「真島」のままいて欲しい。


「女の子達もここへ来たのか? 嘉川さんは、試合をしたって言っていたけれど」

 俺は真島の質問には答えず、話をはぐらかした。


 真島の表情が更に暗いものになった。

「仕方がなかったんだ。やりたくないのにどうしてもって。一本でも入れられたら、付き合ってほしいって言うんだ。家の道場もかかっているって」

「そんでやっつけちゃったって訳か。本気で」

「本気でやらなくても勝てるよ。嘉川とは、小さい頃から大会で何度も会っていて、あっちもうちが道場やっているからみで、昔から家同士の付き合いもある幼馴染だ。でも、それだけだ。付き合う気にはなれない」

「わざと負けて、お試しで付き合っちゃえばよかったんじゃないか? けがはさせないで済んだだろうに」

「真面目な奴なんだ。きっとじいさんたちからいろいろ言われているんだろう。真剣に向かってくる相手に適当な剣なんて振るえない。なのに、何度当てても向かってくるんだ」


 相手のことをよく知っているから余計に手が抜けないということか──俺は思わず頭上のフェアリーズがいそうな空間を睨んだ。一体何言って嘉川さんたちを追い詰めたんだ、M.M FCは。

 フェアリーズたちは黙っている。

 真島は苦しそうに話を続けた。


「俺の剣は、人を傷つけるために使うもんじゃない。そんな風に使いたくないんだ。だからここに来た。なのに、なんでお前が来るんだ。俺は……よく知っているやつとは戦いたくないんだ」


 最後は泣いていたのかもしれない、そんな声になった。真島は優しいやつなんだな。剣をそんな風に使いたいだなんて甘いとも思ったが、魔王であった記憶がないのだから、こんなものなのかもしれない。

 でも、落ち込んでいる真島があまりにも暗いので、それを帳消しにしたくて俺はわざと明るい口調で言った。


「きっと、嘉川さんは真島のことを恨んでなんかいないと思うよ。今頃、立川先生に薬を塗られているよ。『やだ、先生くすぐったーい』なんて言ってさ。真島の前じゃそうじゃないと思うけれど、もう女子なんて俺の前では『なにあんた』みたいな感じでツンツンしていても、女子ばっかりの保健室ではすっげーリラックスしてべたべたしてるんだよ、きっと。『痛いのここ? それともここ?』『もう、そこじゃないわ、ここよ』ちらっ『わあ、痛そう』『嘉川さん、がんばったね。ぎゅーってしたい!』『先生、あったかーい』……なんて、立川先生はそういうことしそうだよな~……ちょっと見に行かないか?」

「なに一人芝居をやっているんだ。お前はオヤジか!」


 思いつめた真島の緊張をほぐそうとしたが、かえって怒らせてしまったようだ。

 ちょっと前まで「胸がつやつやしている」とか、おいしい新米をいただくようなことを言っていたくせに。きっかけは何でもいいから元気にここを出られたらいいと思って言ったのに……本当にそう思っていたのに。


「それに……吉留も出られないよ。たぶん、ドアは開かない」


 俺は入ってきた扉に戻って、押してみた。びくともしない。さっきは紙のように軽い扉だったのに、今は岩のように重たい。引いてみても開かない。


 どきな。モブ……


 突然、今まで聞いたことのない声が聞こえた。フェアリーズと響きが似ているが、上からではなく足元からした。


 声の聞こえた足元を見ながら後ずさると、石畳の床から黒い影が湧き上がった。

 その影は、だんだんと俺の腰くらいの身長の小さな人の姿を成した。輪郭は空間に滲んでいるように少しぼんやりしている。白髪に黒い肌、黒いビロードのような質感の服。シワの目立つ顔で老人のように見えるが、邪悪さを感じるほど強い眼力を宿し、俺のことをじろりと見た。


「あの変わったダンスができる女がかかればよかったのに。お前はゲームが得意なのか。ふん」


 黒小人の様な生き物は俺を払いのけるような仕草をしたので、俺はつい道を開けてしまった。

 黒小人は堂々と胸をはって、俺がどいたところから部屋の真ん中へ歩いていく。


「こいつはなんだ、フェアリーズ。お前達のおじいちゃんか誰かか?」


 当たらずしも遠からず……

 私たちとはまた別のM.M FCの構成要素が主になっています……

 オヤジ要素の集合体だね……

 あの時動いたのは恋愛感情だけじゃないからね……


 黒小人は俺と真島の真ん中で足を止めると、体に似合わない大声を張り上げた。


「紳士淑女諸君!」


 部屋が地震のように揺れた。俺は倒れないように踏ん張った。部屋の揺れはすぐ収まった。真島の様子は変わらず、小人も平然と言葉を続ける。


「我々の望み、サムライを生かす儀式が再び始まる。皆刮目して見守るがよい!」

「なんだよ、儀式っていったい。俺そんなの知らないぞ」


 俺の文句を聞いて小人は振り向き、ぎろりと目を剥いた。


「戦え」

「は?」

「戦うんだ。サムライの技は戦ってこそ生き、戦うことで生きたまま後の世に伝わるのだ」


「いやだ」玉座の上で真島は不快な表情を浮かべた。

「同級生とは戦えない。しかも吉留は剣士でもない」

「真島神刀流を後世に残したくはないのか? 父親との約束は果たさなくていいのか?」

「吉留は関係ないだろう。ここから出してやってくれ」


 小人は真島に向かって薄い唇で二ッと笑うと、ふるふると首を振った。

 俺はダッシュで部屋の真ん中へ走ると、小人を竹刀でたたいた。小人は煙のように歪んで消えた。


「お前は望んだではないか、この場所を。刀を使うならこの時この場所でと。あの小娘達にも不快感を持っていたじゃないか」


 小人は喋りながらすぐに俺の脇に現れた。それも叩くが、また消え、また近くに現れる。手応えはないうえ、平気な顔をしているので腹が立ってきた。この野郎! この、この! 俺は小人を追いかけて出る度に叩き回った。

 真島は頭を抱え込んでいた。


「……一瞬だけだ。嘉川は最近負けがこんでいたから、思いつめたんだ。俺は神刀流の武芸が好きだ。必ず後世に残す」


 小人は涼し気な様子で叩かれては消え、消えては現れるを繰り返しながら喋り続けた。


「好きなだけで残せるのか? 今の時代に。平和だというだけじゃない。武道だろうとスポーツだろうと、武骨なものは好まれぬ世の中だ。大衆の興味を引き、魅了しなければ武術や道場など先細る一方だよ。廃刀令や大戦は何とか生き延びたが、これから先はどうだ? 我らのような''推し''がいなければ、欧州のように途絶えるのがオチだぞ。お前が神刀流を残したいと望んでいるのなら、お前は我らから離れることはできない。我らとサムライのお前がつながることで、真島神刀流は成立しているのだ」


 真島はうずくまったまま動かない。


「戦って、俺が勝ったらどうなるんだ?」

 ハアハア息を切らしながら質問したが、小人は鼻をフンと鳴らすだけだった。


「じゃあ、俺が負けたら?」

「帰すだけだ。元の世界にな。お前は我々が楽しむためのモブに過ぎん。用が済んだらそれで終わりだ」


 小人はだんだん興奮し始め、ジタバタ足を踏みならした。そんな小人がいっぺんに三、四匹出るようになって、俺もやっと足が止まった。腹は収まらないが、追いかけていられない。

 何匹も現れた小人が一斉に叫んだ。


「我らが求めるものは、生半可な武術ではないんだ。本物だ! 本物! ホンモノのサムライの戦いだ! 戦え! 戦う意思のないサムライなど認めない。推す価値などない。戦いだ!」


 真島が体を引きずるように立ち上がった。足に重そうな鎖が付いていて、玉座と繋がっている。「剣奴」という言葉が頭をよぎった。しかも、玉座につながれた剣奴などいるだろうか。見世物の王だ。 あんまりだ。


「真島を離せ!」

「戦う時には離すわ、阿呆め。猛獣は闘技場に出る時のみ放たれるのだ」


 真島は力のない声で言った。


「吉留。防具はないから、痛いかもしれないけれど、手加減する。参ったと思えばすぐ出られると思う」

「ちょっと待て。俺はお前を連れ戻しにきたんだぞ」


 真島は悲しそうに静かに笑った。


「先に行っていて。俺はもう少し足掻いてみる」

「どんどん相手を送るぞ。戦うんだ!」

「学校に闘技場を作る気かよ!」


 M様がへんな空間に囚われちゃう……

 なんとかして……

 妹がこちら側にいることを忘れるな……


 フェアリーズも勝手なことを喚いている。


 黒小人は大きな目を皿のように広げて真島を凝視し、ニヤニヤして言った。

「ここで武術を磨き、理想のサムライとなれ。彼は我々をFCでいさせるために、我々の見たいものを提供する。我々はそれを楽しむ。勝っても負けてもドラマが生まれるだろう」


 もう一人の黒小人が俺のすぐ耳元に現れ、囁いた。

「飽きた時がサムライの終わる時。真島神刀流の終わる時だ……」


 真島が竹刀を中段に構え直した。目の奥が暗い。しかもその目がどんどん生気を失っていく。考えることをやめて、ただ黒小人の言う通りになるつもりか。


「真島、正気を失うな。自分を保て! こんな所でずっと戦い続ける気か」


 やだ、囚われていく。小人の言葉に……


「この場所を覚えていて自分のことは思い出せないのか? お前は本当はサムライなんて兵隊じゃないんだぞ。サムライもまあ、かっこいいけど。思い出せよ、お前は本当はマ◯△……」


 言葉が出ない。「魔王だぞ」と言うつもりだった。正直いって思い出して欲しくないけど、真島が真島でなくなるよりマシだ。それにあいつがサムライでなくなれば、黒小人のサムライへの執着がなくなってここから出られるかもしれない──でも、どんなに腹に力を入れて吐き出そうとしても、あの言葉が出ない。

「マ……マ……」


 その言葉、「しゅ」がかかってます……

 この空間では言えない……


 なんだって⁈

「さるお方の意向でな。我々は面白い方がいいのだが」

 玉座の上で寝転んでいる小人がつまらなそうに言う。


 俺は首をかきむしって叫んだ。

「ほら! 真島、お前はマ◯△だ。ゲームの最終ボスに、ラノベにもよく出てくるだろう。お前本物だぞ! マ◯△だ。ほら、ウルトラスペシャル超絶つえーラスボスの! マ◯△だ! マー! マー! つえーつえーマ◯△!」


 頑張って口を動かすが、どうしても出てこない。


「 マ……何なんだ……」

 竹刀を構えた真島が無表情で呟く。


「魔物の王! すげー強い魔物のマ……マ!」

「マ?」

「強いマ、強い……」


 顔が真っ赤になる。酸欠状態まで力んでも、だめだ。どうしても言えない。深呼吸に近いため息が出た。


「強い……強いマ『ましままさみち』だよ……」

「よしどめ……お前、俺を励まそうとして……」


 無表情だった真島が明らかに動揺した。目が潤む。竹刀を持った手から少し力が抜けた。


 今だ! 俺は真島へ全力で走った。

 真空刃!

 真島の竹刀を破壊。真島の目が丸くなる。

「何だ! か⁈」


 俺は真島の側頭部を狙って全力で竹刀をなぎ払う──当たって気絶してくれ!

 だが、真島は避けた。低い姿勢のまま横っ飛びで離れる。もう一度当てようと俺は追う。下がりながら真島は壁のタペストリーを引き寄せた。タペストリーが俺の視界を覆う。竹刀で払う。タペストリーが巧みに竹刀に絡みついた。そのまま振られたタペストリーに空中へ持っていかれる──俺は慌てて距離をとった。


 タペストリーを両手で振り上げた真島が、驚いた顔で俺を凝視した。

「見えなかった! 今、何を投げたんだ!」


 俺も驚いていた。真空刃への反応が予想以上に早かった。魔王の記憶がないなら、こんな技見たことないと思ったのに。それから気絶させてしまえば戦わずに何とかなるかと思ったのに。しかもサムライが布なんか使うなよ! 不覚だった。


 レグルスがいたら、俺は戦斧の柄で小突かれているだろう──教えただろう? 優れた戦士は全ての物を武器にする。全ての物の位置を図り、使われ方を瞬時に把握しろ──とか何とか言われて。


「吉留、お前、一体何者なんだ?」

 真島はまだ驚きの表情をしている。驚かされたのはこっちなのに。お前は、今のままで勇者になった俺より「優れた戦士」なんだ。なんだか切ない気持ちになってきた。


「うるせえ! 戦いの天才のくせに面倒かけやがって! もう俺の頭じゃ、お前をサムライじゃないようにするしか、出る方法を思いつかないんだ!」

「お前、泣いているのか?」

「ああ、情けなくてな! 俺なんか2トントラックにぶつかって、やっと記憶を取り戻してこんだけ動いているんだぞ! 俺が前世から勇者としてどんだけ戦ってきたと思っているんだ。お前なんかお前なんか、まだ中二のままじゃないか! それなのに、華麗によけやがって……」

「な、何を言っているんだ。よく分からないよ」

「しかも、やっぱりサムライじゃないようにするしか思いつかないから、今からお前をぶっ叩く! ちくしょう! 真島は助けたいのに……絶対不利だろ! わかっているんだ。だけど……くそ! 2トントラック百台分くらいの衝撃を与えてやる! 死ぬ気で思い出せ!」

「吉留、どうしたんだ一体」

「フェアリーズ、武器よこせ! 真島をここから出したいならな!」


 了解らじゃー!……


 すぐに上からひゅーと長い物が落ちてきた。俺は手を上げてそれを掴む。日本刀だった。ほぼ真っ直ぐの黒っぽい地味な刀だ。カチャリと抜くと、刃のついた真剣だった。

「どこからこんなモノ持ってきた⁈」


 社会科の資料室……

 昔昔、いつかの先生が……

 地元の郷土史家から借りたまま、置いていたみたいなの……


 俺のなけなしの作戦がダメになった。

「こんなものでぶっ叩いたら、いくら真島でも記憶を取り戻す前に死んでしまうだろうが! しかも真島も持っているし!」

 真島も上から落ちてきた同じ長いモノを掴んでいた。不思議そうな顔をしながら、慣れた手つきで刀を抜く。あっちも真剣だ。


 だって、M様ファンクラブだから……

 M様に不利なことできない……


「お前たち、やっぱり蝿だよ……」


 ええー⁈ なんでー?……


「吉留、お前本当に何者なんだ?」

 真島が念を押すようにもう一度尋ねた。なにもかもダメな気がしてきた。俺はやっぱりゼロなのか。でも、もうやるしかない。


「知りたいなら構えろよ。こうなったら、なんとしてでも百万トンの衝撃をお前に与えてやる」

 腰のベルトに刀を差し、抜いて中段に構える。

 真島も戸惑いながら同じように構えた。


 周りの小人が興奮してどよめいた。

「鎖を外せ! サムライを解き放つんだ!」


 玉座の小人が立ち上がって声を張り上げた。

「紳士淑女諸君! 戦闘の儀式の始まりだ!」

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