第10話 注目の的③

「''ジェイル''でいいんだよな?」


 俺はそれぞれの武器を構える三人──グール男は鞘に収めた刀の鍔に手をかけ、他の二人は中段に構えている──を見回しながら、隣りに現れた男に念を推した。


「ああ。お前は今は''勇也''だっけ」


 ジェイルは眉と口の端を軽く持ち上げながら言った。


「どうしてここに? 助けに来てくれたのか」

「なぜなら、こういうものだからだ」


 ジェイルは上着の内ポケットから黒いカードのようなものを取り出し、片手で上下にぱかっと広げて俺の顔にくっつくくらい近づけた。


 おかげで月や外からもれるの街灯の明かりでも文字がわかる。

 上部にはジェイルの写真や所属部署が書かれ、下部にはエンブレムのようなものが光っている。

 ドラマなんかでおなじみの警察の身分証のようだ。


 ジェイルは囲んでいる三人にも見えるように、身分証を突き出した。


「暗いから見えねぇなんてボケかまされないために説明すると、警察手帳ってやつです。見えますかー? お三方。警察ですよー」


 三人はきょとんとしている。

 俺もあまり顔には出さなかったつもりだが、内心はかなり戸惑っていた。


 窃盗、強盗、詐欺、殺人──なんでもござれの盗賊団の頭領がジェイルだった。

 俺たちに協力するようになったのも、魔物との戦争が長引いて、縄張りで盗れるものがなくなり、稼げなくなったからだ。


 そんなジェイルが警察とは……一番縁遠くてピンとこない。

 この手帳は偽造したニセモノじゃなかろうか。そっちのほうが納得できる。

 だから、暗がりで見せるのだ。


「さらに、こんな物も持っている」


 ジェイルは上着に手帳をしまうと、代わりに拳銃を取り出して構えた。


 これまたドラマなんかで見かける小型のリボルバー式のものだが、よく見ると撃鉄がなく、その部分の銃身は丸まった背中のような曲線を描いてグリップ部分につながっている。

 なんだかおもちゃのような気がする。


 本物なのかと聞きたかったが、この拳銃を出すと三人とも表情が変わり、びくっと明らかに動揺したので、黙っていることにした。


 宮本武蔵が構えた木刀をカタカタ揺らしながら呟いた。


「なんで''見届け人''が、''種子島''を持ってるんだ」


 それを聞いたジェイルも呟いた。


「ふむ、なかなかの重症度だ」


 俺もジェイルに言った。


「一体どうなっているんだ。警察なら、さっさと逮捕してくれよ」

「こいつも一緒にか?」


 ジェイルは顎で安永を指した。


「それは……だめだ」


 安永は巻き込みたくない。

 今の安永は明らかにおかしい。

 きっと魔物のせいなのだ。


「以前会ったお前もこんな感じだった。今こいつらを捕まえてもまともな返事はしない。精神鑑定しないといけない奴が増えるだけだ。きっとあの時のヴァンパイアサイレンが影響している。近くにいるはずだ」


 コウモリに襲われる幻を見せられた時を思い出した。

 いつから幻の世界に入り込んだのか、現実との境が全く分からなかった。

 安永や武蔵野郎も幻の世界に浸らされているのだろう。


「グール男はどうなんだろう」

「グール男?」

「こっちの日本刀のほう。ライブルで見た」


 ジェイルはじっとグール男を睨んだ。俺もグール男の顔を覗き込む。


 グール男は体を低くして半身に構えて刀に手をかけたまま、上目遣いで俺たちの隙を伺っている。

 目の焦点は、追いかけている幻ではなく、現実の俺たちを捉えているようだ。


 俺は改めて身構えたが、ジェイルはニヤリとして拳銃を構えていた腕の緊張を緩め、銃口は斜め上を向いた。


「捕まえがいはありそうだが、俺は大元も捉えたい。アーティー、今まで通り、こいつらをここで引きつけておいてくれ。俺は、こいつらを近くで操っているヴァンパイアサイレンをあぶり出してくる」


 俺は耳を疑った。ちょっと怪しい奴とはいえ、せっかく助けがきて安心できたのに。


「今まで通りって……それはつまり」

「こいつらの狙いはお前だ。友達を逮捕されたくなかったらがんばれよ。多少の傷は治してやる」


 ジェイルは拳銃を完全に懐にしまうと、目の前の鉄板の塀へ歩き出した。

 目の前の三人の間を抜けて行こうとする。


 あまりの無謀さに、俺はジェイルの肩をつかんで止めようとした──が、それよりも早くグール男が動いた。


 すり足で素早くジェイルの正面に立つ。


 同時にジェイルの両手も動いた。

 歩みは止めない。


 常に鍔に左手をかけていたグール男が右手で柄を握り、刀からカチャリと音がした。


 グール男とジェイルが交差する。

 二人の間にうっすらと血煙が上がった。


 グール男は刀を半分抜きかけて止まり、ジェイルは歩みを止めることなく鉄板の壁の前で振り向いた。

 彼の手にはいつの間にか折りたたみ式ナイフが握られている。


「そいつは俺よりノロい。この間の借りは返せよ」


 ジェイルはジャンプして片手で縁を掴んで壁を乗り越えていった。


 グール男はまだ動かない。いや、動けないのか──額から冷や汗が流れている。

 その腕には多数の切り傷が刻まれ、Tシャツの袖口まで切られていた。

 紙で手を切ったほどの軽い切り傷ばかりだったが、それでも、そんなグール男の様子に他の二人も固まったまま目を見張っていた。


 俺は俺で無意識に唇を噛みしめていた。

 ジェイルは本気で俺を囮に使うつもりだ。

 あいつが本気なら、グール男の指や腱を切って武器を持てなくするくらい簡単にできるからだ。


 現にグール男の傷は、指や手首、膝の裏に集中してついている。

 それをしなかったということは、しばらくここで暴れ回って気をひけということらしい。


 相変わらず、仲間かどうか怪しい奴だ。

 あいつに過度な期待は無用。

 あいつと対峙する時は、あいつの価値観同様、自己利益を優先させて動かなくてはならない。


 ジェイルがいなくなって、彼が作った緊張感が解かれようとしていた。

 三人が我に返って動く前に、先に動いてやる!


 俺は瞬時に安永のそばに移動し、彼のみぞおちに当て身をくらわした。

「うっ」と安永が呻き、体を二つ折りにしながら倒れた。


「すまん、安永」


 気絶した安永の手から金属バットをもぎ取り振り向くと、武蔵が木刀を振り上げ全身で飛びかかってきた。

 バットで受け止め、巻き込むように払う。


「おりゃおりゃおりゃおりゃあ!」


 武蔵が次々に打ちこんでくるのを払い落としていく。

 かなりのパワーだ。反撃はできない。

 成長しきっていないこの小さい体では、武蔵のいい体躯から出すパワーを真っ向から受け止められない。

 まともに受けたら吹っ飛ばされる。受け流すのが吉だ。


 グール男が壁に走った。

 慌てて真空刃を投げる。

 軽い威力のをめちゃくちゃに。

 逃しはしない。借りは返す。


 グール男も刀で受け止める。

 そしてこっちに向かってきた。

 今度はこっちが逃げる番だ。

 まじめに大人二人も相手にしていられない。適度に間をとって回りながら、壁を背にする。


 ジェイルを信じる。こいつらは逃がさない。


 武蔵が連続で打ち込んできた。なんとか受け流す。

 グール男は武蔵の攻撃の合間をぬって切り込んでくる。

 刃こぼれを気にしているのか、金属バットと切り結ぶことはしない。

 俺の振るうバットは避け、男の鋭く切り込んでくる刀を俺もよける。


 デスメサのハードモードを思い出した。

 なんとか反応できるのは、達成率5%というあの過酷なモードをクリアしたせいかもしれない。

 「早くかわってよ!」とかす舞のケリをかわしながら費やした時間は無駄じゃなかった。

 ありがとう、デスメサ!


 武蔵がまた打ち込んできた。

 体重を刀身に乗せてくる。ほとんど相撲の"ぶちかまし"だ。

 なんとか受け流せたが、体がよろめいた。金属バットもボコボコになってきた。


 よろめいたところにグール男が走ってきた。

 体勢がまだとれない。

 その隙を見きって俺をりにくる。

 前傾姿勢で風のように刀を抜き、抜きながら斬りあげる。

 ギイイーンと金属音が響く。

 風の勢いのまま、男は脇を駆け抜けていった。

 かろうじてバットが間に合っていた。

 入れ代わりでまた武蔵が迫る──流す体勢、間にあわねぇ!


 頭をかち割らんとする木刀を、渾身の力を込めたバットで受け止めた。

 二つの力の接点で、木刀は真っ二つに、バットはぐにゃりと曲がった。


 ささくれた木片を打ち捨て、武蔵の手が俺を捉えようとする。

 逃げようとしたが腕を掴まれた。

 後ろ手に羽交い締めにされる。

 真空刃も出せない。


 グール男が来る。

 すでに刀身は振り上げられて彼の頭上で煌めき、血走った狂気の笑顔を浮かべている。


「離せ、武蔵! お前ごと切られるぞ!」


 武蔵は骨が軋むほど力を入れた。

 来る! 歓喜に磨かれた刃が下される。

 またられるのか!


「うわあああー!」


 なんでもいい。

 湧き上がる肚の中の力をありったけぶつけた。

 それは、おそらく、俺を勇者と呼ばしめた力──。

 全ての魔族の毒となる聖なる力。


 脆弱な魔物なら、俺の気に当てられて死または消滅……ということはあった。

 俺が前世で鍛えこんだ全盛期の時には、気を発しながら歩けば、レベル差のありすぎる魔物は近づくことさえできなかった。

 前世は魔物でも、今は人だ。

 効くかどうかなんて考える余裕もなかった。


 しかし、グール男は刀を振り上げたまま止まった。

 何かに固められたかのように動かない。


 動こうとはしていた。

 体は痙攣している。笑顔は消えた。

 頭上の刀を振り下ろそうと歯を食いしばり、腕には青筋が浮き上がる。


 動かれたらだめだ。

 もう、刀の間合いに入っている。

 振り下ろされたら切られる──俺はさらにさらにぶつける気合を重ねて圧を強める。


 グール男が吠えた。

「うおおおー!」


 力んで歪みきった顔、筋肉の震えで大量の汗も飛んでくる。


「うわあああー!」


 俺も叫ぶ。刃は見ず、男を睨む。

 ライブルで見たその奥に潜む魔物に圧をかける。


 俺は思う。

 何故この世でも争わなければならないのか……。

 本当に切るべきなのは、俺の命でもお前の命でもない。

 転生する時にそぎ落とせなかった魔物の、俺たちの、争いの忌まわしきごうの記憶だろ。


 俺は願う。

 記憶よ、断滅せよ!

 断滅せよ!

 輪廻の糸よ、切れろ!


 グール男が白目をむいた。

 薄ら笑いを浮かべたかと思うと、釣っていた糸が切れたように前に倒れこんできた。

 振り上げたままの刀の切っ先が、俺の額に降りてくる。


 ひえええ……と変な声を出しながら、必死に体をひねった──軽くひねってかわせた。

 いつのまにか、武蔵も力が入っていない。

 グール男は土煙をあげて地面に倒れこんだ。


 気絶している……っぽい。

 武蔵の手を振りほどくと、武蔵もどっと倒れた。

 こいつも俺の気に当てられてたらしい。


 慌ててグール男の刀を取りあげて、距離をとった。

 二人ともピクリとも動かない。


「なんとか、なったのか……?」


 誰にでもなく問う声が口から出てきた。

 安永も当て身で倒れたままで、俺の荒い息遣いだけが月光の工事現場に響いている。


 安堵のため息も出てきた。

 刀でそっとグール男を裏返してみると、白目のままで意識はないが、息はある。不気味だが。武蔵もそうだ。


 安心すると同時に、ふつふつと怒りがわいてきた。

 無意識に刀をグール男の上で振り上げた。


『殺すなよ。殺人になる。借りは返せよ』

 ジェイルの声を思い出した。


 刀は下ろしたが、気持ちは収まらない。

 猛然とダッシュして壁に向かいかけて、鉄骨の上に行ける足場の階段を見つけると、そっちに走った。

 高いところの方が、ジェイルを探しやすいだろう。


 ジェイルを見つけてやる。

 俺をこんなところに置いて、囮に使いやがって。

 もう少しで、もう一度死ぬところだった。

 借りを返すどころか、返しすぎて、お釣りが出る。

 お釣り分は怒りをまぶしてあいつにぶつけてやる!


 足場の階段が見つからない時は鉄骨をよじ登った。

 何階建てのマンションを建てるのかわからないが、星の光る夜空に向かってこの辺りで一番伸びている。

 俺は気持ちのままにひたすら上り続けた。

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