第7話 バニーガールな先輩?

前書き


鞄のなかにあれも入れた。




よし。




やるぞ!


本文



先輩が着替えるのを待って、入れ替わりで着替え終え、先輩を呼んで位置に着く。


と言っても、机をどかし椅子を片付け床のタイルをきれいに剥ぎ取って、穴を露にさせて仁王立ちのジャージが二人、その穴に向かって睨みをきかせているだけ。


何やってんだろうな、俺……。


時折我に変えるのは許されない、何故ならほんと、何やってるかわかんないから。


「じゃあ兎にも角にもいきましょうか」


「う、うん」


 昨日も潜っていたのだからそんなに緊張しなくてもいいだろうに、先輩の面持ちはかなり険しく、なんかこう、


「トイレ行きたいなら、待ってますよ?」


「違う!!!」


 珍しく優しさを発揮した俺の一言はどうやら全くの的外れだったようで、鬼面を想起させる先輩の表情はさっきの険しさとはまた別種に恐ろしい。


 それにしても、部室の真下に空間があるってので既に意味不明なのに、そこを秘密基地にするって言っちゃう女子高生ってどうなのよ。


なんかこう、もっとサラリーマンのおじさんが喜んだり、逆にOLのお姉さま方が思い起こすような、そういう花のある何かをしたりはしないのだろうか。まあしないんだろうね、この先輩に関しては、どうも常識というか平均的な観点は通用しないようだし。


「じゃあ、私から行くね」


「あ、はい。お願いします」


 こういう時は当然男から行くべきなんだろうが、なんせここを掘ったのはこの美人なわけで、俺が行くよりよっぽど安全に下まで辿り着いてくれるだろうことは確実なので、甘んじて紳士失格のレッテルは受け入れようではないか。


「そろそろ太一君もいいよ~…」


 少々の時間の後、お呼びがかかる。


うっすらとこだまする先輩の声は、なんというか、


「深すぎやしねえか…?」


 ということを思い起こさせて…。


「あの!」


「 なあにー!」


「何メートルくらいあるんですか!!?」


 聞くべきだろう、怖いから。


「 五メートルくらい!!」


 …まーじかぁ……。


いやいや、五メートルって結構深くね? かなり距離あるよね? てか会話がこだましてる時点で相当なのはわかってたんだけど…。


「せんぱーい! やっぱいかなきゃダメですかあ?」


「 ふざけんなー!! ここに来てチキルなあ!!」


 だよなぁ…。


「はあ…、仕方ない、いくかぁ…」


 若干長さの足りない梯子を使い、慎重に降りる。


「ちょっと先輩!! 揺らすのやめてください!!!」


「 はーやーくー」


 頭おかしいのか!?


「やめて!! 超怖いから!!」


「 あはは~ ごめんごめん~」


 命がけの降下を終え振り返ると、そこには部室と同じくらいの広さを誇る空間が広がっていた。


「わ、予想外に広い…」


 思わず漏れた声は、頭の上の空洞に吸い込まれこだましていく。


「ようこそ! 私たちの秘密基地へ!!」


 空間中に響き渡る先輩の大声は、鼓膜に直接響くように耳に届き、


「うるせ!!!!!」


 本気の怒声を上げそうになったが、怒気を孕ませた一言で何とか耐え抜き耳を抑えた。


静かになった空間には、まさかというかまたかというか、先輩の姿がない。


「あの、先輩? どこですか?」


 問いかけるも返事はなく、只一重に、なんか不自然に揺れる箱が鎮座している。


「これを…開けるの…? …俺が?」


 箱の側面には但し書きがされており、《この箱開けるべからず》と書かれている。


「まあ、開けちゃ駄目みたいだし、先輩は見当たらないし、眠いし、……帰るか」


「帰るな!!」


「っ!!? 勝った!!! けど…痛ってぇ!!!!」


 梯子に向かおうとしていた俺の背中にドロップキックが飛んできた。


「しまった!!」


「…ちょろい」


 痛みで倒れこんだ俺にもう一発、今度はトーキックが炸裂し「こぉっ…!」という変な音が俺の口から出たのを最後に矛を収めてくれた先輩は、


「まあ今回は引き分けってとこね」と、負けを頑なに認めない。


 息を整えつつ起き上がり、ジャージについた砂を払い落とすと先輩の方を見て確信する。


「先輩、病気なら、良い精神科の先生をご紹介しましょうか…?」


「私の頭がおかしいからこんな格好をしていると思ってのなら、頭がおかしいのはお前だ!!」


「ええ認めましょう。俺の頭はおかしいです。でもあんたの頭は俺以上にクレイジーだって言ってんだよ!!」


 だってこの人、地下でバニーガールの格好してんだぜ?


 自分の目か相手の心を疑うのが道理だろ…。


「んんっ、とにかく、太一君はこの格好の私を見ても倒れないんだね」


「えっ、あ、確かに…」


 場を整えるための咳払いの後に発せられた言葉に驚いた。


先輩はどうやら自分の魅了体質を研究しているらしく、素肌を極端に隠す格好をして過ごしているのはその研究の結果、露出の多い時の方が若干、魅了体質がパワーをますからだそう。


 その点翻って今のこの状況、体の線を強調し、たわわに実ったバスト。すらっと流れるウェスト。引き締まった、それでいて小さすぎないヒップ。脚線美を際立たせる網タイツは最早暴力的ですらある、にもかかわらず、ほっそりと、なおかつすらりとした腕などはよもや隠れてすらいないというのに、そんな驚異の格好、いや、もっと他にもなんかあっただろうというのは抜きにしても、この格好の先輩を見て、俺が魅了され、倒れるようなことはなかった。


「…なんで?」


 さっきから、ずっと疑問に思っていたことだった。


学校中の生徒が倒れるのに、俺は平然と隣あっていた。


何故、そんなことが可能だった? 何故だ?


「やっぱり君、私に殴られてから、私の事、見てるようで見てないでしょ」


「何、を? なにを言ってるんですか、抽象的過ぎて、理解できないんですが?」


 戸惑いを隠せず、狼狽える俺に先輩は懇切丁寧に教えてくれる。それを俺がしっかりと理解できているかは別の話として。


「昨日君は私にあった時、もう他の子達と同じようになってたの」


「そ、そん、あっ…!」


「うん。そのとき私に殴られた後、君はすぐに私と会話してる。でも他の子はそんなことできなかった。君だけが、私とまともに話ができた。なんでって、私が一番知りたかった。もしかしたら君が私の王子様なのかもって」


「いや王子様はちょっとさむいっすね」


「うるせえ…」


 冗談のつもりだったがどうやら地雷だったらしい。


「それで、今日ここで試してみて分かったのは…」


「わかったのは?」


 少し体が前のめりになるのを感じる。自分の知りたいことの答え、それを持つ人は目の前だ。


「…やっぱ、言わない」


「はあ?! ちょっ、それはないですよ! それ俺もすごい気になってるんですよ!」


 そう詰め寄る俺に先輩は小さく舌を出し、


「今は内緒」


 そう言うとウィンクして、この話はおしまいとばかりに手を叩く。


「ここでおあづけは、まじかあ…」


 めっちゃ気になるぅぅ………。


 でもまあ、今はって言ってたし、この部にいれば、いつかは教えてくれるのだろう。


というわけで、鷲崎先輩のお願いへの答えも出たな。


「さっ、出よっか、上」


「まさかその恰好で行かないですよね」


 バニー姿をもし教員に見られ、しかも俺がその場に居合わせたら、考えるだけで恐ろしい。


「ここで着替えてくから先上がってて?」


「了解です」


 絶対上で着替える気だったな。




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