第7話 ステイブルロック・セメタリー

 「では牛肉のだし汁に塩を混ぜたものと、新鮮なフルーツの果汁を交互に飲ませてちょうだい。

体は清潔に保つようにしげあげて。」


ドルイドが戻ってくるとメアリはアリスにそう告げているところだった。

メアリはドルイドに気づき、口元に手を当てる。


「少しでも良くなってもらおうと思って…。」


メアリはドルイドの機嫌を伺うように言葉を足す。


「その通りに。」


ドルイドがアリスにそう言うと、メアリは安心したように肩をなで下ろす。

アリスは指示通りに動こうとしたが、ドルイドはアリスに別のお願いがあってこの部屋に戻って来たのだ。


「アリスさん、グリント氏のお墓に行きたいの。

案内してくれるかしら。

奥様には許可を頂いているわ。」


アリスは背筋を伸ばして答えた。


「もちろんですわ。ご案内いたします。」


そう言うとお仕着せを脱ぎにアリスは部屋を出て行った。


「姉さんはここに残ってちょうだい。」


メアリは驚いてドルイドを見返す。


「私も行くわ。」

「姉さん、に行くのよ。」


メアリは目を見開いたが、すぐに優しい顔になる。


「ああ、ドリー。

覚えてくれていたのね。

でも大丈夫よ。私これでも成長したの。

少しは訓練したのよ。

だからもう大丈夫。」


そう言うとメアリはこれ以上何も言われないようにと思ったのか

立ち上がって玄関に向かうため部屋を出て行った。

ドルイドはしばらくメアリが消えた扉を見ていたが、思い出したように眠るマイラの傍に近づき彼女の顔を見て呟いた。


「住む世界が違うということは、とても辛い事ね。」





フィリップのお墓は馬車で30分のところにあるという。

3人は馬車に揺られながらそれぞれが無口だった。

ドルイドは部屋でのアリスと夫人の言葉を交互に思い出していた。


「ひと月ほどは本当にひどい荒れようでしたわ…。

しばらくは旦那様も奥様も部屋に近づけない程でした。

私が言うのも失礼とは存じますが、本当にその姿は哀れでございました。

あの方の後を追ってしまわれるのではないかと心配で奥様も私もずっと目を離せませんでしたわ。おそらく半年はそんな状態が続きました。」


「娘は半狂乱になったわ。

私たちは娘を部屋から一歩も出さないことにしたの。

これは親の打算だけれども、もしここで娘がおかしくなったと噂がたてば

あの子の人生が台無しになってしまう。

だから落ち着くまで彼女を部屋に留まらせておくことにしたの。

半年してやっと、会話ができるようになったのよ。

外出はさせなかったけれど、食事も普通に摂るようになったわ。」


ドルイドは馬車の中で物思いにふけるように窓を眺めるアリスに目を向けた。


「アリスさん、マイラ嬢が回復してから彼女の様子はどうでしたか?

何か変わったところはありませんでしたか?」


ドルイドの質問にアリスは瞳を揺らした。そしてためらいがちに口を開いた。


「…この話こそ奥様は存じ上げないと思うのですが。

実は今でも秘密にしていることがありまして…。」


メアリもこちらに視線を寄せる。

ドルイドが先を促すと、アリスは頷いて話し出した。


「あの時のことは私も驚いてしまって鮮明に覚えているのですが、実はお嬢様が食事を摂るようになったのは、グリント氏のためだと仰っておられました。」

「それはマイラ嬢の言葉ですか?」

「はい。私は最初は自分が体を壊せば亡くなられたグリント氏に申し訳が立たないという意味だと思いまして、私もしばらくはお嬢様の言葉に同調していたのですが

それが続くにつれ私も奇妙に思いまして。

というのも、まるで先ほどグリント氏に注意されたように仰るものですから。

しかもお嬢様は嬉しそうにしていますので、私はついにお嬢様は心を病まれたのだと思いました。

ですが、このことが旦那様や奥様に知られますと再び…。」

「マイラ嬢を閉じ込めることになると思ったのね…?」


はっとするようにアリスは顔を上げた。


「奥様が仰っておられたわ。

娘を軟禁状態にしていたのだと。」


アリスは目に涙を貯めてこくりと頷く。


「本当に哀れでした…。

あんなにとされていたお嬢様があのようなお姿に…。

そして部屋からも出してもらえず。

だから私はお嬢様に申し上げましたわ。

グリント氏との会話のことは旦那様方には内緒にしなければなりませんよ、と。

もし知られたら婚約前の時の二の舞ですと。

それを聞くとお嬢様は青ざめて絶対に言わないと誓って下さりました。」

「ドリー…」


メアリが何か言いたげにこちらを見るがドルイドは気にせず質問する。


「マイラ嬢はお墓を訪れたことはあるかしら。」

「はい、実はお葬式の時以来一度も足を運んだことがなかったのですが、今からひと月前にやっと訪れになりましたわ。

喪も明けましたしウィリアム卿との婚約も決まり、やっとグリント氏の死を受け入れる覚悟ができたのだと旦那様も奥様も安心したようでした。

ですがやはりお墓を訪れた際は相当動揺されてお祈りさえできず…その場を立ち去ることになりましたが…。」


アリスの話によるとフィリップがこちらに現れだしたのは2年以上前のことになる。

つまり墓参りはフィリップが現れるきっかけではないのだ。

それにしても通常の人間が2年以上も霊と関わりつづけていたとは健全ではない。

今起こっている事態を思うとアリスはこの状態を放任していたことに責任を感じているだろう。

ドルイドは急に疲れを感じ、小さく溜息をついた。

あの屋敷はどこかゆがんでいる。

それがドルイドをひどく疲れさせるのだ。

ドルイドの専門は人の世には無い。

だがこの問題は、まさに人がつくりだすゆがみがもたらしたものだ。

渦中かちゅうの霊に会うことこそドルイドには容易たやすいように思えた。





ステイブルロック霊園セメタリーは数年前に造られたものだが、その様相は庭園のようで、共同墓地でありながら散歩道もしつらえられていた。


「アリスさんはここに残って下さい。」


アリスは素直に頷く。


「私は行かせて頂くわ。」


尋ねてもいないのにメアリは勢い込んでそう言うと、自ら馬車を降りた。


「少し時間がかかるかもしれませんが、心配しないで下さいね。」


アリスにそう言い添えると今度は御者に向き直る。


「もし遅いようなら彼女を屋敷に返してから戻ってきてもらえるかしら。」


御者はにこやかに答えた。


「お安い御用です。お嬢様。」


ドルイドは驚きで目を見張る。

朝には気づかなかったが、その面影に目を細めた。


「あなた…ジェームズの…?」

「はい。ジェームズ・ウィジャーの息子のトニーです。

親子2代で雇って頂いています。」


ドルイドはメアリを探した。

だがメアリは既に霊園に入ってしまっている。

ドルイドは肩で溜息をついて言った。


「ではトニー、後は頼むわね。」

「はい、お気をつけて。」


トニーは人好きのする笑みを浮かべて答えた。





フィリップの墓はすぐに見つかった、と言いたいところだが実は少々時間がかかった。

ハロウィンが近いこともあってか霊がざわついていて集中して彼を探すことができなかったからだ。

だが一般人に案内を頼むと、その後いろいろとやりづらいので自分たちで探すしかなかった。

やっとたどり着いた頃には2人とも少々疲れていた。

もちろんドルイドはそんなことはおくびにも出さなかったが、だがメアリは目に見えて疲弊していた。


「屋敷に居ればよかったのよ。」


ドルイドの言葉にメアリは荒い呼吸を整えながら力無げに笑う。


「心配かけてごめんさないね。」


心配して言ったわけではなかったが、それ以上声をかけなかった。

今から集中して向き合わなければならないことが目の前にあるのだから。

メアリが傍のベンチに腰掛けるのを見届けると、ドルイドは墓の前に立った。

フィリップの墓は労働者階級のそれとは比べ物にならない程立派なものだった。

おそらくモーリス氏が資金援助したのだろう。

大きな石板には聖書の詩編

“主よ、あなたは代々(よよ)にわたしたちの宿るところ。”とある。

ドルイドは深呼吸して彼に問いかけた。


「フィリップ・グリント。

血肉を失った者よ。

私の魂の声を聞きなさい。」

「大丈夫だよ。

ちゃんと耳はある。」


ドルイドははじかれるように振り返った。

ベンチに座るメアリがにやりと笑ってこちらを見ている。


「はじめまして。魔女さん。

僕に会いに来てくれたんだね。」

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