第十章 七日目・誕生に愛を(三)

 正宗は電子情報生命体が完成した日から猛然と仕事をし、販売プランを練った。今の正宗の心には、白色矮星のように熱いファイトが漲っていた。

 七穂がやってくる惑星開発の最終日となった。その日は七穂の到着を三人で待っていた。


 神様衣装に身を包み、金の冠をし、髪を肩まで延ばした土地神様。

 完全に復活し、おろし立ての背広にビシッと赤いネクタイを締め、顔の縞もスッキリとさせたグッドマン。

 黒光りする毛にキチッと捻り鉢巻をして、洗濯し立ての白シャツに股引を穿き、腹巻の皺を伸ばした正宗。


 電子情報生命体の完成が三人の心を一つにしていた。

 七穂が乗ってくる灰色のエレベーターが地表から姿を現したのは、予定時刻の十分前だった。

 エレベーターの扉が開くと、赤と黒のチエックのズボンと上着た七穂が姿を現した。


 七穂は正宗たちを見てニコリと微笑、機嫌よく声を出す。

「あれー、今日は三人が揃っているんだー」

 正宗は意気揚々と報告した。

「七穂さん。今日は先日の電子情報生命体が完成しました。素晴らしいできです」


 七穂は懐疑的な表情で疑問を発した。

「それってテストはしてみたの? まさか、急いで作ったから一回しかテストしなかった、なんてこと、ないでしょうね?」

 グッドマンが自信たっぷりに答えた。

「大丈夫です。我々だけでなく。正宗さんや土地神さんにも手伝ってもらってテストをしました。では、さっそく、出来栄えの確認を」


 グッドマンが張り切って七穂をさっそくサーバー室に案内しようとした。だが、七穂は首を振った。

「うんうん、それは後でいいわ」

 正宗は七穂の言葉にゾッとした。この展開に、横のグッドマンの顔を見ると、グッドマンも凍りついたように正宗を見ていた。おそらく同じような心境だったのだろう。


 正宗は努めて笑顔で訊く。

「と言われますと?」

「三人でテストしたのなら、大丈夫よ。だから、最後でいいの。それより、今日が惑星開発最終日でしょ。だから、最終点検をしときたいの」


 確かに惑星開発の最終工程で点検は行う。だが、それは正宗たちの仕事であり、創造者がやる作業ではない。

「あの、七穂さん。重要項目のチエックは、こちらで済ませております。それに、最終点検は我々が二百四十時間かけて、この後するので、七穂さんがする作業ではないと思われますが」


「そう、なら、点検じゃなくていいから、この星を案内して。ついでだから、宣伝用の写真とかも撮りましょう。カメラがあるなら、貸して」

 七穂の意図は何かわからないが、無茶は言っていない。正宗は腹巻から現場撮影用のデジカメを取り出し、七穂に渡した。


 正宗はドキドキしてきた。惑星を歩いて写真を撮る程度のことなら、問題ない。だが、もしここで大きな変更があれば、絶対に間に合わなくなる。

 七穂はさっそく、カメラを手に嬉々として写真を取り出した。七穂は宣伝材料と言っていたわりには、正宗や土地神様がファインダーに入るのを気にせず、写真を撮っていった。


 正宗はまず星球儀を取り出し、売り込み用に作成した宣伝文句のキャッチ・コピーを思い出しながら、営業用のガイド口調で話し始めた。

「ええ、それでは、ようこそエビソリ座のG67惑星においでくださいました。この惑星は最寄りの恒星からも近く、地表の温度は日中の平均四度となっております。また、この辺りの惑星と比較すると、温暖な気候になっております。まず、地面をご覧ください。黒い地表の大部分は鉄であり、これらが硬く頑丈な地層を構成しています」


 七穂が小さな手を上げた。

「ねえ、G67って可愛くないわね。名前を変えられないの? それに、平均四度という割には、寒くないわよー」


 正宗は苦笑いし、いつもの口調に戻った。

「星の名前は慣例として、購入した人に命名権があるので、その辺は、何とも。それと、創造者の七穂さんは精神だけの状態なので、夢の中と同様です。我々と違い、気温は関係ありません。ちなみに、私が着ているこの惑星開発用スーツには生命環境維持機能があるので、私も寒くありませんが」


「へー、そうなんだー。単なるシャツに股引じゃないんだー。じゃ、続けて」

 再び正宗はガイド調で話し出した。

「地表には何も見えませんが、この星の価値は固い地層の下に存在します。きっと、そちらをご覧いただければ、一目瞭然おわかりになると思います」


 正宗は大空に両手を広げ、ポーズを作った。

「さて、地下に行く前に、澄み切った青空をご覧ください。この星自体、地表には水分が少ないため、ほとんど雲はありません。では、あの点は何でしょうか? あの点にしか見えない物体が実は、この惑星の推進装置になっております」


 七穂は嬉しいのか、テンション高く目を輝かせた。

「そうだ、推進装置を近くで見たいなー。ねえ、見に行こう!」

 七穂はすぐに、自分がやってきたエレベーターに乗り込んだ。

 正宗は七穂の乗ってくるエレベーターには嫌な思い出しかない。が、創造者としての七穂が使うエレベーターだと瞬時に上空まで昇れるので、これで行くのが一番早い。


 正宗が躊躇っていると、グッドマンと土地神がさっさと乗り込んだので、仕方なく乗り込んだ。

 扉が閉じて、またすぐに開くと、先ほどとは別の景色が広がっていた。七穂たちのいる場所は地表より遙か上空で、辺りは少し薄暗かった。

 薄暗い空間に、強大な金属光沢を放つ赤い、ちょっとした島ほどの大きさのある球体が浮かんでいた。『ガリバー旅行記』の飛島みたいに。


 正宗は灰色の翼を広げ、エレベーターから出て空中に浮かんだ。

「では、この強大な赤い球体をご覧ください。これは惑星を移動させられる装置で、上空四万メートル地点に等間隔で四個設置されており、惑星の軌道上を回っています。球体の機能により、小惑星の衝突回避から、軌道の変更まで可能です」


 七穂が写真を撮っている手を停め、挙手した。

「どれくらいの速度で、いつまで飛び続けられるの?」

「惑星自体を、およそ光の速度の十分の一まで加速可能です。耐用年数は、メンテナンスをすれば一万年くらいは保ちます。それも、惑星に配備されているロボットで充分メンテナンス可能です」


 七穂は嬉しそうに確認する。

「つまり、他の星との文明的な接触が可能なんだよねー」

 あくまでも惑星を動かす気でいる七穂の言動には、いい気がしない。まあ、あとは、この星の住民に任せるしかないのだが。


 正宗は自分の気持ちを含ませつつ、言葉を濁し七穂に答えた。

「ええ、まあ、はい。この星から百光年の範囲に四つほど生物が生息できる星がありますので、そのような事態も有り得るか、と」

 できれば、やめてもらいたい。この星から百光年の範囲にあるのは、正宗の会社の担当地域である。それらの星々には、これから開発が入るのだ。


 他の星との文明的な接触が星にとってプラスになるとは限らない。また、トラブルが起きれば、当然トラブルが起きた惑星開発担当者が正宗にクレームを入れてくる。自分だって、同じことをされたら激しく抗議する。

 正直な気持ち、正宗は巻き込まれたくなかった。いや、もしかすると文明の接触が起こる星を開発するのは、正宗かも知れない。


 取り敢えず正宗は将来の不安は先送りにし、説明を続けた。

「では、次に、地下都市のほうへ」

 正宗がエレベーターに乗り込むと、扉が閉まり、またすぐに開いた。エレベーターは七穂が最初に出現した地点に戻ってきた。


 正宗たちは少し歩いて、地下都市と行き来するのに使っている、ガラス張りのカプセル型エレベーターの前に移動した。

 一同がガラス張りのカプセル形エレベーターに乗り換えると、エレベーターが地層を突き抜け、下がっていった。


 エレベーターが地層を抜けると、白い永久灯が多数設置されている天井が見えた。下の空間には銀色の松茸状の建物が所々にあり、建物の間を道路が走り、点のように見える無数のロボットが動いていた。


 地下都市には他にも、大きな黒い柱が規則正しく立っており、地下の空間を支えていた。柱の並んでいる先には、海底からカラフルな光を放っていた。光は隣にある赤と青の二つのドーム型の建物である発電所と工場を照らしていた。

 七穂はさっそく、何やら念じて、デジカメ用の望遠レンズを当たり前のように無から作り出した。デジカメに装着し、写真を撮っていく。


 悪霊を土地神に変えた力といい、もうすっかり七穂は創造者としての力を理解し、使いこなしていた。

 正宗はそんな力を使いこなせるようになった七穂を見るたびに、今までの七穂とのやりとりが頭を過ぎった。


 正宗は今日で別れるのかと思うと、少し寂しさを感じた。だが、感傷めいた感情を押しやって、営業用の口上を続けた。

「あの海をご覧ください。海底から光を発しているのが、この星で最大の海であり、近郊にあるのが、発電所とロボットの生産工場です」


 発電所と工場を望遠レンズで撮影している七穂がファインダーを覗きながら、

「そういえば、発電所と工場の耐用年数はあるの?」

「あれらも、メンテナンスすれば一万年は使えます。さて、エレベーターの窓の外をご覧ください。この星の上空を飛んでいる小さな銀色の物体。あれがこの星で生産されたロボットです。彼らロボットが、この星の住人を支える手足で、その数は二十万台、種類は亜種を含めると、三十二種類あります」


 七穂が地下都市に点在する建物を指差し、不思議そうに疑問を投げかけてきた。

「ねえ、昨日まではなかった、あの松茸みたいな格好の建物は何?」

「あれは工場の機能をロボットの組み立てメンテナンスに集中させるために作った部品工場や、予備の電源設備です。茸の傘が天井からの不意の落下物から下の建物を守る働きをしています」

 七穂はカシャリと工場群を撮影し、感心したように口にする。

「ふーん、考えているんだねー」

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