第四章 四日目・ITと金融(三)

 配送の中止を口にしようとした時に、七穂が正宗の後ろで声を上げた。

「クロさん、あれ!」


 正宗が七穂の指差す方角を見ると、何かが尾を引く流れ星のように接近してきた。

 それが大きくなると、急速に減速し、正宗と七穂の頭上に来て、全貌を現した。

 それは天空に浮かぶ巨大な丸い隕石のような、赤い球体を四つ連ねたような物体だった。物体の先頭には、四つの球体を牽引するような大きな銀色のロケットが付いていた。


 銀色のロケット部から、真っ赤な〝空飛ぶスノーボード〟が降りてくる。そこに乗っているのは、赤い派手なボーダー衣装を身に纏った、二足歩行の細面のキツネだった。

 そう、こいつが蘭孤丸だ。

 正面の蘭孤丸と、耳に当てた携帯から、同じ声が聞こえてきた。

「おまたせしたッス。『来い来い屋』ッス。注文の品の《巨大質量ブースター》ッス。こいつは四つ一組で、星の軌道状に設置することで自分の質量の千六百倍までの質量を光の十パーセントの速度まで加速できるッス。計算だと、この星に取り付け可能ッス」


 蘭孤丸は胸ポケットから受取伝票とペンを取り出し、七穂に渡した。

「じゃあ、ここにサインするッス」

 七穂は蘭孤丸に言われるがままにサインしようとするので、正宗は大声を出した。

「待ったー」


 蘭孤丸は黒い目をキョトンとさせ、まじまじと見詰めた。

「どうしたッスか。正宗さん?」

 正宗は意識的に険しい顔を作った。

「まだ、購入するって決めてない!」


 蘭孤丸は目を丸くした。

「ええー! それはないッスよー」

「まずは品物のカタログとか、説明からだろ。それから導入を検討する」


 だが、七穂はそんな〝些細なこと〟は気にしない様子で、正宗を宥めた。

「あら、いいじゃない。せっかく持ってきてくれたんだから」

「ダメですよ、七穂さん。こんな古いの、チャンと動くかどうか、わかりませんよ」

「それなら、キチンと試しに慣らし運転したッス。問題ないッス」


 正宗は疑り深く、蘭孤丸を見た。

「保証はどうなんだ」

 蘭孤丸は幾分か声を落とし、明らかに正宗から視線を外した。

「もう、製造元の会社が潰れていて、存在しないので、だめなら、代金返品するッス」


 それでは困る。動いたはいいが、いや、星が動くのは本来よくないのだが。

 宇宙航行の途中で故障して恒星にでも突っ込んだら、こんな小さな星は燃え尽きる。その時ブースターの代金だけ返してもらっても困るのだ。


 正宗は七穂に詰め寄り、食い下がった。

「安全第一です。製造元のメーカーが既に存在しないのなら、危なくて使えません。それに、何か事故があっても、修理もできませんよ。止めましょう、七穂さん」

 蘭孤丸は、それでもしつこく、正宗に商品を薦めてきた。

「そんなー、安くするッス。定価の五分の一でいいッス」


 危険な値引きだ。八十パーセントOFFなんぞ、マトモでない証拠だ。スーパーの消費期限まで残り二時間の品だって、精々が半額割引なんだぞ。

 だが、七穂は腕組みして考えてから尋ねる。

「ねえ、これって、昔の奴なんでしょ。だったら、現在じゃ技術革新とかが進んで、もっといいやつないの?」


 蘭孤丸はボーダースーツの胸ポケットからメモを取り出し、見ながら答えた。

「似たような奴はありますけど、惑星用はないッス。巨大質量用の推進装置を作っているメーカーに問い合わせても、星に取り付けるのは本来の使い方じゃないので、嫌がられたッス。それに、新たに開発すると、コストはべらぼうに掛かるし、納期が間に合わないッス」


 正宗は蘭孤丸のメモを覗き、新製品開発費の金額に驚いた。何ちゅう開発費の額だ。中規模惑星の開発費用の半分は行くぞ。

 これは絶対に、新品は無理だな。後はコレを七穂に諦めさせるだけだ。

「七穂さん。新規開発は無理です。この製品だって、危ないです。七穂さんだって、せっかく作った星が爆発で消えてなくなるのは、いやでしょう?」


 七穂は腕組みして少しの間ちらっと考えてから、ペンを手にした。

「ここは、決断のときよ。リスクを恐れていては、何も始まらないわ」

「わあー、待ってください!」

 七穂は正宗の制止も聞かず、伝票にサインすると、蘭孤丸に渡した。蘭孤丸はニコニコ顔で伝票を受け取った。


「まいど、ありがとうッス。推進装置の設置は、こちらでやったほうが良いッスか」

「お願いするわ」

「わかったッス」

 蘭孤丸は伝票を受け取ると、赤いボーダースーツのポケットにしまい、再び真っ赤な空飛ぶスノーボードに乗って空に上っていった。


 正宗は空に昇っていくボードの裏側に付いた『来い来い屋』のロゴを見ながら、心の中で呟いた。

「あーあ。ついにやってしまった。まあ、こんなことになるような気はしていたんだけどね」


 上司様である七穂は、そんな正宗の気苦労にお構いない。

「さあ、クロさん。今日は何をすればいいの?」

 正宗は一つ、聞こえよがしに溜息をついた。

「じゃあ、今日はロボットでも作りますか」


 ロボット工場は既に設置されているので、いつでも稼動可能だった。

「それで、七穂さん、どんな感じのロボットを作りますか?」

 七穂は難しい顔をして腕組みしながら伝える。


「口で言うのは難しいわね」

 正宗は腹巻に手を突っ込むと、ピンクの棉アメ状の物体を取り出し、七穂に渡した。

「コレはイメージ造形ガスといって、コレを手にしてイメージを浮かべながら手で捏ねてくれれば、七穂さんのイメージ通りの色形になります」


 七穂はピンクの棉アメを手に取り、手の中で捏ねていった。やがて形ができてきた。

 できたのは卵形で銀色のメタリックのボディに四本の足と四本の手が付いた形状で、ピンクのモノアイが天辺に付いた形だった。


「可愛げも何もない。特に、モノアイだなんて、マニアックな」

 という言葉を、正宗は社会人的に言い変えた。

「なかなか古風な、いい趣味ですね」


 七穂はそんな正宗のお世辞に少し照れる。

「そうかな。やっぱり、二足歩行だと安定感がないでしょ。やっぱ、ロボは四足でモノアイが定番でしょ」

 そんな定番なんぞない。だが、七穂が満足しているので、余計な感想は言わないに越したことはない。後は粛々と進めるだけだ。


 マニアにはマニアにしかわからないツボが存在するのは確かだ。七穂の選択には七穂なりの美学やトレンドがあるのだろう。俺には全くないけど。好き嫌いや感性は七穂に任せよう。

「それで、大きさはどうします? やっぱり特大サイズですか?」


 七穂は歯を見せて、少し悪者っぽい笑みで指を立てて軽く振った。

「チッチッチ。デカ物など、単なるマト。コンパクトで高性能、これが美しいのだよ」


 あ、また、どこかで変な影響を受けている。まあ、いいさ。俺にとって〝変〟でも、七穂にとってはブラボーなのかもしれない。ここはロボ道を進む七穂に任せよう。

「そうですか。じゃあ、七穂さんが両手で持てるサイズでいいですね」

 まあ、確かに惑星自体がそれほど大きくないので、それぐらいがちょうど良いのかもしれない。


「ねえ、クロさん。もう一つ、このイメージ造形ガスを頂戴」

「はいはい」

 正宗は言われるがままに、腹巻からイメージ造形ガスを渡した。七穂はガスを三つに分けて、また捏ね始めた。

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