第一章 一日目・上司様がやってきた(二)

 創造者は社長人事で選ばれるので、正宗は部下という立場になる。そのため、創造者様の〝ご無体な要求〟でも、できるだけ聞かなければならない。

 惑星開発事業部の中には『創造者様に言いたいことは日陰で言え』という不文律すら存在する。


 七穂は辺りを見回し、何かを探すように視線をキョロキョロさせて歩いていた。だが、青空の下にある荒野以外には何もない。

 それもそのはず。今いる星には空に浮かぶ陽の光以外、茶色い地表の上には、正宗と七穂しかいないのだ。


 七穂は立ち止まると、大きな目で正宗を見つめた。

「あのー、正宗」

「はい?」


「正宗だと呼びにくいので、可愛いニックネームつけてあげます。うーん。クロさんて、どうでしょう?」

(いきなり、もう呼び捨てかよ。それに、ニックネームって言っても、正宗の一字すら入ってねえー。それに『クロさん』なんて、見たまんまだよ。センスなさすぎだよ)

 と突っ込みたかった。が、正宗は腹の内に言葉を飲み込んだ。


 代わりに正宗は、大人の笑顔で七穂に応えた。

「ええ、よろしいですよ。七穂さん。『クロさん』とは、私を一言で表す、実に見事な表現力です」

 正宗はささやかな抵抗を込めて、七穂を名で呼ぶことにした。


 七穂は呼び名が変わったことに気付いていない様子で、黒に近い焦げ茶色の大地をグルリと見回していた。

 どう見ても、荒野と地平線しかない。七穂はあまりにも何もなさすぎるのに感心したように感想を述べる。

「クロさん。綺麗に何もありませんねー」

「ええ、七穂さん。できたてのホヤホヤですから」


「前には何かあったんですか?」

 正宗は七穂から視線を逸らして別の方角を見た。もちろん、どこを見ても、辺りには何もない荒野だけである。

「ええ、まあ。以前は廃屋とかが、チラチラ」


 七穂は正宗をじっと見つめ、疑わしい目つきになった。

「もしかして、いわくつきの星だとか?」

 正宗は一瞬ドキリとしたが、瞬時にはぐらかした。

「まあ、昔のことはその辺にして、そろそろ作業に移りましょう。今日できることは今日の内にやっておかないと。工期が遅れると面倒ですから」


 七穂は鋭かった。今いる開発予定の星には、やはり、かつて他の誰かが造った知的生命体が住んでいた。

 以前の住民は資源を奪い合い、最終的には戦争をして滅びたのだ。また、戦争の当事者同士は、よほど相手が憎かったと見えて、破壊による滅びっぷりは見事としかいいようないほどで、地表には細菌すら残っていなかった。おかげで、正宗が造成業者に頼んで更地に戻す作業は、大幅に安く上がった。


 惑星開発業者である正宗にしてみれば、

「ここは野蛮な原住民が殺し合い、文明が滅びた星を更地にしたものですよ」

 とは、口が裂けても言えるわけがない。

 そんな争いと憎しみが渦巻いていた星である。不思議な現象の一つも起きれば、気味悪がって七穂が仕事を投げ出すかもしれない。


 また、別に隠したかった理由があった。七穂はこちらの世界で創造が仕事である。しかし、正宗の使命には、その後の星の売却ビジネスまでもが含まれている。


 隠したい情報は広がらないと思っても、注意しなければ噂となって一挙に広まる。

 そのため、一度は滅びた星である事実については、星を買うバイヤーには聞かれない限り、黙っておく。そして、売買時にルーペを使わないと読めない程度の小さな字で、そーっと何箇所かに、それとなくわかる表現で潜り込ませる手を使うのがベストなのである。


 七穂は正宗のはぐらかしに対し、それ以上は深く追及してこなかった。

 七穂はさほど気にした様子もなく、簡単に、

「ふーん。そういうものなんですか」

 正宗は「してやったり」と思った。


 けれども、七穂が突拍子もない言葉を発した。

「じゃあ、まず、発電所を作りましょう」


 この女は何を言うんだ。正宗にはそんな物を作って欲しくなかった。

 理由はコストである。創造者といえども、無から惑星を覆う海のような巨大な質量の物や、発電機一式のような頭で想像し難いものは、作るのが難しい。

 そのため、簡単に創造できない物が必要な時は、正宗が管理している予算から会社を通して購入するのだ。


 正宗はやんわりとダメ出しした。

「電気ですか。確かに文明の必需品ですが。それは、おいおい考えませんか」

 人類のような知的生命体がいるのなら、電力は文明を発展させて星の価値の上昇を見こめる投資になる。だが、文明が育たないと、全くの無駄になる。


 七穂は当然という顔つきで否定した。

「まずは電気でしょう」

 いきなりの発電所設置は、正宗の誘導しようとしているプランとは根本的に違った。しょせんは、いわくつきの星である。

 正宗の希望は海を作り、植物を育て、動物が繁殖する程度の低コストな星として売りに出す予定だった。


 売れれば、それでよし。売れなければ、ほとぼりの冷めたころに再度、手を入れてリニューアルし、売り出せばよい。

 どうせ動植物だけなら、一万年ぐらい放っておいても、星の形態も価値も変わらない。


(おいおい、あんたは社長が籤引きで選んできたような創造者様だろ。せいぜい地形を整備して、美しい森や海、それに、綺麗な花や可愛い動物を作ることに熱中してればいいんだよ)

 というのが正宗の正直な感想だったが、それは言えない。


 もし、本当に口にすれば、相手は上司なので、パワー・ハラスメントもどきとなって〝わが身〟に返ってくる。あるいは、暴走する最新兵器のように、正宗の言葉を一切てんで受けつけなくなり、黙々と働き続ける危険性が大だ。


 正宗は上目遣いで言い方を変え、心の内を伝えた。

「一般的な基本から行きませんか。整地して、植物を植えましょう。次に、動物と行きませんか。それで、進化が始まったら、文明を考えましょう」


 正宗は間違ってもハイリスク・ハイリターンな急速な文明発達なぞは望んではいない。なまじ高度な文明ができて売却の時点までに戦争が起これば、投資が百パーセント回収できなくなる恐れがある。


 ところが七穂は正宗の提案に渋い顔をした。

「クロさん。余所は余所、ウチはウチの独自スタイルで行きましょう。とにかく、ウチには発電機が必要なんですよ」

 クッ、やけに電気にこだわるな。だが、こちらもプロだ。心のツボを突いて軌道修正する。


 正宗は灰色の大きな翼を広げて、空に浮き上がった。

「七穂さん。まずですね。発電所を作るにしても、それを使う生物がいないといけませんよね。だったら、まず水から行きませんか。水は良いですよ。イルカなんか、可愛いじゃないですか」


 七穂は黄色いヘルメットを中指でコツコツと叩きながら、ちょっと関心を見せた。

「水かー。水は確かに必要ね」

 我が奇襲、成功せり。正宗は頭の中で、自軍の兵隊が敵陣への奇襲を成功させて色めき立つイメージを思い浮かべた。


 七穂は俯きながら、突拍子もないことを口にした。

「だって、半導体を作るのには、純水が必要でしょ。でも、純水を作り続けるには、やっぱり電気は必要なのよ」

 何ですとー! 一転して正宗の頭の中で、調子づいた自軍の兵隊が落とし穴に嵌り、浮き足立つイメージが思い浮かんだ。

(半導体だと? 丸顔のチンチクリン少女は、いったい何を考えているんだ)


 正宗が言葉に詰まると、七穂は適当な一角を指す。

「あそこにバーンと原子力発電所と海を作るのはどう?」

 保守員がいないのに、そんなもん作ったら、世界がバーンと壊れるわ。

「あ、いや、でもですね。私的には、そのー、もっと環境に優しい、争いのない夢のような世界を、前向き的に作りませんか」


 七穂は工事現場のコント・スタイルのまま、正宗に目を合わせて可愛らしく、おねだりするように訊いた。

「できないのー?」

「できません」

 きっぱり正宗は言いたかった。しかし、嘘はつけない。創造者に対する権利の虚偽通知は、懲戒処分の対象になる。


 正宗は回答を避けた。

「まっ、前向きに検討します」

 七穂は丸い目をパチクリさせた。

「できないの?」


「か、可能かもしれません」

「じゃあ、決定ね。お願い」


 ゴーサインが出た。決定と言われると、立場上は部下である正宗には、どうしようもない。

 それに、最初からダメ出しして関係をこじらせるのは、得策ではない。まあ、これくらいなら、後からどうにでも修正可能だ。


 正宗は溜息をついた。自分の腹巻に手を突っ込んだ。正宗は黒兎のマークがついた白い携帯電話を取り出して『来い来い屋』に電話した。

『来い来い屋』とは、この辺りの星系であらゆるものを取り扱う会社で、品揃えも一番。『来い来い屋』に電話すれば、惑星開発に関するものなら、たいてい揃う。


 正宗は七穂に聞こえるよう、大声で電話口で話した。

「あー、来い来い屋さん? エビゾリ座のG67に、エリオン型の発電機一式を頼みます」


 電話の向こうから、若い軽薄な感じの男の声が返ってきた。男は、よく知っている。『来い来い屋』店員の蘭狐丸(らんこまる)だ。


「あれ、正宗さんッスか。惑星開発は、今日が初日ッスよね。いきなり発電機っすか。その発注、マジッすか? ホント、マジッすか?」


 正宗は心の中で、バカにしたように確認する蘭孤丸に叫び返したかった。

「俺が言いたいわー」と――。


 だが、隣には七穂がいて話を聞いているので、言いたくても言えない。

 正宗は他に必要事項を告げ、電話を切った。

「七穂さん。発電機は、原子力より安全なのを頼みました。それと、発電機の納入は明日になるそうです」


 七穂は楽しそうに発言する。

「そうですか。これで一歩、前進ですね」

(俺的には出鼻をくじかれたよ)


 正宗は肩を落とした。

「あーあ。他に何か」

「海を作りましょう。この世界の五割くらいに」

 やっと、まともな答が返ってきた。


「はいはい、発注しておきます。それも明日には、できるでしょう」

 だが、その次には、また予想だにしない答が返ってきた。

「それとね。工場が欲しいわ」


 こいつは生命の前に機械を作る気か。まさか、ロボット帝国でも作って他の星に戦争を仕掛けさせる気じゃないんだろうな。

「あーあ、七穂さん。工場って、いったい何の工場ですか?」

「もちろん、ロボット。この星は機械の国にするの」


 正宗はゾッとした。全身が総毛立った。まさか七穂は、本当にこの辺りの銀河を支配する機械帝国を作る気じゃないだろうな。

 あんたはいいよ、あんたは。しょせん六日間だけの、お遊び仕事だからさ。俺は、その後があるんだよ。社会的評価や生活があるんだよ。遊びじゃないんだよ。


 そんな正宗の気も知らず、七穂は軍手を填めた手を拝むように合わせた。

「お願い、クロさん。せっかく電気を作ったんだから、工場もお願い」

「お前が誘致して作った発電所だろ。お前が作った既成事実だろう。それをもって話を進めるか。お前の前世はどこぞの建設業界の国会議員か役人か」

 と叫びたかった。が、もちろん正宗には、そんな無謀なことは言えない。


 とりあえず、こいつの気を逸らさせるか。

 正宗は何とか作った営業用スマイルで答える。

「え、ええと、とりあえず、七穂さん、発電所も工場も、作るのには更地が必要なので、地ならしをお願いします」

「じゃあ、地ならしするってことは、機械の国はOKなんですね」


 正宗は心の川柳を一句。

(前向きに、揚げ足とるな、この女)


「最初からロボットの製造工場だー? ちょっとは考えろよ」

 と正宗は思ったので、直接的な表現を社会人的に変換し、七穂に伝えた。

「でも、ロボットの国というのは、実際どうなんでしょうねー」


 七穂は「なに、わかりきったことを聞くの」という表情で御託をのたまわった。

「理想郷よー」


 あ、この女、とうとう言いきったぞ。機械の国だぁ? そんなもの、本当に可能なのか? というより、売れるのか。

「すいません、七穂さん。ちょっと規格外の話なので、OKが出るかどうか、関係部署に照会したいのですが」


 これは正宗の偽らざる心境だった。

「その結論は、いつぐらいになりますか?」

 正宗はワザと畏まったように、敬礼の姿勢をとった。

「迅速に対応しますので、七穂さんが来られる、明日の惑星開発日までには回答します」


 これは正宗一流のレトリックだった。

 明日までといえば聞こえはいい。ところが、七穂のいる宇宙と正宗のいる宇宙では、時間の進み方が違うのだ。


 更に言えば、今こうして二人が立っている惑星での時間の進み方も違う。

 七穂から見れば、次にこの星に来るのは、目覚めてから翌々日の夜にあたる。そのため、それほど違いがない。


 だが、正宗の宇宙では約四十日が経過する。そして、開発中の星の上では、正宗が設定した二年の月日が経過する。

 このように、創造者と宇宙開発公社の人間では時間の経過が違うので、合わせるのに惑星開発日○日という言い方をするのだ。


 正宗は七穂との時間差を利用して迅速な対応を印象づける。また、時間差を利用して、ロボットの国より見栄えの良く低コストなプランを考え出し、誘導していく。正宗は、そういう腹づもりだった。


 正宗は心の内を隠し、媚びたような営業スマイルのまま提案した。

「それでは、七穂さん。明日のために、今日できる作業をやっておきましょう」


 正宗は再び黒い手を腹巻に入れ、茶色のゴツゴツした球体を取り出した。

 それはビーチボールくらいの大きさがある丸い岩。

 正宗が岩から手を離すと、岩は宙に浮かび上がり、七穂の目線の高さまで浮かんだ。

「これが、今この星の模型を兼ねた星球儀です」


 正宗は灰色の翼を広げ、模型の高さまで飛び上がった。正宗は星球儀をくるくると回し、ある面を七穂に見せた。

「この何の変哲のない面に、一箇所だけ赤く光るところがあるでしょう。そこが今、私たちがいる場所です。現在位置の表示です。七穂さん、そこから少し上の面に触れて、山をイメージしてくれますか」


 七穂は白い軍手の片方を外すと、そーっと赤い点に触れて目を閉じた。

 ズォーンという音と共に、少し離れた場所に地面が隆起して、大きな山が現れた。

 七穂は目を開けると、できあがった山を見て、きらきらと丸い目を輝かせた。

「すっごーい、山ができたー!」


 七穂はすぐに、また目を閉じて隣の場所を指す。

 ドーン。今度はそこに窪地ができた。

(よし、乗ってきた、乗ってきた)

 正宗は想定どおりの展開に、ニンマリと微笑んだ。

「七穂さん。あそこに見える山を肉眼で見て。こういう形にしたい、って思ってください」


 七穂はじっと、出てきたばかりの山を見つめた。すると山は、裾が広く、鋭角な頂上を持つ山に姿を変えた。

 山の変化を見て、七穂は俄然やる気が出てきた様子だった。


 正宗は楽しそうに作業を続ける七穂を見て、シメシメと思いながら説明を続けた。

「もし、惑星に広範囲に広がる大まかな地形を把握したいのなら、自分で体を大きくなるイメージをしてください。身長は数十キロまで大きくなることが可能ですので、惑星の風景が一望できますよ」


 七穂は足元を気にしながら、

「でも、そんなに大きくなったら、足場が壊れない?」

「大丈夫、ここは貴女にとって夢の世界。この世界では、貴女の質量は、どんなに大きくなっても、重量に関しては無視できるほど小さいのです」


 七穂は再び目を瞑ると、ドンドン大きくなっていった。

 正宗は自分のしている捻り鉢巻に触れた。すると、正宗も星球儀と共に、七穂の大きさに比例して、大きさを変えていった。

 巨大化した七穂は、ご機嫌とばかりに、まるで砂遊びのように山作りを始めた。ご満悦な七穂の表情を見ながら、正宗は安心した。


(この調子で行けば、予定どおり整地作業は順調に進みそうだ)

 ズーン。ズーン。ズーン。ズーン。ズーン。ズーン。ズーン。ズーン。ズーン。ズーン。


 世界のあちこちで山ができ、丸い星球儀の表面の一箇所に山脈が集まる。

 正宗は顔は笑顔だが、心の中ではニヤリと七穂を見下した。

(おいおい、土いじりがそんなに楽しいか。もう少し考えないと、温暖な環境はできないぞ。これだから素人は困る)

 星球儀上に現れる惑星の地形が、ドンドン形を変えていった。

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