異世界オリンピックを開くまで とあるスポーツオタの大出世街道

悠聡

第1部 ようこそニケ王国へ!

就活してたら異世界へ!? その1

「何だぁ、この変な格好した人間は?」


 その朝、村の農夫が小麦畑で見つけたのは、真っ黒のズボンにジャケット、赤のネクタイに磨かれた革靴――つまりはリクルートスーツ――を着た若い男だった。


「行き倒れか? 物騒な世の中になったものだなぁ」


 農夫は被っていた帽子を外し、禿げ上がった頭をポリポリと掻いた。


 その頭には2本、水牛のような角がちょこんと生えていた。



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 大学四年生の加藤コウジはその日、就活のために東京に来ていた。


 実家から電車を乗り継いで目的地の駅を降り、洗面所の鏡でネクタイの歪みを直す。寝癖も無い、身だしなみはバッチリだ。


 さあ、いよいよ決戦の時。高鳴る心臓を押さえながら、コウジは正面の巨大なビルを見上げる。


 帝王スポーツ新聞。国内スポーツ紙最大手にして、カバーしていない競技は無いと言われるほどスポーツ界に広い伝手を持つ巨大組織。スポーツを愛する者なら誰しも羨む大企業。


 今日、ここで最終面接が開かれる。人生一番の大勝負、コウジは深く息を吸って一歩踏み出した。


 だが問題はそこからだ。その先の記憶がどうも曖昧で思い出せない。


 僕は何をしていたんだ? 面接は通ったのか?


「あら、目を覚ましたわ!」


 女の子の声と柔らかい感触に、コウジはゆっくりと目を開いた。


 木材を組み合わせた簡素な天井に、石を漆喰で固めた素朴な壁。暖炉も備え付けられ、ぱちぱちと火の粉を散らしながら薪が燃えている。


 何もかも、現代日本とはかけ離れた光景。ファンタジー映画やゲームで見るような昔の西洋の生活様式だ。


 だが最もコウジを驚かせたのは、脇に座り込む女の子の姿だった。


 年齢は十代後半くらいだろうか、小麦色に焼けた肌にはほどよく筋肉がつき実に健康的で、夕焼け空のような赤毛を短く切っているのが活発な印象を醸している。


 ボタン付きのシャツにジーンズのつなぎという出で立ちも、部屋で本を読むよりは太陽の下で活発に走り回るのが性に合っているのを主張していた。


 そして奇妙なことに、その少女の額からは長く鋭い一本の角が生えていたのだ。おとぎ話に登場する一角獣ユニコーンのように、まっすぐ尖った白い角が。


「え……レイヤーさん?」


 夢うつつのコウジは頭にまず浮かんだイメージそのものを口にする。友人に連れられてその手のイベントに行った時、本当にアニメの中から飛び出してきたようなクオリティでなり切っている方々を見た記憶がふと蘇る。


「レイヤー? 私そんな名前じゃないわ。私はマトカ、マトカ・グルノールよ」


 女の子ははきはきと答えた。


 この人、なりきっているなあ。コウジが思ったのはその程度だった。


 ゆっくりと体を起こし、自分がジャケットだけ脱がされた状態で寝かされていたことを知る。


 ここはどこだろう、写真撮影のスタジオかな? 本物の火まで起こして、随分と凝った作りだなあ。


「それよりも……面接、面接はどうなったんだ?」


 ようやく思考が平常に戻り、面接を受けた記憶が無いことを確信した。左手にはめた腕時計をちらりと見ると既に正午。電車を降りたのが9時過ぎだったので、3時間近く経っている。


 血の気が引いた。またぶっ倒れそうな気分だった。


 なんてこった、憧れのスポーツ新聞社に入れる機会をふいにしてしまった。


「あら、顔が青いわよ。大丈夫? お水飲む?」


 首を傾げながらマトカと名乗った女の子は机の上の水差しから木製の杯に水を注ぐ。


「それどころじゃないよ!」


 コウジは跳び上がった。突然のことだったのでマトカは驚いて床に水をこぼしてしまった。


「電話、電話しなきゃ……僕の鞄はどこ?」


「鞄? あれのこと?」


 椅子の上にちょこんと置かれたビジネスバッグを指差すマトカ。就活を目前に控えた去年の夏、渋谷のデパートで奮発して買った学生のコウジにはやや不釣り合いな逸品だ。


 コウジは鞄を乱暴に開けると、中からスマートフォンを取り出す。電車の中でずっといじっていたが、まだ電池は十分にある。


 だが表示される『圏外』の文字に、コウジは余計焦り、苛立った。


「おいおい、ここは東京だろ?」


「トウキョウ? 何言ってるの、ここはマラカナ村。ニケ王国のマラカナ村よ」


「ふざけてる場合じゃないんだ、こっちは人生かかってるんだよ!」


 その剣幕にマトカはすくみ上った。心なしか、額の角もしゅんと垂れたようにも見える。


「どうした、騒がしいな?」


 木製の扉が開け放たれ、外の明るい光が差し込む。麦わら帽子を被った恰幅の良いおじさんがずかずかと部屋に入り込んだ。


「父さん、この人なんだかおかしいわ! さっきから訳のわからないことばかり言ってるの」


 それはこっちの台詞だよ! なんだよ、親子で僕をからかうのか?


「……お前、俺の娘に変なことしていないだろうな?」


 おじさんがぎろりとコウジを睨み付けた。ただの人間とは思えない、野生の獣のような凄み。


 これにはコウジも萎縮した。演技でもこんな表情はできない、そう感じ取って「い、いいえ」と縮こまってしまった。


 そんなコウジをおじさんは改めて、品定めするようにじろじろと見ている。靴の先からベルト、髪型まで、模写でもするかのように。


「それにしても変わった格好だな。あんたどこから来たんだ?」


「……宇都宮です」


 迫力に気圧されながら、小さく答えた。だがおじさんは口を大きく曲げた。


「ウツノミヤ? 聞いたこと無いな」


「本当ですか? 電車を使えば東京からに2時間ほどで着きますよ」


「トウキョウ! トウキョウだって!?」


 突然おじさんが騒ぎ始めたので、コウジもマトカもそろって後ずさりしてしまった。


 おじさんは「なんてこったい」と連呼しながら部屋の中を跳び跳ねている。大変そうだが、嬉しそうでもあるように見える。


「ね、ねえ父さんどうしたのよ!」


 マトカが父親の向かって怒鳴るように尋ねた。


「お前、気付いてないのか?」


 おじさんはくるっと振り返った。いつの間にか手には酒の入った杯も握られている。


「マレビトだよ! うちの畑にマレビトが降り立ったんだよ!」

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