神の振るサイコロ

「そこでだ、君にスタンガンを持って突進してもらいたい」

 俺は図書館周辺の絵図面を書いて、二人の待機地点に車の停車場所。松城の逃走経路に襲撃の実行場所など事細かに計画を伝えた。


 三十代半ばの幸田の顔には細かい汗が滲んでいる。


「一度現場に連れていってくれませんか」

「了解」


 俺と幸田は図書館を目指す。連休中ということもあって車が込んでいる。俺は何気なくこんな質問をしてみた。

「こんな仕事を請け負ったのは何度目だい」

「……三度目です」

「そうか、捕まったことは?」

「ありません。依頼人が捕まってないようなんでね。我ながら危ない橋を渡ってると思いますよ」

「俺は捕まっても、単独犯だと貫くつもりだよ」

「ありがとうございます。助かりますよ」


 車が図書館の近くまで来たので自動運転から手動に切り替えた。


 まず車を逃走経路の一番細くなっている所に横付けした。そして待機場所の確認、襲撃の打ち合わせに手順の確認。


「俺がこちらから出てくると松城は驚ろいて君の方に向かうだろう。そこでスタンガンを食らわせて欲しいんだ」

「分かりました。イメージは掴みました」


 図書館は官庁街にあって、街路樹の木漏れ日がまぶしい。街ゆく人は皆幸せに見えた。


 俺達二人だけが、犯罪のイメージトレーニングをしているのだ。何やら胸を虚無感が過ぎてゆく。


 昼になった。俺達は、適当にレストランに入る。日替わり定食を頼むと、後は車の算段だ。


「車は過去に持っていけない。レンタカーはチェーン店ばかりなので、金にものをいわせて、マイナンバーの提示を拒否するのは不可能だろう。そこでだ。金さえ積めばマイナンバー提示なしに車を売ってくれる、中古車販売店に心当たりはないか?」

「それこそ蛇の道は蛇ですよ。二店舗知っています。どちらも暴力団のフロントですが、それでよろしければ」

「かえってその方がいい。後腐れがなければな。後で一店舗教えてくれ」

「分かりました。郊外にある個人経営の店舗を紹介しましょう。」


 俺達は車に乗り込み郊外を目指す。やや走った所で幸田が指を指す。

「この店です」

 車が三十台ほど並べられた小規模な店だ。俺は一応スマホのナビに位置情報を入力する。


 店舗に並んでいる車種を見るとワゴンタイプの車もバンタイプの車もある。


 用意は万端だ。幸田の事務所に取って返す。


 俺は最後に桃恵がつけていたタイムマシンをセットし、幸田に渡す。


「これが三億円もするという、例のタイムマシンですか」

「ああ、妻が着けていたやつだ。これを十三日前の襲撃三十分前にセットしてある。俺も三十分前の現場へ向かう。そこで落ち合おう。赤いリューズを押し込むんだ」


 車は再び図書館前に戻る。

「じゃあお先に行ってきます」


 幸田が車を出て、リューズを押し込む。銀色の光に包まれて居なくなった。


 俺も車を図書館の駐車場に止め、外に出ると幸田よりも一日前にセットし、リューズを押し込む。


 体が銀色に輝き始め、時空の狭間に吸い込まれる。十四日前の図書館の駐車場に着く。表通りに出てタクシーを拾うと、ナビになっているスマホを運転手に渡す。


 例の中古車屋が見えてきた。俺はタクシーを降りると敷地に入り、車を物色する。


「どういった物をお探しで」

「ワゴンタイプを探してるんだが」

「いい車が一台ありますよ」


 俺は勧められるままに七十万円のワゴンを買う事にした。後部座席を倒すと後ろまでフラットになる設計になっているやつだ。


 店主が口を開く。

「マイナンバー証のご提示をお願いいたします」

「マイナンバーなどない。一千万円で買い取ろう。それでどうだ?」

 店主は少しだけ驚いたような顔をしたが、また笑顔に戻った。

「分かりました。何か事情がある様子、何も聞かずに車をお渡しいたしましょう」


 店主はそう言うと一千万円でカードを切った。


 ……俺は狂っているのか……


 いや、仇を打つということは十日間考えに考えぬいて決めた事だ。もう何人たりとて俺を止められない。


 俺は新しく手にした車を自動運転にしながらホテルに向かった。




 次の日は朝九時に目が覚めた。今日の午後四時前後が決行の時間だ。図書館近くの喫茶店に入り、時を待った。三十分に一回コーヒーをたのみながら。


 時間が経つのが遅い。俺は何度も席を立ちトイレに入る。


 ようやくその時がきた。襲撃四十分前、俺は喫茶店を後にした。

 車を予定の位置に横付けすると、ジャスト三十分前、幸田が目の前に現れた。幸い周りに人影はなし、俺はふうとため息をつく。


 幸田が車を見つけ寄ってくる。俺は車を降り幸田と握手する。俺達はそれぞれの位置に待機するとその時を待った。


 三十分が過ぎた。


 パン、パン、パン!


 松城が桃恵を銃で撃った音がした。


 俺達は身構える。松城が逃走経路を突っ走ってくる。


 俺が飛び出した次の瞬間!


 驚いた松城は幸田の方に向かわずにタイムマシンのリューズを押し込み消え去ったではないか!


 最後は笑みさえ浮かべながら。


 逃げられた!!


 茫然とする俺達二人。


 神は松城に味方した。俺達は松城が消えた場所へ走ったが、何の痕跡もない。手遅れだった。


 車は乗り捨ててふたりで現代に戻り、幸田からタイムマシンを返してもらう。沈黙する二人。


「また何か考えついたら連絡させてもらう」

 今はそう言うだけで精一杯だった。




 次の日、俺は飛行機の中にいた。アメリカを目指して。飛行機の中からドモン&ヘッパーズに電話をかけてジェイコブにアポイントメントをとる。昼の一時からなら面会オーケーだという返事に安堵のため息をもらす。


 ビジネスクラスでも快適な座席に俺はうとうととなり、三時間ほどの仮眠を取る。


 飛行機はカリフォルニアに到着した。俺はタクシーを拾い本社へ向かった。


 約束の午後一時、受け付けにジェイコブ自身が現れた。


「ウェルカムトゥカリフォルニア!」

 いつもの陽気なジェイコブだ。

 CEO室に通され、ソファーに座る。俺は意を決して桃恵の死を告げた。

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