時を超えて

 俺と桃恵は図書館にいた。桃恵が絵本を探しに連れて行ってとねだるのである。俺も暇潰しに物理学の教本、とくにタイムマシンについての本を物色中であった。タイムマシン関連の書籍は、俺が発明してから雨後のタケノコのように関連本が出始め、およそ六十年たった今でも図書館のワンコーナーを独占している。俺は面白そうな三冊を借り、桃恵は、十冊も借りている。気に入ったのを後で買うんだそうだ。


 出産まで後一ヶ月、もう腹を蹴ってくるらしい。二人でその日を心待ちにしながら、なんと言う事のない平和な日常を楽しんでいた。


 しかし、何か後ろから視線を感じる。パッと振り向いてみても人影はない。

「気のせいか」

 俺達は川の土手をかけ上がり、広ーい所に出てみた。


 川縁の運動場で子供達がサッカーをやっている以外は犬の散歩をしている人達しか目に入らない。


 俺達は安堵し、伸びをすると車に乗り込んだ。


 しかしそれからというもの、どうしてもだれかにつけ狙われている感触が拭えない。


 食材を買いにスーパーへ行った時の事、いつものように飴玉やスナック菓子をかごに入れていると、スーパー内なのに雨がっぱを着ている男と確かに目があった。


 俺が後を追おうとすると、もうその一角に、男の姿はなかった。


「ちきしょうめ」

 俺は少しずつ怒りが溜まってくる。

 そんな時はひとりでカラオケボックスに入り思い切り大声を出し、ストレスを発散するのであった。




 いつものテレビ会議が始まる。議題は新しい事業分野にチャレンジするかどうかだ。この議題は、若手の有志軍団からボトムアップしてきたもので、金融部門をもうけてはどうかというものだった。


 俺は専門外なので会議を眺めるだけであったが、ビルがいつにもまして乗り気で、みんなの意見をまとめようと必死になっていた。


「うちの商品は高額なものが多い。ローンを組むにも銀行の高い査定を突破するしかない。そこでだ。もっとうちの商品を買いやすくするために金利を押さえたローンを提供することによって、よりお客さんがうちの商品を買いやすくする仕組みが是非とも必要だ。子会社に金融部門を持つ事によって、その辺りが円滑に進むであろう。是非とも銀行業務に参入すべきだ」


 多数決が取られる。若手の案は全員一致で採択された。


 次は俺が特許権の事を議題に乗せる。特許が切れる二十年の間に小村先生が興した会社が、著しく俺の特許を侵害していた事についてだ。

「過去の特許侵害は認められないんじゃないの」

 紅一点のステファニーがお菓子をボリボリかじりながらつぶやく。

「しかし、認められる可能性は、大いに有りうる。決を取るぞ。この動議に賛成のやつ」


 これも全員一致で賛成だった。


 社内役員の弁護士でもある、ミスター・ブラウンにこの動議を任せてみよう」


 会議は、そこまでで終わった。


 午後のコーチングが始まる。見込みのあった十人ほどが、俺の難解な数式をほぼ完璧に理解してくれた。きっと彼らも影ながら必死になって努力をしてきたのに違いない。それを思うと感無量だった。


 俺は一人一人に告げていく。

「今日でコーチングも、終了だ。よく頑張ったね」

 そう言うと泣き出す子もいた。




 今日も付け狙われている。だんだん確信にかわる。


 ――相手はプロだ。


 俺はそう結論付けた。探偵か?しかし誰の恨みをかった訳でもなし。


「松城か!」

 思わず口に出してしまった。恨みを買うとすれば松城しかいない。肩を拳銃で撃ち抜いたのだ。激しい復讐心に燃えているに違いない。


 いつもの図書館へいき、桃恵と楽しい絵本を探している。俺が三冊ほど桃恵に渡してみる。

「これがいいんじゃないの?」

 桃恵は椅子に座り真剣な顔をしてそれらを読んでいる。

「こんなのだめよ。子供にはもっと夢をもたせなきゃ」

 俺が選んだ本は、悪いことをすると、地獄へ行きあらゆる苦痛を与えられるという、少しハードな内容のものだった。教育の一環として、こういうのも読み聞かせればいいのになと、よかれと思って選んだんだが、桃恵にはあっさりと却下された。


 桃恵がまた十冊、図書館の職員に預けている。QRコードをピッと通すと桃恵はブランドバッグにそれらをしまう。


 ふたりで図書館の廊下を歩いていると斜め前から銃を手にした男があらわれた。


 やはり、松城だった。


「ずいぶんと久しぶりだなあ」

 松城はニヤニヤしながら俺に近づいてくる。

 俺は口の中がカラッカラになっている。


 銃身を俺の背中に当て外に出るように促す。


「なぜこの時代か分かったのか、不思議そうな顔をしているな。あれから、創業当時の本部のレーダーが入れ替えられ、時空の歪みがなくてもタイムスリップしただけで捉えられるように進化したのさ。しかも、『四人組』や、『同時着』などの検索機能までついてな。俺はあの日から一週間、寝食を忘れて探したぜ。お陰で使い物にならなくなったこの右腕の痛みに耐えながらな……」


 松城は未だに包帯を巻いている右手をひらひらさせながら、俺に駐車場へと向かうように言う。



「俺がどれだけ苦しんだか、お前にも味あわせてやるよ。」

 松城はよだれを垂らしている口を銃に近づけ、真っ赤な長い舌を出し銃身をベロリとなめた。


 狂っていやがる……


 俺の中で松城の記憶がよみがえる。確か前は銃身を右手で持っていたのは間違いない。

 利き腕は右利きの筈だ。気を抜いている今取り上げたら。あるいは……


 俺は突然、突きつけられた銃を奪おうとした。揉み合いになる二人。しかし強力な握力で離さない。松城は必死になって俺を振りほどいて叫ぶ。


「こ、殺してやるー!!」

 松城は、拳銃の照準を俺に定めた。


 するとなんと桃恵が、俺と松城の間に割って入ったではないか!


 パン、パン、パン!


 桃恵は膝から崩れ落ちた。

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