29 別に本当に若いわけじゃない

 集会の数日後、まだ各地の幹部たちがいるためどこか浮足立った本家の一室。

 朝。

 障子の隙間からわずかに差し込んでくる日差しに、王里は目を覚ました。右の襟足だけ長いメッシュの入った髪、白いまぶたを持ち上げればそこには赤い目がある。頬に違和感を感じてこすれば、なんとなく強張っていた。まるで泣いた後みたいに。

 王里だ。怪奇である、王里。

 それがなぜか朝に目を覚ましてしまった。身体の中から大事なものがごっそりなくなってしまったような、心が半分になったかのような虚無を抱えて。

 寝巻の白い着物、その胸に手を当てて首を傾げただただ呆然とするしかない王里だが、毎朝同様に朝の訪問者はやってくる。


「次代様、おはようございます」

「……」

「次代様?」

「あ……おゥ、おはよ、う?」

「次代様!? ……失礼いたします!」


 怪奇である王里がいつも聞くのは「こんばんは」で。なれない挨拶に舌を噛みそうになれば、その声の低さに異変を感じ取ったスズリがあわてる。「今朝の次代様を起こす権利じゃんけん」はスズリが勝ち抜いたらしい。

 障子を引いて頭を一度下げてから中をのぞけば、そこにいたのは赤い目をした怪奇の王里。凛々しさはあっても可愛らしさは欠片も、微塵もない夜の次代で、スズリの長官でもある王里で。あまりの衝撃とぐるぐると頭を回るクエスチョンマークと言葉に、スズリは思わず。


「ぎ、ぎ、ぎ」

「……ぎ?」

「ぎゃあああああああああああああ!!」


 うら若き乙女の悲鳴とも思えぬ言葉と音量と口の大きさで叫んだのだった。それによって集まってきた人間方面賊改方たちの更なる悲鳴に耳を痛めることになろうとは、いまの王里には思いもしないことだった。

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