Personalization,





 公園ではたくさんの子どもたちが遊んでいます。はしゃぐ声を耳に入れないように公園の隅を歩いて、いつものブランコのもとへたどり着きます。

 男の子の姿はブランコにはありませんでした。腰掛けて、そっと両の手で鎖を包むと、見知らぬ誰かと談笑しながらジャングルジムに上っている男の子の姿が見えます。

(あ、今日は遊んでるんだ……)

 少女は鎖を強く握りました。ああして男の子が普通の遊びに興じているのを見るのは久しぶりでした。それもまた、男の子が“正常”へと戻っていっていることの証。喜ばしいことに違いありませんでした。

 男の子は今日も笑っていました。

 少女の知らない人を相手に、少女の前では決して見せることのない明るい笑顔ではしゃいでいます。

 カッコいいな、と思いました。かわいいな、とも思いました。少女は誰かの笑顔を眺めるのが好きでした。ましてや大切な男の子のそれ──。あんな笑顔を見せられたら誰だって気を許してしまう。憧れ混じりの心で、そう思います。

 ほら、今も。笑顔で誰かをき付けている。

 少女も真似をして笑ってみました。たちまち、どうしようもなく空虚な笑みが頬を滑り落ちて、跳ねた膝の上で無惨に割れて散りました。

 そしてその瞬間、気付いてしまいました。何の前触れもなく、それまで少しも思い至らなかったはずの“真実”に。


 男の子は好かれるのです。

 あの笑顔と、あの優しい性根と人柄で、本当は誰からも好かれるのです。

 素が好かれる人間なのに、今までの環境があまりにも彼に冷酷過ぎたのです。少女はそれをちょっとばかり修正してあげただけなのでした。整えたのは男の子の笑顔ではなくて、男の子の笑顔に惹かれてくれる周囲の存在の方なのでした。

 私は、そうじゃない。

 少女は鎖をぎゅうと抱え込みました。

(私が笑ったって、あんな風には好かれない)

 ひとたび笑えば化粧のようだと嘲笑われ、つくろっていることを一瞬で見抜かれて。挙げ句、仲良しのふりをしているとまで中傷されます。少女が笑ったって誰も喜びませんでした。喜んでくれるのはむしろ、男の子くらいのもの。

 少女が笑っても振り向く人はいない。笑顔の調整を必要としていたのは、他ならぬ少女自身の方だったのです。

(あの人の“不幸”はあの人の外にあって、私のそれは私の中にあったんだ)

 脳天を金づちで殴られたように、少女の心は鮮やかな真実に蹂躙されました。そうか、そうだったんだ。ようやく腑に落ちました。男の子の不安や不幸が解決に向かう横で、少女の不安や不幸がいつまでたっても減らない理由が、ようやく手に届くところへと姿を現しました。

 男の子に申し訳ない。

 なぜか、そんな感情が不意に胸を打ちました。

 そのうち男の子はブランコの少女に気付いたようでした。少女の知らない誰かにあいさつをして、少女のもとへ駆けて来ます。

「ごめん。遊んでて」

「もっと遊んでいてくれてよかったのに」

 少女は笑って答えました。

 多分、それは本心ではありませんでしたが、本心だと思い込みたくて口に出してしまいました。


 つらいことや苦しいことに心を壊され、耐久力がメーターの下限を振り切るたびに、やっぱり少女は男の子の前で無様に泣いてしまいます。男の子は律儀に眉を傾けながら、最後まで鼻水混じりの話を聞いてくれます。大丈夫だよ、なんとかなるよと、拙い言葉で励まそうとしてくれます。

 少女にはもはや、すっかり悟ることができてしまっていました。その慰めが何の価値も持たないこと。いくら励まされようとも、少女に自分を変える勇気がなければ、世界は少しもいい方向へ変わってゆかないこと。

 それでいて気遣いの気持ちだけは嬉しかったから、少女はどうしても笑顔を浮かべてしまうのでした。

 いくら愛される価値のない汚い笑顔でも、醜い劣等感を隠すくらいの役には立ってくれました。





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