ルリマツリのせい
~ 七月十七日(火) レイナちゃんと千歳 ~
ルリマツリの花言葉 同情します
これまでは、口喧嘩の時の距離。
お互いに、噛みつかんばかりに顔を突き合わせていた十五センチという距離で。
今ではにこにこと見つめ合っています。
そんな「すっかり仲直り」という言葉を通り越してしまったお二人は。
まるで王子様のように凛々しい顔の宇佐美さん。
お姫様のようにキラキラと微笑む日向さん。
今日は二人の仲直り記念ということで。
教授が腕によりをかけるとのお話です。
「かけるだけ~♪ かけるだけ~♪」
「……教授? 「腕によりを」が抜けているせいで、手抜き料理に聞こえます」
俺の指摘に、きょとんと小首を傾げるのは。
トマトのように赤く日焼けした
軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日は絵本で見かける織姫様のように結い上げて。
天の川を彷彿とさせる、涼やかな水色のルリマツリが群れ咲いているのですが。
……残念ながら。
七夕には十日ほど遅いのです。
「織姫と彦星が出逢えた記念なの。あたしは来年から七夕は七月十六日にするの」
「それは構わないのですが、二人を引き合わせるのは年に一度にしてください。このままでは俺の身がもちません」
大人気の日向さんはもちろん。
クルールビューティーの宇佐美さんにも、隠れファンがたくさんおりまして。
そんな二人の、このガチな様子に。
男子ファン一同、俺の事を原因の一端としてにらんでくるのです。
……楽しそうに歌を口ずさみながら味噌汁を作る教授の前で。
楽しそうにお互いを見つめ合う二人。
それを生暖かく見守る俺と。
そんな俺を冷たく射る視線。
「なんなの? この異様な空間」
今すぐ逃げ出したい。
でも、空腹には勝てません。
実は海から帰ったあと。
疲れ切ったせいで晩飯も食わずに布団へ飛び込んで。
朝はシャワーを浴びている間に教授が迎えに来たものだから。
都合、海で食った焼きそば以降、約二十時間ぶりの食事なのです。
さて、そんなお昼ご飯のメニューは。
「味噌汁だけ? おかずは無いのですか?」
「違うのだよロード君! これはレイナちゃんからアイデアをいただいた、冷や
「ああ、なるほど。でも、正式に作ったら、かけるだけではできませんよ?」
冷や汁は、地方地方で作り方は違うけど。
めちゃくちゃ手間がかかる料理なのです。
君が作ろうとしているのは、冷やした味噌汁かけご飯。
全然違うものだと思うのですが。
とは言え、そういう事なら話は早い。
実はうちの母ちゃんも、料理に手をかけたくない時。
いい加減な手法で作るので。
俺にも簡単に作れます。
今日は、秋山教授も実験に参加しましょう。
ボールに、クーラーボックスから出した氷水を張って。
そこに味噌を入れて、ひたすら混ぜて溶かします。
あとは、冷めたご飯におしんこと冷たい味噌汁をかけて完成です。
「かーんたん」
「……秋山。それは冷や汁じゃない」
「知ってますよ宇佐美さん。でも、お腹が空いているのでひとまず一杯目はこれでいいです」
「え? ……レイナちゃん、冷や汁って、そんなに冷たい食べ物なの?」
「そうだね。うちでは氷も入れる」
「ちょっ!? ダメっしょ! 穂咲はお腹弱いんだから!」
あれれ?
急に旅行前の剣幕で。
日向さんが怒り始めちゃいましたけど。
それに対して宇佐美さんも。
ここしばらく聞き慣れた、冷たい受け答えを始めます。
「……それで食が細くなったら本末転倒だ。穂咲はここしばらく栄養が取れていないと悩んでいたんだ」
「絶対ダメっしょ! 穂咲のために良くないっしょ!」
「穂咲のために言ってるんじゃないか、分からないやつだな」
「ちょっと待ってください! ですから見覚えありありなのです!」
俺の為にとケンカする父ちゃんと母ちゃん。
二人のケンカは未だに続いているのですが。
こちらも再燃なのですか?
事が自分のためだからと。
どうしても上手に二人を止めることができなくて。
このパターンのケンカは。
とっても胸が痛むのです。
そして教授が、またしょんぼりしているのではと心配して様子を窺ってみれば。
意外にも、いつもの無表情のまま。
二人の間に、ことりと丼を置きました。
「……またケンカしたの。これは罰ゲームなの」
そんな教授の一言に。
ひきつった表情の美女二人。
そのちょうど中間に置かれた丼からは。
……これでもかと。
あっつあつとしか表現しようもないほどの湯気が立ち上っているのです。
「ほ、穂咲。……冷や汁は、冷たくして食べるものなんだけどな……」
「この暑いのに、これは無理っしょ……」
二人で、数センチずつ丼をお互いの前にずらし合って。
相手に押し付けようとして、しまいにはぐぬぬとにらみ合っています。
ねえ教授。
これじゃ、ケンカは収まりそうにありませんよ?
でも、心配する俺をよそに。
教授がさらに一言声をかけたのですが。
これが、実にうまい言葉だったのです。
「罰ゲームは、自分が悪かったと思う方がするだけでいいの」
……うん。
二人を信頼している君だからこそ。
思い付いた仲裁方法。
改めて、そんなことを言われた二人は。
しかめた顔を見合わせた後。
しぶしぶ、一つのどんぶりに仲良く箸をつけ始めました。
「あつっ! ……穂咲! これはやり過ぎっしょ!」
「あつっ! うわ、一気に汗が噴き出してきた……」
文句を言いながらも、険の取れた苦笑いが二つ、教授を見上げると。
この上ないほど幸せそうに微笑んだ教授は。
彼女たちに振舞う二杯目の冷や汁を、氷水でキンキンに冷やし始めるのでした。
――今度こそ、一件落着。
俺は自然とほころぶ顔を意識しつつ。
自作の冷や汁をさらさらと口にしていたのですが。
急に二人が、俺の様子に気が付いて。
仲良く恨みを込めた視線を送ってくるのです。
「裏切り者」
「裏切り者」
「知りませんよ。……ああ、美味しかった! 教授、これ、お代わりある?」
ちょっとお腹ががぽがぽいいますが。
もともとすきっ腹ですし、もう一杯くらいは入りそう。
これ、暑い季節に冷たくて最高なのです。
「お代わりあるの。どうぞ」
そう言いながら、教授が差し出してきた丼は。
ふちまでかかった目玉焼きで蓋をされていました。
「二人はまだ一杯目を食べ終わりそうにないですし、先にお代わりいただきますね」
「裏切り者」
「裏切り者」
「知りませんよ。……ああ、美味しそう。それじゃ目玉焼きからあつっ!?」
一度口に入れた目玉焼きですが。
思わず丼へお帰りなさいしてしまうほどの熱さ。
それもそのはず。
目玉やきをこれでもかと熱していた正体が。
丼の中から、もわっと湯気を発していました。
「……勝手に自分だけご飯を食べた罰なの」
うう、ごもっともです。
でもね、教授。
これは無理。
「早く食えよ裏切り者」
「さらさらっと行くっしょ裏切り者」
ニヤニヤと俺を見つめる二人の視線。
もはや逃げおおせることも出来ません。
俺は箸にご飯をこんもり乗せて。
さらさらと口に運んでみたものの。
……すぐにお帰りなさいと相成りました。
「あっつ!」
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