ライラックのせい


 ~ 六月二十六日(火)

       宇佐美さんと日向さん ~


   ライラックの花言葉 大切な友達



 どういう訳か、今日はおばさんの運転する自家用車で学校に来たお嬢様。

 こいつの名前は藍川あいかわ穂咲ほさき


「お嬢様をこいつとか呼んじゃいけないの」

「お嬢様は軽トラからよっこらしょとか出てきません」


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日はお嬢様風に縦ロールにして。

 そしてお嬢様はどこへやら。

 無造作に、頭へぶすぶすとライラックを突き立てています。


「なにか、荷物でもあったの?」


 車で登校した理由。

 俺の推理は正解だったようで。


 こいつは、ぱあっと笑顔を浮かべて大きく頷きますが。

 邪魔。

 ライラックがばっさばっさ。

 邪魔。


「今日のお昼は期待しとくのだよロード君!」

「……え? 車で運ぶような食材?」


 うわあ。

 逆に不安なのですが。


 でも、せっかく楽しそうにしているのに。

 水を差したら悪いのです。


「じゃあ、しっかりお腹をすかせておきますね、教授」

「そうすると良いの!」

「……それで早朝から学校にいたのか。勉強もせずに」


 ありゃりゃ。

 お気持ちは分かるのですが。

 それは無いのです。


 盛り上がる穂咲を、しゅんと萎ませてしまったのは。

 ヤンキーな見た目。

 クールな宇佐美レイナさん。


「えっとですね、宇佐美さん。お昼は作らせてあげて欲しいのです」

「分かってるよ、穂咲が楽しんで料理してるのは。でも、そのせいで勉強してないとなると、レイナ先生としては叱るしかない」

「ごめんなさいなの、レイナちゃん先生」


 まあ、そうですよね。

 俺も叱らなければいけない場面でした。

 反省なのです。


 ……そう思っていたところへ。

 穂咲の肩を持つ、台風のような声が舞い込んで来たのです。


「かーっ! そりゃ違うっしょ! 二人とも、女心を分かってないっしょ!」


 この、慌ただしい女子は日向ひゅうが千歳ちとせさん。

 以前にも同じパターンで、穂咲から料理の楽しみを取っちゃいけないと教えてくれた子なのですが。


「……どういう意味よ、日向」

「どうもこうも、穂咲から料理を取ったら勉強も手につかなくなるっての!」

「加減の話をしているんだけどな。取り上げるなんて言ってない」

「いやいやそう言ってるのと同じっしょ! 穂咲、気にしないでばばーんとご飯作って、がりがり勉強すると良いっしょ! あたしはやらないけどね!」


 あははと笑いながら穂咲の肩に腕をまわす日向さんを。

 宇佐美さんは冷たい瞳で見つめますけど。


 うわあ。

 俺、どうしたらいいのでしょう?


 こうも両極端な二人が。

 なんだか、穂咲を取り合って火花を散らしているようなのです。


 そんな二人を前に、穂咲はどうしているのかと見てみれば……。


「うおっ!? 穂咲、泣いてる?」


 どうしたらいいのか分からなくなったのか。

 穂咲の目から、しずくが零れて。


 ……その右手にはドライアイ用の目薬。


「ややこしいわ!」

「昨日のガリ勉で、目が赤いの。……道久君は顔が真っ赤なの。これ使う?」

「顔に目薬? ただの目薬ヘタクソな人になってしまいます」

「あたしも苦手なの。何回やっても、目に入らないの」

「知ってます。自分で持ってる目薬から逃げる人は君くらいです」


 顔どころか、体ごと逃げるせいで。

 部屋中うろうろし続けますもんね。


 まあ、君のぐだぐだなボケのおかげで。

 一触即発な雰囲気も消えましたけど。


 でも、先生が教室へ来て、宇佐美さんと日向さんが席へ戻ろうとする直前。

 二人がお互いににらみ合って。

 ふんと顔を逸らしたのを、俺は見逃しませんでした。



 うーん。



 穂咲のためを思ってくれているのに。

 その方針が違うってだけでケンカになっちゃうなんて、寂しすぎるのです。

 なんとかできないものでしょうか?


 ……そんな、俺の真剣な悩みも。

 教卓に置かれた品を見て、一瞬で吹き飛びました。


「先生、何持って来たんです?」

「何を持って来たとはなんだ。貴様はウナギも知らずに育ったのか?」


 ででんと置かれたでかい水槽に。

 まるまるとしたウナギが一匹。

 のたくっていますけど。


「おかしいだろ」

「それは俺のセリフだ。……藍川。昼まで預かっておけと張り紙して俺の机に置かれても迷惑だ。教室に置いておけ」

「穂咲が!? ……おいお前。まさかこれを車で運んだの?」

「お昼は豪勢に行くの!」


 うそでしょ?

 アジすらさばけないよね、君。


 今日のお昼は、穂咲のドジョウすくいならぬ、ウナギすくいを見ながらタレかけご飯を食べることになりそうなのです。


「秋山、なんとかしろ」

「……へい」


 しょうがない。

 昼休みまで、俺の足元にでも居てもらいましょうか。


 そう思って立ち上がった俺の視界を。

 穂咲が、カニ歩きでふらふらと横切ります。


 教卓を越えて、扉へ向けて。


 ……首は上へ向けながら。


 …………その手に、目薬を持ちながら。


 しまいには、廊下に出て行っちゃいました。


「……秋山、今のは何だ?」

「何だとはなんです。先生は、穂咲も知らずに育ったのですか?」

「どういう事か説明しろ!」

「目薬から逃げてるだけです」


 俺の説明に、教室中が大爆笑。

 だというのに。

 先生はムッとしたままなのですが。


「なんとかしろ、立たせるぞ」

「無理ですよ。今日廊下にいるのは、あいつ一人で良くないですか?」

「これがあるだろう。連れ戻してこい」

「…………え? それで???」


 言わんとしてることは分かるのですが。

 目薬から逃げる穂咲を追いかけるのには最適かもですけど。



 そんな真顔で言うこと?



 ――でも、逆らうのも面倒なので。

 もうやけくそです。



 俺は、先生が手渡してきたウナギを交互に両手で追いかけながら。

 廊下へ出て行きました。


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