小さい傭兵と混族 上

 魔族との戦争は、一度起きると半年は続く。

 しかしギュールス=ボールドにとっては、ある意味楽な毎日かもしれない。

 魔族からの襲撃がない間は、同じ住民達から爪はじきにされる毎日である。

 買い替えたい装備はどの店も売ってくれない。

 食事にしても住むところにしても、粗悪な物しか与えてもらえない。その上しっかり代金は取られる。もちろん正規の品の料金だ。


 それが魔族の襲撃になると、誰もが自分の安全を優先する。

 当然ギュールスへの差別意識も薄らいでいく。

 もちろんだからといって、他の国民同様、魔族との戦争は早く勝利で終わらせたいと思っている。

 それでも根付いた差別は決して消えることがない。


「今日もこれから魔族討伐に当たるわけだが、討伐に初めて参加するって奴もいるからみんなでなるべく助け合うように。まず君から自己紹介しようか」


 ギュールスが編成に加わったこの日の部隊の隊長が作戦会議での挨拶から、この傭兵部隊に配属された冒険者達の自己紹介が始まる。

 今回が初陣というまだあどけなさが残る少女が一人目となった。


「ウィラ=エノーワです。冒険者養成所を先月卒業し、魔術師として登録しました。両親はいなくて孤児院で育ちました。あそこにいる子供達の手本になれるよう、精いっぱい頑張りますっ」


 初々しい挨拶のあとに、メンバー全員から温かい拍手が続く。

 戦時中にしては珍しい和やかなひと時。

 しかし全員の自己紹介が終わった後はすぐに会議と打ち合わせが始まり、出撃準備にかかるまで真剣な雰囲気の時間が続いた。


「……質問はないな? ないなら以上で、今回の国軍による魔族討伐のための作戦会議はこれで終わる。各自出動に備えるように」


 隊長の言葉で全員がそれぞれ準備を整える。

 初陣で緊張の糸が張りつめていると思われるウィラはギュールスに近づく。


「……どうかしたか?」


「できればずっと離れていてください。『混族』と一緒に行動したくありませんから。それだけです」


 彼女はそう言うとすぐにギュールスから離れ消え去って行った。

 孤児院育ちと言っていた。

 ギュールスも、ノームの森から追い出されて首都まで彷徨い、その街の中の孤児院の一つで寝泊まりをしていた。

 孤児院は彼を引き受けたものの、他の孤児とは格差をつけられ、彼らが世話をしている動物と同じ小屋に押し込められた。


「……あの頃も、あんなことを真っ先に言われたっけな。……俺が混族から変わることはねぇんだ。言われることも変わらねぇか」


 ギュールスの子供の頃の記憶をよみがえらせたウィラは、ギュールスの胸の内を知る由もない。

 同じ孤児、しかも十才以上も年下の者からも蔑視される。

 いつもの待遇。いつもの役目。

 この作戦の時も成功を見ずに撤退することになったが、余計な問題を抱え込んでしまった。


 いつもの撤退。いつもの捨て石の役。しかしタイミングを逸した。

 魔族との交戦が始まる。

 戦力的には差はないものの、後方支援に回るはずの、初陣のあの少女が他のメンバーと共に前線に立つ羽目になる。


「後ろに下がって……って、下がる後ろもないのか。おい! 『混族』! お前敵中に突っ込んで攻撃の手を緩めさせろ! その間に後退するんだ!」


 隊長の叫び。それはメンバー全員に、全滅という最悪の事態を予感させる。

『混族』が代名詞でもあるギュールスは、指示通り魔族の集団の中に飛び込もうとする。

 どんな指示であれリーダーからの指示から背くことはその予感を現実とする近道になる。


 しかし魔族の魔法攻撃が彼の体をかすめ飛び、その勢いに飲まれギュールスも後ろに飛ばされる。

 彼らの背後にある崖に激突し、岩が上から落ちてくる。


「っつぅ……。なんだ?!」


「ウィラーッ!」


 痛みを堪えている脇から叫び声が上がる。


 ギュールスは、その声が呼ぶ名前の少女がいると思われる、自分の横を見る。

 ウィラの頭上から岩盤が落下するのが見えた。ウィラは頭を抱えてしゃがみこむことしかできないでいる。

 言葉にならない大声の叫びと共に、ウィラを体全体で守ろうとギュールスが飛び込む。


 ギュールスに魔族の方に特攻するように命じた隊長は、その方向が違うことに慌て、正確な命令をメンバーに出せなくなる。

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