さよなら世界と雛は鳴く

塩鮭亀肉

開幕

開幕

 話し声、金属音、多くの足音……その全てを合わせた騒音が響く。日光はなく、人工の光だけが辺りを照らす。


 独特な、あまりよいとは言えない匂いが漂う。これを好きになることはないのだろうが、これで最後だと思うと、特別拒否するような気持ちは沸かなかった。それに、あまりよいもの過ぎても、どうかと思う。


「えーちゃん、本当にいいの?」


 いつものように、隣にいる少女に尋ねてみる。十四年間、いつも最後には、こう尋ねてきた。わたしの行動の最終決定権は彼女が持つ。彼女の決定に間違いはないのだろう。人間だから、間違えることだって偶にはあるけど、少なくともわたしが決めるよりは間違いが少ないし……最終的にはいつもその行動が正しかった、とわたしは思っている。


「うん」


 隣の少女は、微笑みながら頷いた。


 いつも通り、いや、いつもより優しさの籠もった笑みを見て、少し心が落ち着く。初めてのことをする時だって、嫌いなことをするときだって、その笑顔を見れば乗り越えられてきた。だから、きっと、今回も。


 今回もわたしの付き合いだって言うのに、また、わたしよりも落ち着いている。えーちゃんはすごいな……やっぱり。


 えーちゃんは、いつもわたしにつきあってくれる。どうしてわたしにそこまでしてくれるのだろうだなんて、ちょっと前まではそう思っていたけど、今なら分かる。もし、逆でも、わたしはきっとえーちゃんに付き合って、ここまで来ただろう。


 お互いに気持ちを確かめ合った。それが、本当に間違いではないことも、今なら心から分かる。うん、そうだ。




 わたしたちは、お互いにお互いが大好きなんだ。




 お互いにお互いが必要で、お互いがお互いに好きだから、こんなことまで一緒になるんだろう。そうでなければ、片方だけでここに来たはずだ。


「えーちゃん、これでよかったのかな?」


 ちょっとした迷い。やっぱり、急にいなくなったら、親は心配するだろう。特にえーちゃんの親は心配するはず。いいや、それだけじゃないのだろうけど、やっぱり、少し考えた方が良いのだろうか。ここに来て、わたしは臆病になってしまう。


 でも……


「うん」


 隣に立つ少女のいつも通りの返答が、迷いという霧を少しずつ晴らしていく。


 何度も何度も同じ質問をした。そのたびに、隣にいる少女は、それに同じ答えを返してきた。


 そうして、霧は晴れていくのだ。


 迷いの霧が晴れ切ったわけじゃこない。だけれども、このくらいなら大丈夫。これはわたしの決断。このくらいの霧ならきっと振り切っていける。


「なんか、駆け落ちみたいだね」


 そんな言葉が自然と出てきた。


 こんなことを言ったわたしは、今、どんな顔をしているのだろうか? 真っ赤っか? それとも苦笑い? もしかしたら、大真面目な顔をしているかもしれない。それにしたって、おかしなことを言ったものだ。自分のことだけど、そう思った。


 でも、そんなことにだって、えーちゃんは答えを返してくれる。


「みたいなんじゃなくて、駆け落ちなんだよ、ヒナ」


 そう言うえーちゃんは、決して茶化して答えた感じではなく、少し真面目さが混じり入ったいつもの微笑みを浮かべていた。


「そっか、駆け落ちかー……ちょっとだけ大人っぽい」


「そうだね、私もそう思う」


 他のみんなより、少し先に向かう感じ。本当はもっと先に向かうのだろうけど。


 ちらり、時計を見る。もう少しで最終ベル、いや、最終発着音が鳴るのだろう。無駄にキンキンと鳴り響くこの金属音のような音がその予告音だ。


 さよなら……心の中でそう思った。


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