第5話 真打登場

「こんな、大事な時に!」


 カキは叫びながら、禍災の出現位置を確認する。カキたちがいるのは指令で示された『第4警戒区域』だ。近くの可能性が高い。タブレット端末で確認すると、禍災の出現位置は北東、カキたちが居るのは南西だ。少し距離がある。


「絶対に誰も死なせないから!」


 カセンが叫ぶ。カキはその意気よ、とカセンに声をかけようとした。


「あんたはここで寝てなさい。死にたがり!」


 そういうと、カセンはカキの腹部を一発殴る。突然の攻撃にカキは思わずうずくまる。痛がるカキを尻目にカセンは出現場所へ走って行った。


「あいたたた……。どこまでも頑固なお嬢ちゃんね……」


 カキは痛みをこらえて起き上がり、カセンを追うように走りだした。

 カキが到着したころにはすでにリンとカセンが禍災に対して放射攻撃を仕掛けていた。


「大人しく、寝てればいいのに……」


 カキを見つけたカセンは悪態を吐く。


「たく、急に殴るんじゃないわよ! 覚えときなさいよ!」

「フン」とカセンはカキから目線を外し、攻撃に集中する。

「リンさん! 状況はどうです?」


 カキはリンに確認を取る。


「妙な感じだ。手応えがない……。これは……」

「リンさん、わたしも手応えがない!」


 カセンがリンに報告する。


「我々の攻撃が禍災の『源』に届いていない!?」


 リンは自分の分析が部下に伝わるように叫ぶ。禍災の弱点はエネルギーの元となっている核、『源』だ。だが、通常であれば、リンの攻撃範囲とカセンの射程距離をもってして核に攻撃が届かないとは考えにくい。


「『死角』が出来ているのか?」


 リンが呟く。リン、カセン、両方の攻撃に手ごたえがないのは何かが「源」を防御している可能性が高い。


「くっ! このままでは……」


 リンが珍しく後ろ向きな発言をする。状況がそれだけ追い込まれている証拠だった……。


「リンさん、エネルギーを押さえるので精いっぱいです!」


 カセンも防戦一方だった。限界はすぐそこまで来ていた。このままでは全員が禍災のエネルギーに飲み込まれてしまう……。その時だった。


「ようやっと真打登場ってわけね!」

「カキ!?」


 リンが叫ぶ。カキはカセンの攻撃と禍災のエネルギーがぶつかり、相殺しているところに立っていた……。


「アンタ、何する気よ!?」


 カセンが叫ぶ。カセンの声を聞いたカキは微笑みを返すと、リンに向かって頭を下げる。


「今までお世話になりました!」


 カキはリンに礼をする。リンは悟った。これから、カキが何をするのかを……。リンは何も言わずに深い礼を返した。その勇気を称えるために……。


「ふざけないでよ!」

 

 カセンはカキに怒りの言葉を投げかける。


「誰も死なせないって言ったでしょ!?」

「そんなこと言っても、もう私が行くしかない。それはアンタが一番分かってんじゃないの?」


 カセンはカキの言葉を否定することができなかった。自分の攻撃は相手のエネルギーを相殺するので精いっぱいだ。いや、押されてさえいる。何か打開策が無ければ、全員まとめて禍災のエネルギーに飲み込まれることは明白だった。


「それでも……!!」


 カセンは頑なに拒む。今からカキがやろうとしていることを……。


「最後にいくつか質問! ホントは自分で答えを出してほしかったんだけどね……。まず、さっきの続き! もう一度聞くわ! アンタは私達……ショウさんも含めて、エクスティンギッシャ―の考え方が間違ってると思う?」


 カキがカセンに問いかける。これが最後の会話になる。カセンはそう思った。


「思……わない……。だって今からあんたがやることは正しい……と思うから……認めたくはない……けど……」

「じゃあ、ショウさんは無駄死にだったと思う?」


 カセンは眉間にしわを寄せながら目をつぶり、絞り出すように答えた……。


「無駄死に……だったと……思う。結局あの人は……私を守ることも……禍災を倒すこともできなかったから……」

「ばーか!」


 カキがカセンに向かって柔らかい言葉を放つ……。


「無駄死にだったわけないでしょ! 他でもないアンタが受け継いでるじゃない。どんなことをしてでも仲間を守るって意思を! たしかにショウさんの最後はかっこいいものじゃなかったかもしれない。心無い人の中には無様な死に方だと揶揄する人もいるしれない……。でもアンタはショウさんから見出したんでしょ! 何をしてでも『仲間を死なせない』……仲間を守るってやり方を……だったら絶対に無駄死になんかじゃない!」


 カセンの目から一筋の涙が流れる……。カセンは安堵したのだ。今まで、カセンはショウが自分のせいで「無駄死に」したと信じていた。だが、それをカキは否定してくれたのだ……。「ショウさんの犠牲に意味はあった」、と。

 カセンは攻撃を放出していない片腕で涙をぬぐった。


「なんなのよ! アンタ! 死んでも勇敢に戦うのがエクスティンギッシャ―じゃないの!? 私の……どんなことをしてでも『仲間を死なせない』ってやり方は間違ってるって思ってたんじゃないの!?」


カキは笑いながら答える。


「それがホントに『最後の質問』よ! 私達エクスティンギッシャ―の『死んでも守る』っていう信念と、アンタの『仲間は死なせない』って信念。どっちが間違ってると思う!?」


 カキは大きな声でカセンに答えを求める。


「それは今の状況見たらわかるじゃない。私が間違ってたのよ……現実が見えてなかった。何の犠牲もなしに禍災から仲間や人を守ることは不可能だったんだ……だから……」

「ばーか!」


 再び、カキがカセンに柔らかい言葉を放つ。


「本当にガキねえ。どっちか片方だけが正しいと思っちゃうなんて……。答えは『どちらも正しい』、よ! 私の『死んでも守る』っていう信念とアンタの『仲間を死なせない』って信念。どちらかだけが間違ってるなんてアンタ本気で思ってんの?」


 カセンはカキの言葉に首を振った。


「あんたはね、確かに間違ってた。でも、それは『仲間を死なせない』って信念のことじゃない。人に嫌みを言ったり、やる気をそぐようなことを言って、その信念を成し遂げようとしたことよ。『やり方』を間違ったのよ、アンタは! ホント、不器用な奴よね、アンタ。勝手に思い悩んで、勝手に背負いこんで、勝手に結論出して、勝手なやつよ、アンタは」


 カキの言葉を聞き、カセンは小さな声で「ごめんなさい」と言った。カキは笑う。


「今度からは素直に生きなさいよ。アンタの『仲間を死なせない』って信念、私大好きだから……」


 カセンは黙って頷いた。その目にはぬぐっても収まらない涙があった。


「じゃあ、『最後のお願い』があるわ!」

 カセンは「なに?」と聞く。カセンはカキを見つめる。カキもカセンの目を見る。カキはこれから放つ自分の言葉を思って笑ってしまう。そんなことは不可能なのに……と。でもそうであってほしいと願った。


「私を最後の犠牲者にしてほしい。アンタならきっとできるから……」


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