第19話

あねさま……」

「ああ、悪い。でも、お前、そんなことを悩んでいたのか? 可愛いものだな」

「はあ……」

「大丈夫だよ、お前は若くて魅力的だ。ベッドの上での技巧というものは場数を踏めば勝手についてくるものさ。今のお前はその初々しさが売りなんだ。何も焦ることはない」

「でも……今夜の旦那様もすぐに眠ってしまって」

「ふうん、それで話しをしにここに来たのか」

「はい……」

 しばらく何かを考えていたダイヤモンド・エルは、ふと小さく息をつくと立ち上がった。

「おいで」

「え?」

「教えて欲しいのだろう?」

 ダイヤモンド・エルに、強引に手を引かれて立たされると、そのままベッドに導かれた。

「あ、あの、姐さま?」

「力を抜け」

 言うや、いきなりベッドの上に押し倒される。

「男を腑抜けにする手練手管をその体に教えてやろう」

「……え」

 すっと冷たい手がドレスの裾から差し入れられた。その指はコー・リンの内太ももを優しく撫でるようにつたって奥に入り込むと、柔らかな愛撫が始まった。

「あ、姐さま!」

「先ずはお前の体をほぐさねばな。熱くなってやがてとろけるその体に、いろんなことを教えてやるよ」

 ダイヤモンド・エルの巧みさに、ああっと声を上げそうになる。

 ……まったく、何だってこうなるのやら。また変態呼ばわりされてしまうじゃないか。

 それでもこれは好機には違いない。

 彼女の愛撫に身をまかせつつ、コー・リンは腰に差している碧い剣の柄にそっと手を添えた。タイミングを計って剣を抜こうとしたその刹那、強い力でダイヤモンド・エルが彼の腕をひねり上げた。

「残念だが、ここまでだ」

 低い声で耳元で囁くと、ダイヤモンド・エルは、コー・リンをベッドに押し倒したまま、半身を起こした。碧い剣を取り上げると、それをつくづくと見る。

「ほう、美しい剣だな。しかしこんな飾り物のような剣で私を殺せると本気で思っているのか?」

「……あ、姐さま、あの、ご、誤解です。殺すなんて」

「お前、誰だ? ルカの姿をしているが、ルカではないな? 何か術を使っているのか?」

「何の話しですか? どこをどう見ても私はルカです」

「確かにな。だが、違う。ルカはそんな上品な話し方はしない。あの子は貧民街で育った粗野な子だ。客の前での礼儀は叩き込んだが、私の前だと安心するのか、いつもの態度と話し方に戻る。……残念だったな、お前の品の良さが命取りになった」

「ああ、そういうことか」

 観念したようにがっくりと力を抜くコー・リンを冷たく見下ろして、ダイヤモンド・エルは重ねて言った。

「もう一度聞くぞ。お前は誰だ。何故、私を殺そうとする? 誰の差し金だ? 話してくれれば命は助けてやろう。お前の雇い主の倍の金を払ってやってもいいぞ」

「雇い主の名前? 私のような下賤の者が知るわけがない」

「話す気がないなら、お前を殺すしかないな。……トーイ!」

「お遊びは終わったのかい?」

 奥からのろりとトーイが姿を現した。手には黒光りする鞘に収まった刀を持っている。

 ほう、刀とは珍しい。

 他人ごとのようにコー・リンは冷静に観察した。

 幼少の頃、図鑑で見たことがある。

 極東の国で主に使われている反りのついた片刃の剣。自分が持つ碧い剣のような真っ直ぐな両刃とは違い、斬撃に適し、騎馬戦において使用するに有利な武器とされていた。

 その一見、扱いにくそうな刀を、トーイは慣れた様子で手にしている。自分をみつめるコー・リンをどう思ったのか、にっと不敵に笑うと彼は言った。

「こいつを殺していいのか。姿はルカだぞ」

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