反乱する親しきもの

0120

当日 -1-

 奴隷の気持ちなんか考えてもいなかった。私にとって奴隷とはいつもいるものだし、便利なものだし、ある意味で親しいものだったのだから。私が十を数えるぐらいに、まだ子どもの奴隷が私に付けられた。銀色の髪をした、大きな目が可愛らしい女の子だった。


 最初はその子が奴隷だなんて思いもせず、ただ新しい友人ができたと思って純粋に喜んだ。でも奴隷だったから、私の世話はしてくれていた。食事から、掃除から……色々なことを。そして一緒に学びもした、遊びもした。奴隷の子と一緒の部屋で寝てはいけない、そんな言いつけも守らずに、夜の間はその子の部屋で一緒に過ごしたりもした。あまり口数の多い子ではなかった。けれども優しい子だった。気配りも良くて、素敵な子だとも思っていた。


 私はその奴隷の子に危害を加えたりはしていない。子どもの頃から一緒にいて、ある意味で友達のように一緒に過ごして、共に成長していった。その子も私のことをとても仲の良い友達だと思っている、そう信じていた。


 でも、その子はあの日、そこにいた。


 奴隷の反乱。各地で奴隷たちが反乱を起こしていたのは知っていた。私はこれでもこの領地の主の子なのだから、ある程度の勉強はしている。けれどもまだ若いから、それほど熱を入れて勉強をしているわけではなかった。むしろ優先していたのは、テーブルマナーや語学と言ったような、基礎的なことばかり。それに計算や歴史、あとは私の希望で考古学なんかを学んでいた。


 私は、どうやら物覚えが良い方らしく家に来られている先生からも、褒められていた。良い家主になれますよ、常々そう言われていた。


 だからこそ、その領地で起こった奴隷の反乱で真っ先に狙われたのは、私だった。


 いつものように、言いつけを守らずにその子の部屋に潜り込もうと、木製の扉を開ける。けれどもそこにいたのはその子と……幾人かの、顔を知っている奴隷たちだった。



「……こんな夜更けに、何をしている?」



 奴隷がこの夜更けに出歩くことは禁止されている。そもそもその子の部屋は私の部屋の近くにあるため、他の奴隷が入るのは許されていない。私もそろそろ家主としての自覚が出てきた頃合いと言うこともあって、口調が強くなる。けれども、まだまだ甘かった。


 奴隷の反乱が起こっていること、そしてこうして一つの部屋に、それも私の部屋の近くに奴隷たちが集まっていることについて、もっとよく考えるべきだった。ここは夜な夜な私がやってくる、ある意味でもっとも狙いやすい場所なのだから。



「わりぃな」



 そう言った奴隷の顔は、よく知っているものだった。その子と仲が良く、私とも話したことがある。気の良い人で、喋りやすい。



「アンタさんはわるかねぇよ、だが旦那さんがねぇ」



 その男の言っていることを理解できず、首をかしげ……その子の顔を見て、ようやく察した――……時にはもう遅かった。気づけば両手を二人の男に取り押さえられ、叫びかけた口は大きな掌で塞がれる。あまりもの突然なことに、しかし叫び声を上げることはできず、助けと説明を求めるようにその子へと顔を向ける。


 その子は私を見て、目を細めた。



「……その方に乱暴はしない約束ですよ」



 説明よりも何よりも先に声をかけたのは、私を取り押さえている男どもに対してだった。わかっていると、私を取り押さえている男たちが応える。しかし力を抜くようなそぶりは見せない。普段は農作業をしている屈強な男たちだから、私の力では抜け出すこともできやしない。



「申し訳ありません……ですが、わたしも説明をしている暇がないのです」



 私を見る大きな瞳に、確かな力強さが垣間見える。そしてそのことはきっと私を不幸にする、そんな予感がした。確信があった。



「……貴方は殺しません、ですが……」



 静かに言い放ち、その子は私に背を向け、私を取り押さえる二人の男を残し、部屋から出て行ってしまった。何が起こったのか、察してはいるが……まだ信じることができやしない。


 あの子がこの反乱の首謀者なのだろうか。


 信じたくはないが、あの口調から察すると……きっと、そうなのだろう。頭の良い子だし、私と一緒に勉強もしていて文字の読み書きもできるし、何より私に最も近い存在でこの屋敷の構造も理解しているだろうから……なるほど、首謀者になるのも理解できる。


 けれども、なぜ? それに、なぜお父さまがこのことに気づかなかったのだろう。お付きの予言者は何をしていた? このことは予知できなかったのか? 予知をしていたのならば、なぜ言わなかった?


 ……それとも、これもすべて予言通り?


 乱雑な憶測が脳内を支配する。いや、考えるべきはそうではない。私はきっと、交渉の道具にされるのだろう。最悪、殺されるのかも知れない。


 恐怖で頭が白くなりそうになるのを、必死で堪え忍び……この場からの脱出手段を考えた。



-----



 思った通り、あの方は暴れなかった。けれども信じられないと言ったようなあの表情を、わたしは忘れなければならない。あの方を不幸に陥れる。子どもの頃から一緒に過ごして、無二の友人のあの方を今日、裏切ってしまう。せめてあの方の命は奪わないように、頼み込まなければならない。


 遂に今日という日が来てしまったのだと、今更になって身震いが止まらなくなる。あの方の命を引き替えに交渉し、なるべく時間を稼ぐ。旦那さまは頭の固い方だから、きっと交渉は難航するだろう。その隙に、別の仲間たちが武器を手に入れる、そんな手はずになっている。


 この反乱が終わったあとの安全は保証すると、あの協力者は言っていた。信用して良いかどうか私は迷ったけれど、多くの仲間がその言葉に乗ったため、わたしも協力することになった。


 あの方と過ごす生活は……悪いものではなかったけれど、やはり私も外に出たい。

色んな場所に旅をしたい。自由が欲しい。


 長く、薄暗い廊下。両脇に窓は取り付けられておらず、いくつかの蝋燭だけが風もなく揺れる。この奥に、旦那さまの寝室はある。そこで旦那さまは眠っているはず。護衛は三人で、それぞれが剣の達人……とは言いすぎか。それでもかなりの手練れには違いなかった。



「不安そうだな」



 わたしに付けられた護衛の一人で、決して背の高くはないわたしと同じぐらいの背丈の男性が、おもむろに口を開く。



「……色々と、不安要素はあるわ」



 別働隊は武器を手に入れることができるだろうか。兵は動き出さないだろうか。旦那さまはどんな顔で、どんなことを言うだろうか。あの気持ちの悪い口調で暴言をわめき散らし、聞くに堪えぬことを宣うのだろうか。


 できることならば、旦那さまに会いたくはない。あの醜悪な姿を、目に入れるのが嫌だから。



「やるしかないの、コインはもう投げられたのよ」



 この反乱が成功すれば、わたしたちは自由を手にしてようやく世界に解き放たれる。協力者は、あの方の身はわたしにくれると約束してくれた。だから、不幸のどん底に叩き落としてしまったあの方を、今度はわたしが幸せにするのだ。


 その為にもこの反乱は、確実に成功しなければならない。もし失敗すれば……わたしも、あの方も、仲間も全て不幸になる。


 それだけは許されない。



「……大丈夫よ、きっと」



 自分に言い聞かせるように、呟く。大丈夫、失敗なんかしないはず。

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