第19話

【時は第1話へ】



「美香、初日はどうだった?」


「疲れたぁー」


「そりゃあ、そうね。まぁまだまだこれからよ。頑張んなさい」


「うん。初任給出たらご馳走するね」


「楽しみにしてるよー」



4月末、仕事帰りに美香と待ち合わせて食事をすることとなった


広い公園の中に建つ洒落たレストラン

夜はライトアップされ、木々が店の大きな窓から見渡せた


美味しいお料理を口に運びながら、

いろんなこと、話した


職場でのこと

美香の彼のこと


次から次へと話す美香を見てると、

今日あったことを車の中で毎日、一生懸命に話してくれてたあの頃を思い出してた


「美香、そろそろ帰ろっか」


「あっ、うん、

あの...あのね、今日はお母さんに謝りたくて...」


「何を?」


「お母さん、私が小学生だった頃、

平井先生のことが好きだったでしょ?

うううん、今も好きでしょ?」


「いきなり、どうしたの?」


「私が悪いの。

私がお母さんから先生を奪ったの」


「何言ってるの?美香」


「あの時、おばあちゃんに言ったのは私なの。

毎晩遅く、誰かに電話してるお母さんの声が聞こえて...それで...それが先生だとわかったの。

きっと、私はあの時、お母さんを先生にとられるんじゃないかと思って...淋しかったんだと思う。

本当にごめんなさい」


「.....そうだったんだ。

お母さんの方こそ、ごめんなさい。

美香、ずっとそのこと、心に引っかかってたんだね」


母は優しく微笑むみながら、続けた


「そうねぇー、もう美香も大人だものね。

白状しちゃおうかな。

確かに、お母さんは先生のこと好きだった。

でも、違うよ。おばあちゃんに言われたからじゃない。

お母さんは自分で先生とサヨナラしようと決めたの」


「じゃあ、もう、先生のことは忘れた?」


「うん、忘れたよ」


「お母さん、嘘つきはダメって、いつも言ってたよね?バレバレだよー」


「そんなことないよ」


「ふーん。じゃあ、結婚指輪はしてないのに、どうして、そのピンキーリングはしてるの?

それ、先生にもらったんじゃないの?」


「あっ...」


「ほらぁー、慌ててる。

フフフフ、もう、素直になりなよ」


「そうね、嘘はダメよね。

でも...もう10年よ、いい思い出

きっと、先生も幸せにしてると思う」


窓から見える三日月を眺めながら、穏やかに答えた母


お母さん、変わってないね

悲しい時

淋しい時

空を見上げる癖


私は母と先生を引き離してしまったという自責の念をずっと持ち続けてきた


教師になったのも、母と平井先生を引き合わせたい、そんな思いがどこかにあったからかもしれない


でも...先生はいなかった

転勤したのか、

退職したのか、

全く手がかりはなかった


母の左小指には今日もアメジストのピンキーリングが光ってた



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