昆虫学園 〜そんなことブリ子は気にしない〜

かがみ透

第1話 転入生と学食

「えー、今日からこのクラスで一緒に勉強することになった、転入生を紹介する」


 担任が黒板に名前を書くその横で、彼女は元気一杯な笑顔で言った。


五季ゴキブリ子でぇーっす! よろしくお願いしまぁ〜す♡」


 茶髪のストレートヘアの毛先は内巻きに丸まり、長いアホ毛が両サイドに下りている。


「『ゴキ』の濁点を取っただけでちょっと可愛くなるのでぇ〜、『コキちゃん』って呼んでください♡ だからぁ〜、GじゃなくてCだよっ♡」


「けっ、ブリッコが!」


 腕組みをして毒づいたのは、生徒会長のカブトだった。クラスの中でも特に大柄だ。


「キモいですね。しかも、髪に生花なんか付けて、立派な校則違反です」


 隣で賛同するように頷いた、眼鏡をかけたクールな黒髪のイケメン男子・鍬形クワガタは、眼鏡を押し上げ、軽蔑したようにブリ子を見る。


「ええ〜っ! ダメなんですかぁ〜!? じゃあ、明日からピンにしますから〜!」


「今日は仕方ない。明日から気をつけるように」


 涙目になるブリ子に、担任教師が怒ることなく、通常の口調で注意をうながした。


「あ〜あ、転校生っていうから、可愛い子想像してたのに」

「なんで、あんなヤツが!」

「あのアホ毛、見ただけでぞわぞわするぜ!」


 あちこちでそんな声が聞こえてきても、ブリ子は気にも留めなかった。


 だからこそ、あたしには野望がある!

 それは、この学校で人気者になってみせること!


 うふふふふ……


 思わず、笑い声がもれてしまう。


「コキちゃん」


 休憩時間に話しかけてきたのは、赤い生地に黒い水玉模様のリボンをした黒髪の天道てんどうななほと、黒い長髪の美しく、切れ長の瞳も美しい、大人びたみなもとほたるの女子二人組だった。


「先生が、このクラスにはちょうど生徒会執行部がそろってるから、転入生にはいろいろ教えてあげなさいって。わたしは書記の天道ななほ」


 人好きのする笑顔だ。


「私は会計の源ほたる。わからないことがあったら、何でも聞いてね」


 ほたるは同級生とは思えないほどの色気が、黒髪の隙間からのぞく首筋や、その細い四肢からも漂っていたが、せいぜいブリ子が注目したのは、女子でも見とれてしまうほどの素敵な笑顔だなぁと、そんなところだった。


「ありがとう。よろしくね!♡」


 肩をすくめて、小首を傾げ、手をパーに開いて、笑顔を振りまく。


「あ、……ああ、うん、よろしくね!」


 二人は、「少し引いてるのかしら?」と思えるような引きつった笑顔に見えたが、そんなこと、いちいちブリ子は気にしない。


「コキちゃんちは、何人家族なの?」


 ななほが訊く。


「う〜ん、そうだねぇ、ちゃんと数えたことはないけど、ざっと一〇〇人くらいかなっ」


「えっ!?」


 ななほとほたるから、笑顔が消えた。


「知らない間に、どんどん生まれてるからねぇ〜」


 ななほとほたるだけではなく、それが聞こえた周辺の席では、一気に動揺していた。




 移動教室の授業でも、二人は親切に案内し、ブリ子の席も教えた。

 そのついでに、理科室、音楽室、図書室、体育館のだいたいの場所を教えた。


 昼になると、弁当を持って来なかったブリ子のために、二人は学食に案内した。


 「クヌギ食堂」では、既に陣取られているテーブルが三カ所ほどあった。

 女子の団体、男子の団体の中にひとりだけ女子がいる。

 そして、同じクラスの兜と鍬形に、二人ほどの男子も一緒に座っている。


「まずは、食券を買うんだよ」


 ななほが、券売機を指差すが、既にものすごい人だかりである。

 ブリ子は、目を見張った。


「食券を買うだけでも大変なんだね」


 彼女が買う頃には、パンや麺類などの人気メニューはほとんど売り切れであった。


「あの人たちは、なにかなぁ? 場所取ってるの?」


「ああ、女子の団体は、蜜橋ミツバシさんたちスイーツ部の人たちだよ」


 と、ななほが答えた。


 中央に、ゴージャスに巻いたロングヘアに、つけまつ毛をしたバッチリメイクのお嬢様、いや、女王様風女子が一際目立つ。


 残りの地味な女子たちは、女王様の周りで待機する者と、食券を持ち、受け取り口で並ぶ者とに別れていた。


「男子の中にひとりだけ女子が混ざってるあそこは、蟻川さんて女子がキャプテンの野球部ね」


 黒いショートヘアの似合う、黒目の大きい女子に、地味な男子たちがはべり、やはり同じように並ぶ者とに別れている。


 そして、兜や鍬形がいるのは、『ビートルズ』を名乗る生徒会執行部だという。


「生徒会の人たちって、仲がいいんだね〜! お昼も一緒に食べるんだぁ?」


「ああ、あそこの男子たちはね。私たちは、特に一緒には食べないけど」


 と、ほたるが答えた。


 なんとか食券を買えたブリ子たちは、注文受け取り口に並ぶ。


 先に並んでいたスイーツ部女子たち、野球部男子たちは、役割分担の通りに手際良く食べ物をテーブルまで運んでいた。

 感心するように、ブリ子はそれを見ていた。


 兜たちは、既にガツガツと食べ始めている。


 その時、もう一つの受け渡し口に、運ばれてきたものがあった。


「本日のスイーツだよ〜!」


 食堂のおばちゃんの声に、生徒達が一斉に振り返る。


 へー、本日のスイーツってなんだろう? と、ブリ子が目を輝かせて見ていると、どどどどど! と、ただならぬ地響きがした。


「どけ!」


 一斉に生徒達が押し掛ける中、後ろから割り込み、次々と蹴散らしていくものたちがいた!


 それは、兜と鍬形であった!


 二人は目の色を変え、生徒たちをはねのけ、一番乗りとなった。

 本日のスイーツであるゼリーを手に入れたかったようだった。


「ああっ! 貴重な高タンパクゼリーが、今日もあいつらの手中に!」


 くずれおちていく生徒たちの嘆きの声に、ブリ子は、その光景を、口をぽかんと開けて見ていた。

 兜と鍬形は、食券と引き換えに、茶色いゼリーと、赤、黄色、緑などのゼリーを大量に抱え込み、二人はテーブルに戻った。


「高タンパクゼリーはプロテイン入りで、運動部の誰もが欲しがってるんだよ」


 ななほが、可愛らしい声で解説した。


「兜くんと鍬形くん、普段はカッコ良くて凛々しくて、学園中の人気者なんだけどね……」


「食べ物に関しては、横暴でね……。どうしても、譲れないみたい」


「だから、コキちゃん、お昼はお弁当を持ってくるのをオススメするよ」


 ななほと、ほたるは、疲れたように笑い、ブリ子は、「そうなんだぁ〜……」と茫然としていた。

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