父娘の溝

 ご飯の連絡は、良庵さんが居なくなってからすぐに来た。

 

「ほんま……遠いとこ、よー来はったね―」

 

 物腰の柔らかい随分と可愛らしい女性は、良庵さんの奥さんで加奈子かなこさんと言うそうや。

 俺のおかんお母さんも利伽のおばちゃんもそうやけど……どうにもこのの女性は年齢より遥かに若く見える……らしい。

 

 兎に角、加奈子さんの案内で、俺等は居間まで通された。

 そこには、家庭的やけど豪華と言って申し分ない料理が、テーブル一杯に置かれとった。

 

「うわ―……」

 

 俺、利伽にビャクと蓬も、なんや豪勢な食卓に感嘆の声を上げた。

 

「さぁさぁ、そんなとこ立ってんと、早う座りや」

 

伊織いおりを呼んできますね」

 

 俺等が恐縮気味で席につき、加奈子さんがパタパタと廊下を小走りで駆けていった。

 新しく出てきた「いおり」って名前が、まぁ良庵さんとこの娘やろな―。

 

 そうこうしているうちに再び居間の襖が開き、加奈子さんが戻ってきた。

 

 ―――後ろに、少女を引き連れて。

 

 それが良庵さん達の娘さんやっちゅー事は、考えんでも分かる話や。

 何歳くらいやろか?

 見た感じやと、小学生高学年か……中学生って感じか?

 ひょっとしたら、神流かんなと同い年かもしれんな―……。

 

「は……はじめまして……。じ……神宮……伊織言います」

 

 顔を真っ赤にして、言葉につまりながら伊織はペコリと挨拶した。

 ちょっとぎこちないけど、最初の挨拶としては上出来や。

 ひょっとしたら、俺よりしっかりしてるかもしれんな。

 

「初めまして。八代利伽言います。宜しくね」

 

「俺は不知火龍彦。宜しくな」

 

「タッちゃんの許嫁でビャク―言います―」

 

「……蓬と言います……」

 

 4人から立て続けに挨拶を受けた伊織は、真っ赤な顔をキョロキョロと4人に向けて、ゆーたら軽いパニック状態や。

 

「ちょっと、ビャク―? どさくさに紛れて、何をゆーてるん?」

 

「え―――? 別にえーニャん。ほんまの事やし」

 

「誰も納得してないから……問題……」

 

「おいおい、こんなとこで言い合いなんかすんなよ……恥ずかしい。それに、良庵さん達も戸惑っとるやろ」

 

 俺の仲裁で、利伽と蓬はしゅんと大人しくなったけど、ビャクは何でか勝ち誇った表情や。

 

「いやいや、賑やかなんは久しぶりやからえーねんけど。伊織がその……ちょっと人見知りでな―……」

 

 そう話す良庵さんの表情も、ちょっと困ったって感じや。

 んで、当の伊織はっちゅーと、入り口辺りでモジモジとして部屋の中に入ってこーへん……っちゅーか、入られへんって感じや。

 けどいつまでもそんなとこに突っ立ってもおられへん。

 加奈子さんに促されて、伊織も恐々……何や恐縮するように部屋に入って自分の席に着いた。

 

「ほな、まぁ、食べようか」

 

 朗らかな良庵さんの合図で、俺等は少し遅めの晩飯を開始した。

 

 

 俺だけやったら、沈黙で飯の味もわからんかったやろ―……。

 なんせ相手は女の子。

 どう見ても、社交的……とは言われへん。

 俺は俺で、そんなに女子との会話が得意な訳やない。

 っちゅーか、苦手や。

 そらー、利伽とか神流、ビャクや蓬とは普通に話せる。

 けどこいつらは所謂……家族や。

 利伽と神流はちっちゃい頃から一緒やし、ビャクと蓬も今は一緒に暮らしてる。

 何より、色んな修羅場を共に潜り抜けてきたってゆー連帯感がある。

 

 でもこれが、同級生ともなればそうもいかん。

 俺等はモロ、思春期真っ只中や。

 嫌でも異性を意識してまう。

 

 ま―、そんな事は抜きにしても、やっぱり「他人の女の子」と喋るっちゅーのはそれなりにスキルが要るもんで、俺にそれは……ない。

 

「へ―……。伊織ちゃんて、中学一年生やねんな―」

 

 ともすれば沈黙の重たい空気になり兼ねへん雰囲気を振り払ったんは、利伽とビャク、んで蓬からによる女子トークやった。

 

 最初は警戒心……やろうな―……此方に向けてた訝しげな表情も、あっちゅー間に無くなって、今は照れながらも普通に会話してる。

 

 ……まぁ、俺とは挨拶以来、一言も話してへんけど。

 

「……それで……此方のゆーんは、どんな感じなんですか?」

 

 伊織との会話が一段落したんか、利伽は姿勢を改めて良庵さんに話を振った。

 話の切り出し方としては唐突やし、聞き方もかな―り大雑把やけど、それもま―……しゃーない。

 何ちゅーても、俺等は高校生やからな。

 そんな“大人”みたいな話術なんか持ってへん。


「そうやな―……。私が宮司になって、こんな状態は初めてや」

 

 利伽の言い方に気分を害した様子もなく、良庵さんはにこやかな笑顔を答えだした。

 

 顔は……笑っとる。

 けど……目が笑ってへん。

 

 自然、俺と利伽は身を乗り出し、良庵さんの話に集中する。

 

「ここいら周辺におる化身は、どれも力の弱い……元来は大人しい化身ばっかりやった。中には“跳ねっ返り”もおって、私の封じる霊穴に近付こうとする輩もおったけど……大抵は私の張る結界に阻まれて近付けんかったんや」

 

 霊穴っちゅーのは、完全にそこから漏れ出す霊気を封じるんは難しいとされてる。

 規模と術者の能力にもよるけど、大抵は僅かながら霊気が漏れるんも仕方ない。

 けどそのまま放っといたら、そのわずかに霊気に引き寄せられた化身が近づいてきおる。

 だから封印師は、霊穴……若しくは自分が封じる霊穴周辺一体に結界を張って、化身の接近を防ぐんや。

 

 封印師は、優れた結界師でもあるっちゅーこっちゃな。

 因みに、結界の力は封印師の技能に比例するって聞いてる。

 

「けど最近は、何や霊穴に近付こうって化身が増えてな―……。それどころか、徒党を来んで一気に押し寄せて来たりもするんや」

 

 ここからが話の核心やな。

 

「徒党を来んで……? リーダー格の化身でも現れて、そいつがこの辺りの化身を纏めてるんやろか……?」

 

 利伽はポツリとそうゆーたら、難しい顔で考え出した。

 ま―……俺の意見でゆーたら、そんな奴がおるんやったらそいつを倒せば済む話なんやけど。

 

「それも含めて、調べてもらおう思てみそぎさんに連絡したんや。化身の侵入を阻む為に、霊穴の力をアテにし過ぎてなぁ―――……。強力な霊気にやられてもうて、逆に力が出ん様になってしもたし……」

 

 それで良庵さんの力が弱まったんか……。

 それにしても、憶測でしか分からんのやったら、ここでの結論はでんやろな―……。

 兎に角、明日から調べるしかない。

 

「それで……今は伊織ちゃんが代わりに封印してるって聞いたんですけど……」

 

 利伽も同じ考えなんか、話題を伊織に変えてきた。

 

「う―……ん…。とりあえずそうして貰ってるんやけど。伊織にも学校があるしな―……」

 

「お父さん、私は学校よりもここの方が大切やねん」

 

 良庵さんの呟きに突然、猛然と伊織が噛みついた。

 ……あ―……この話は親子の間で何回もされたんやろな―……。

 

「あのな、伊織……。ここを守るとか継いでいく何てよりも、お前の先の人生の方が大切なんやで? 人生を歩んで行くためには、ある程度の学歴と、それなりの交友が必要や」

 

「学歴がなくても、交友が少なくても成功した人は一杯おる。必ずしも必要や無いやろ!」

 

「必ずやなくても、それに近い位のもんなんやけどな―……」

 

 良庵さんは親の視点で、伊織は子供の視点で討論しとる。

 こうなったら、間違いなく平行線を辿るんやけどな―……。

 思春期ゆーたらそれまでやけど……今、目の前にある問題が事態を性急にしとる。

 早期の解決に急かされてるって感じか。

 

 ……たった一手で全てが解決するなんて、世の中そんなに簡単や無いんやけどな―……。

 

 かとゆーて、俺にも妙案がある訳やない。

 利伽にもないみたいで、この場はこれでお開きとなったんや。

 

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