死神の逆位置

第1話

シミュレーション仮説。

そんな言葉を聞いたことはあるだろうか。

この世界はコンピュータによるシミュレーションである、という仮説だ。

それを聞いたとき、私はこう思ったのだ。

もし、この世界が仮想の箱庭でしかないのなら、外を見てみたい。

別に、変な願いではないはずだ。

未知への興味。

ただ、それだけのことなのだから。

まあ、厨二病みたいなものだ。

叶うはずの無い願い。

だけど、何の因果か、私の願いは叶ってしまった。






いつもの朝。

いつもの目覚め。

いつもの様に路地裏スラムに日が差す。

私は健全な女子高生だったのに、こんな目覚めが日常になってしまった。



この世界において、私はお尋ね者だ。

外側の人たちから見ると、私は脱走した実験動物。

しかも猛獣の類である。

幸いにも、生け捕り狙いのようだが。

まあ、逃げるのは難しくは無い。

外側特有の素粒子魔素の作用によって形作られた情報生命体。

それが、今の私。

今の私には質量が無い。

だが、質量がある、という情報があるのだ。

結果、そこに質量が生まれる。

体温、呼吸に伴う気流、その他諸々も同様。

だから、自分を構成する情報を弄れば簡単に変装できる。

人間の知識や記憶を喰らい、自分のものとすることもできる。

そして、私は空を飛べる、みたいに改変も可能なのだ。


「今日は、どこに行こう。」


青い空が、瞳に映った。

そうだ、今日も空を飛ぼう。

変装を解除し、元の姿に戻す。

さらに、天使の様に羽を生やす。

そして、飛び立った。







青い空に、銃弾の雨が降る。

私は今、戦闘機と鬼ごっこをしていた。


「ねえ、また遊んでね!バイバイ!」

「あ、悪魔め……」

「むぅ……」


個人的には天使と呼んでほしい。

まあ、天使も悪魔も大して変わらないし別にいいか。


「それっ!」


情報を弄って具現化した刀を振るい、主翼を切り落とす。

これで、最後の一機を落とした。

この青い空を私が独り占めだ。


「故郷の空も……青かったな。」


そして、ここに来た日のことを思い返していた。





あの日の故郷も晴れていた。

樹の枝の上でうたた寝をしていたときのこと。

誰かに呼ばれた気がした。

だから、空中を踏みしめ、駆け出していったのだ。





二次元の存在フィクション三次元現実に呼び出そうとした研究者オタクがいたらしい。

そして、私を実際に呼び出してしまった。

それは彼の独断の上、違法行為。

当然、すぐにバレた。

警察が突入するまでの間に、私の能力について故郷の言葉で書かれたメモを受け取った。

さらに、「僕を食べろ。」とも。

警察に、彼の頭を齧っているところを発見され、猛獣扱いを受けることになってしまったのだが。

そして、そこから逃げ出し、今に至る。


回想終了。



「ああ、それにしても空が綺麗だ……」


世界が変わっても、空は美しい。


「そういえば、今の私ならワームホールを通過して別の宇宙に行けるかも?」


異世界旅行だ。

どんな空が待っているのだろう。

青くないかもしれない。

例えば、スチームパンクのように、真っ黒な空かもしれない。

夢のある話。

そして、それは決して夢物語では無い。

だって、私はここにいるのだから。

まだ、旅路は始まったばかり。

しばらくは、この世界を楽しもう。







「次のニュースです。本日13時ごろ、天使エンジェルが空軍機12機を撃墜、これを受けて国家保安委員会は天使エンジェル最優先排除対象に指定しました。また、ワールドシミュレータ『ユニバースⅡ』の破棄が決定、一週間後に行われます。」







残念ながら、この世界を楽しんでいるわけにはいかなくなった。

故郷が消えるらしい。

黙って見ている気はさらさら無いが、故郷を存続させることは不可能だろう。

自首して取引は可能かもしれない。

だが、やりたくない。

モルモットは嫌だ。

いっそ、全部食べてしまおうか。

そうすれば、故郷は全て私の糧となる。

今、私は人間数人分の情報量リソースを保有している。

数人分でも、一人分だったときに比べればまるで全能なのだ。

宇宙一つ分の情報量リソースなら。

一体どれほどのものだろうか。

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