2/儀式の旅は不運に塗れ 其ノ一





 『勇者の止まり木館』に着いてから3日目の朝。

 オレは中庭で剣を振るう。

 毎日続けている行為なので、大した苦労ではない。だが今日初めて握った武器で試練に挑むのは不安で、取り敢えず振ってみる事にした。

 両手剣、片手剣、消耗品として投擲用の短剣。

 この3つを受け取った訳だが、この剣には重大な欠点があった。

 刃がないのだ。

 本来鋭く暴力的な刃があるはずの場所には薄く溝のようなものが走っているだけ。しかも、他の部分に宝玉のような玉石が嵌め込まれたりして異様にゴテゴテしている。

 その癖、前に扱っていた武器よりも軽いのだから、感覚が狂う。なんでも使って戦う、武器がなければ道端の石ころをぶん投げるのが傭兵流儀。

 とは言え、今まで使っていた物と明らかに違えば鈍る。鈍った剣で人を守るのは、少々心元なかった。


「どうだい? そいつの使い心地は」


 聞こえる声の方向に目を向ければ、そこには婆さんが立っていた。

 十年という年月会っていなかったっていうのに、その姿は相変わらずだ。つくづく、《勇者》は化け物なのだなと納得する。


「……軽いから振り抜けそうで怖い」

「あはは、まぁそうだろうね。でもそういう意味じゃない。

 ギフトはちゃんと働くかい?」


 その言葉に、ああその事かと納得する。オレには、この世界に来てから得られた特殊な能力がある。

 もっとも、これもまたオレの存在そのものと同じで珍しい部類ではあっても唯一じゃない。似たように固有の能力をもらったり、生まれた時から持っている人間は割といる。

 オレの場合は、二つ。使い勝手が良いのは、サシャを見る時に使った目。

《看破眼》と勝手に名付けたその目は、起動すれば凡ゆる幻術による偽装を見透かし、対象の本質を見抜く。この目は便利であると同時に面倒だ。

 例えば商売女が幻術使って美人に見せていたりすると、それを見抜いてあっさり醜女っぷりが露見したり。

 ……まぁ、目の前の婆さんは、実際の姿もそう悪いものじゃないが。

 婆さんが言ったのは、オレのもう一つのギフトの方だ。


「ちゃんと使える。前より切れ味が良いくらいだ」


「そうだろう。アンタのギフトは、ありゃあ剣さえ握ってりゃ鈍だろうと鋭かろうと関係がない。

 なら、逆の発想。刃がなく純粋なアンタのギフトだけで斬りゃ、切れ味が逆に良くなるんじゃないかと……おかげで上手くいったね。うちの技術者は腕が良い」


「だけど、余計な機能も付いているな、これ」


 剣というより、ちょっとした魔術機械アーティファクトのようなそれを見せると、アンクロ 笑みを浮かべる。


「斬るだけじゃ芸がないだろう?」


 ……やっぱり婆さんの差し金か。

 溜息を吐いてさも不満ですと演じてみるが、確かに悪くない。

 今まで斬撃が効かない相手には武器を変えギフトを使わない方針だったが、これならば武器を持ち代える機会も減る。

 これから旅をし続けるならば、荷物は最小の方が良いしな。


「……あの子の事、よろしく頼むよ」


 アンクロの珍しく優しい言葉に、オレは驚きを隠せなかった。


「意外だ。アンタは素直じゃないと思っていた」

「本人がこの場にいるなら、こんなにさらっとは言えないだろうけどね……あの子は、友達がいないからねぇ。

同年代のアンタに、優しくしてやってほしいのさ」


 アンクロの表情は、言葉は、記憶のないオレにも、「母親」に見えた。


「まぁ、事情はあの子から直接聞けば良いが、ちょっと常識に癖がある子だから。

 アンタは、まぁ話した感じあんまり頓着する柄じゃないんだろうから、受け止めてやってほしい」

「……そいつは、約束出来ない。

 オレにも目的があって、やりたい事がある。主人になるとは言え、アイツの心まで面倒は見切れない」


 どこまでいっても、人間は他人の為には動けない。

 我が儘。自己中心的。

 それが人間の本性だと、戦いという場に多く身を置いていたから知っている。

 結局誰かの心を慮ったり、守ったり、救ったりなんか出来るわけがない。

 だが、


「……だけど、命くらいは守っておいてやる。生きてりゃ、テメェで勝手に答えを見つける。悩んでいるなら、だけどな」


 生きていれば、人間どうにかなるもんだ。

 オレがそうだったんだから、間違いない。


「……ああ、それで上等だよ。

 なんだいなんだい、《眷属》になる前から《眷属》がなんたるかを心得ているじゃないか」


 言葉はいつも通り軽薄なものだったが、その笑顔は安堵からくるものだとオレでも分かった。









 次の代の《勇者》を生み出す時、その候補者は三つの試練を潜り抜けなければならないと言われている。

 第一の試練は、美しの泉に行くまでの道程。数多の困難が待ち受けているそうで、先代勇者がその内容を決定する。

 第二の試練は、美しの泉で精霊王からの試練。内容は精霊王自身がその候補者に合わせて決める為、全くの未知。

 そして第三の試練は、内容どころか誰が決めているのかも分からない。


「さて、それでは見送りの儀を始めるよ。準備は良いね?」


 村の中心にある広場で、アンクロがそうサシャに告げる。

 誰一人家から出てきていない、見送りの儀とは言え、見送ってくれるのは五人だけだった。

 一人は先代勇者であるアンクロ。

 二人目は紳士然としている二ノ《眷属》、《隼》のリヴァイ。

 三人目は、サシャは良く知っている世話係にして、三ノ《眷属》、《シャドウ》のリラ。

 四人目は、三メートルは裕にある巨体に、鋼鉄城塞のような全身鎧フルプレートを着ている男。

伺い知れぬ顔は人を不安にさせるが、サシャはそんな姿をしていてもとても優しい人物であることを知っている。半巨人族ハーフジャイアントの一ノ《眷属》、《城塞》のグリムガル。

五人目は、妙齢の女性。魔導師特有のローブを着てとんがり帽を被っているが、大胆に着崩していて豊満な体が男の情欲を誘うだろう。

だが娼婦のような下品さはない。翠の目には理知の光を宿し、耳は人のそれより鋭く尖っている。精謐族エルフの四ノ《眷属》、《囁き》のファオだ。

 つまり、候補者の師である《勇者》とその眷属が勢ぞろいしているという事だ。

 見送りは、この五人だけと決められている。

 村人が顔出すのは、サシャが《勇者》を継承すると確定した出迎えと襲名式だけだ。


「サシャ。お前に一時的に力を授ける。泉に住まう精霊王の加護、その力の一端を。

 こちらに来なさい」

「はい、お師匠様」


 荷物(大半はトウヤが持っているので、自分の私物のみだが)を置いて、目の前に立っているアンクロの前にひざまづく。

 普段の軽薄な印象は鳴りを潜め、どこか清涼な空気を纏っているアンクロは、真っ直ぐにサシャを見ながら、その手を彼女の額に当てる。


「今から美しの泉から繋がれるレイラインを、お前に繋げる。

 世界の中心、自然に集まる大我が収束する地の力……噛み締めよ」


 その言葉が終わった瞬間、指に触れている額に熱が走る。

 一瞬サシャは呻くが、痛みは感じない。まるで温かい飲み物を飲んだ時に感じる一瞬の熱のような、自分の体とは違う熱を入れる時の違和感。

 しかしそれは瞬時にサシャの体に溶け込み、体の奥で沸々と煮立ち始める。

 自分の体に、大我の息吹を感じる。

 大我とは全てのものを構成する要素。

 単純な力であると同時に、方向性さえ与えれば凡ゆる物に変化する万能の力。

 太古の昔、人類に関わらずこの世界に物体としての器を授けられた者は、皆全て最初は大我という粘土だったのだ。だから、誰の体にも大我は宿っている。

 その力が、肉体にどれだけの比率で混ぜ込まれているかに過ぎない。

 だが、与えられし力は、その大我を大我として操り、分け与える事が出来る力。一部の妖精族と、この世界に十人もいない本物の魔導師のみが直接扱う事を許された、原初の生命の力。

 その一端を、サシャは今確かに握った。


「これで、お前さんはこの大我を自在に使えるようになる。もっとも、お前さんは戦う力がないからね。簡単な魔導と、あとはそこの《眷属》候補にその力を分け与えてやる事が出来るだけさね」


 アンクロの言葉に、サシャは学んだ事を思い返しながら頷く。

 大我は小我になり得る。

 大我は万物になり得る万能だからこそ、他人の小我に変換する事も可能だ。

 しかも、その変換効率は桁違いだ。一の大我で、魔術師が一日中魔術を使い続けても消化できない程の小我が生み出される。

 故に、《眷属》は他の誰よりも強くなる。特に小我を扱う事が出来る人材であるならば。

 ……もっとも、そんな器用な事を自分の後ろにいる元傭兵が出来るとは、サシャは全く思っていなかった。

 昨晩、アンクロに約束させたのだ。

 『もしこの試練を終え、サシャがトウヤを認めなければ、別の者に代える』。

 つまり彼が《眷属》になれるかどうかは、サシャの匙加減次第という事なのだ。


「まぁ、流石にこの錫杖を渡す訳じゃないから、それほど多くの大我を操れないし、一度使っちまえば二度と使えないし、持続時間も、まぁ一時間が限界さね。

 使う時は良く良く考えて使いなさい」


 手に持っている、奇妙な形に歪んだ輪が付いている錫杖を見せびらかすように振るう。

 初代勇者から受け継がれ続けている錫杖。大我を扱う技量を高め、いくつかの特殊な力を持っているその錫杖は、勇者の代名詞の一つ。

 サシャは頷きながら、子供の頃からずっと使っている練習用の杖を握り締める。


「承知しています。細心の注意を払い、この力に溺れぬように尽力します」

「相変わらず、硬いねぇ。全く、誰に似たんだが……」

「……あんくろ、何故我ヲ見ル」


 アンクロから視線を向けられた巨体のグリムガルが、鎧の奥から少し片言な共通言語を話す。


 「そりゃあ、アンタに似たんだってのが分かるからさ。全く、ファオとまでは言わなくとも、せめてリヴァイくらい柔軟になって欲しかったが」

「ちょっとぉ、アンクロ酷ぃ、それじゃあ私がグニャグニャみたいじゃない」


 艶っぽい声で不満を言うファオに、「おや、自覚があったかい」と笑みを浮かべるアンクロ。笑いを堪えるリヴァイに、困ったように笑い続けるリラ。

 ぐだぐだだ。

 さっきまでの真剣な雰囲気はどこに行った。眉を顰めながら、それでもサシャは必死に笑顔を作る。


「では、私は行きます。必ず、試練を乗り越え、《勇者》へと至りましょう」

「ああ、気をつけて行っておいで。トウヤとも仲良くしてみるんだよ」

「……………………」


 アンクロの言葉の端々から若干の呆れを感じながらもサシャは荷物を持ち直して歩き始める。

 トウヤはそれに、黙って付いて行った。何かを言いたそうな顔をしているが、彼もサシャが口を聞いてくれないかもしれないと思っているのだろう。

 トウヤが村にやってきた時の道とは逆の道、森の中奥深くにまで向かう出入り口に進んだ。


「サシャ。中庸だ。決して貶め過ぎず、決して尊び過ぎるんじゃないよ」


 いつも耳にタコが出来る程言われた言葉が、サシャの背中に放たれた。






 森の中は、森の外と繋げる道の森とはだいぶ違う。

 鬱蒼とした木々、むせ返りそうな土と木の匂い。葉は生い茂り、日差しを遮っていて朝日が差しているはずなのにほんの少し薄暗い。

 その中を、少量の荷物を持って歩くサシャと、野営用の道具一式を揃え膨れた荷物を持っているトウヤが歩き続ける。

 村から美しの泉への道は一本道だ。故にサシャが前を歩いているのは、道案内の為でも何でもない。

 単純に、トウヤを視界に入れたくはないから。


「行き帰りで四日、美しの泉とやらで丸一日、か。随分距離があるんだな」

「…………………………」


「……とりあえず雨の中歩かなくて済んだのは良かったが、まぁ寝床には苦労しそうな森だがな。何せ、根っこがあちこち這ってて、安眠は出来そうにない」

「…………………………」

「……全く、愛想の良い女だよ、本当に」


 トウヤの軽口に、サシャは何も答えなかった。

 すでに村を出て二時間、サシャは一言もトウヤと言葉を交わしていない。

 ……サシャ自身も分かっている。理性では、元傭兵だからと区別する事はないだろうと。

 別に傭兵全てがサシャの記憶の中にいる連中と同じと言うわけではないし、トウヤは口が上手くてかなり礼儀知らずな人間だが、それでも同時にそこまで悪い人間ではないと理解出来る。

 しかし理性でどれだけ理解していても、感情が邪魔をしてしょうがない。

 感情を一時的に押し込めながら口を開く。


「……アンクロから聞いていますか?

 私が貴方を《眷属》にするかどうか、裁量権を与えられたと」

「……いや、今聞いた。

 っんだよ、あの婆さん。どうせまた面白がってんだろうなぁ」


 本当に今初めて聞いたのか、どこか面倒臭そうな声が聞こえてくる。


「《勇者》です、婆さんなどと失礼な事を言わないように。

 そもそも、傭兵という金銭で人を殺す人間が《眷属》になる事自体が間違いなのです」

「……ここは、さぞ平和だったんだろうな」

「?」


 会話の流れに合わない言葉に、サシャは思わず立ち止まって振り返る。

 トウヤは、いつもと何も変わらない顔をしている。しているが、何故かその目を逸らす事が出来ない。

 月にも似た白銀の目が光る。


「どういう理由でアンタが傭兵を嫌っているかは知らないがね。アンタ自身そう何回も傭兵に会った事がないんだろう? ここは傭兵が来る所じゃないし……だから最低限の知識で傭兵を定義する。

 よっぽど嫌な傭兵と会ったんだな、アンタ。」


「……だから何です」


 トウヤの言葉に、サシャは睨みながら答える。


「別に。他人様から見りゃ、傭兵なんてそんなもんだと理解している。だが、そいつはダメだろう。これから《勇者》になる人間が、そんな偏見持ってちゃ。

 だから、取引しよう」

「取引? 随分傭兵らしい言葉が出てきますね」


 皮肉を口にしても、トウヤはいつも通り笑顔を浮かべる。


「報酬を得るには対価を用意しなきゃ成立しない。どこでも一緒だ。

 オレはアンタに傭兵のことを教える。あんたの知らない所を、オレは色々知っているからな。あの婆さんがわざと教えなかったのか、それともアンタが拒否したのかは知らないがね」

「…………」


 図星を突かれて何も言えなくなったサシャに、トウヤは話を続ける。


「反面、オレは学がないのを自覚している。だから、アンタから色々教わりたい、魔術や魔導の事、《勇者》ってのはどんな仕事か、オレの会った事のない種族の特徴。

 ……それに、アンタの事も」


「……それを知って、貴方に何の得があると?」

「言っただろう、色々知りたいんだよ。それに、雇い主の事情は色々知っておきたい主義でね」

「趣味が悪いですね」

「まぁよく言われるよ。何だったら、オレの話もして良い。最もアンタのそれと違って、内容はそう面白くもないだろうが、何でも話そう」


 その言葉は、サシャにとって魅力的な言葉だった。

 何も聞かずに彼を拒否する事は、流石に柔軟なアンクロとは言え承諾しないだろう。

 それに何より「仲良くしてみるんだよ」と言われてしまった。

 師匠はどんなに適当で雑で言葉が汚かったとしても師匠だ。師匠の言葉に従わずに文句ばかり言っていては、そこら辺の怠惰な徒弟と大きく変わりはしない。

 自分は《勇者》になる、品行方正でなければいけない。


「……良いでしょう。その提案を飲みます」

「了解。あぁ、安心した。これでちょっとはこの旅も楽しく過ごせそうだ」


 そう言いながら、トウヤはサシャの隣に立った。

 自然過ぎて、一瞬見逃してしまいそうな程の動きだった。


「話をするだけ、別に隣に立つ必要性はないでしょう?」

「いやぁ、まぁそうかもしれないけど、





――敵を相手する為には、必要だろう?」





 トウヤが口を動かしながら片手剣を抜いた時――ドウッという重苦しい音と共に、ソレらが落下した。

 普通の獣のように見えるが、その体はそこらにいる野犬よりも大きい。漆黒の毛並みと、獲物の血で染まってしまった赤黒い牙と爪、狂乱を爛々と輝かせる目。

 そして仮初めの《勇者》として力を持っているサシャには見える。普通の獣では纏えないほど大量の、歪んだ大我が。

 狼型の魔獣――餓狼ガルムと呼ばれる個体。


「魔獣っ!? なんでこの《エレメンツ・フォレスト》に!?」


 人を殺す事に慣れ親しんだ、賢獣と似て非なる化け物。

 精霊王の膝下で統制の取れない魔獣が出る事などないはずなのに――。


「つまり、ようはこれが試練って事だろう。あの婆さん、やっぱり性格悪いぜ。」


 刃の無い片手剣を構えながら、トウヤはサシャを横目で見る。


「指示をくれ、ご主人」

「わ、私がですか!?」

「当たり前だ! 一応今は仮でも何でも、アンタがオレの主人なんだからな!」


 その言葉に、サシャは一瞬戸惑いを見せる。

 ……魔獣は、敵だ。遠慮なく人を殺し食らうものが多い。

 ここで何もしなければ、サシャもトウヤも食われてお終いだろう。

 だが、生き物を殺す指示を出すのは、初めてで、恐ろしい。


(――いいえ、踏ん張りなさいサシャ!)


 震え上がっている自分の心を叱咤する。

 まだ始まって間もないこの試練を乗り越えることこそ、今の自分に出来る精一杯だ。


「手段は選びません、障害を払いのけてください。

 敢えて補助はしません――貴方の力を、ここで見せてください」


 サシャの毅然とした言葉に、トウヤは笑みを浮かべる。





「――心得た」





 片手剣に、小我特有の燐光が放たれた。

 刃があるはずの場所に、彼の目の色と同じ白銀の光が縒り集まり、刃を構成していく。


「《魔力物質エーテル》!?」


 ――《魔力物質》。

 大我、或いは小我という、存在しているだけでは何もしないそれを現象・物体に変化させる時に作り出される、半分物質であると同時に、半分小我や大我である、虚ろな物体。

 魔術は属性が付与された《魔力物質》を操る事で魔術という現象を引き起こし、

 精霊はその体を《魔力物質》にする事によって現つに介入する事が出来る。

 しかし人間がそれを生み出すのは、魔術かそれらのギフトを持っていないと無理だ。


「つまり、貴方はギフト持ち……」


 その言葉に答える事もなく、トウヤの足は既に動いていた

 三歩先にいる三頭の餓狼の群れに、たった一歩で間合いを詰める。

 小我の燐光、唐突に間合いを詰めたトウヤ、その気迫。

 それら全てに驚き、躊躇している魔獣の中で、最も突出している一頭の首を、


「――セイッ!!」


 トウヤの片手剣は一刀の元叩き落とした。

 魔獣は全てが強化されている。たとえ犬のように見えても、その毛皮は生半可な剣では刃が溢れ、斬れ味を鈍らせる。

 だが魔力物質で編まれている刃を防げるほどでは無かった。


「――■■■■■!!」


 仲間の首を落とされたからか、それとも恐怖からなのか。残りの二頭は咆哮を上げ、ほぼ同時に飛びかかった。


「っ!」


 トウヤは片手剣の一刀を納め、両手剣を抜き放つ。

 様々な武器を入れ替わり立ち替わり使う。それがトウヤの戦い方だった。

 だが、今手に持っている武具は、今までのそれとは一味違う。


「――起動セット


 起動キーを呟くと、両手剣はそれに呼応して宝玉を光らせ、本来白銀である小我を紫色に変化させる。


「――うぉりゃ!!」


 剣を横にし、まるで叩きつけるように横薙ぎに振るう。

 それでは刃で斬れない。どんなに魔力物質で編まれた刃が鋭かろうと、刃を立てなければ斬れはしない。

 だが、サシャの動揺とは裏腹に、その両手剣は物の見事に餓狼二頭を纏めて森の奥に吹き飛ばした﹅﹅﹅﹅﹅﹅


「■■■■!?」

「■■■!!」


 聳え立つ木に打ち据えられ、痛みに悶絶する吠え声が森の中で響き渡る。

 まるで鉄土族ドワーフが振るう戦鎚ウォーハンマーの如き威力。


「……いや、試してみたが意外と使えるな、これ」


 両手剣を満足げに見つめるトウヤを、対してサシャは驚きの目で見つめていた。

 傭兵という戦いが日常的な職業だった男だから、当然弱いとは思っていなかった。だが魔獣三頭を同時に相手にするのは、それなりの技術と経験、そして腕前を持っていないと大変だろうとも思っていた。

 だがらこそ彼の力を見極めるのに良いと思っていたが、その実力はサシャの想像の斜め上どころか遥か彼方だった。


「っ、まだです! 倒しきれていません!!」


 驚きを飲み込んで叫んだサシャに、トウヤは首を振る。


「大丈夫だ、見てみろ」


 そう言われて先ほど魔獣がぶつかっていた木の根元を見ると、悶絶していた魔獣はどこかに消え失せていた。


「魔獣っつっても生き物だ。敵わない相手と分かれば退くさ

 仲間を呼んで再戦してくる可能性はあるが……それなら最初から一緒にいるだろう。伏せている奴もいなかった所を見るに、あの種類の魔獣はあれだけなんだろうな」


 慣れているのか、そう言うとトウヤは自然と散って、最初と同じように刃の無くなった剣を収める。汗一つかかず、動揺もしていない。


「まぁ婆さんの事だ、これだけって訳じゃないんだろうけど……? どうした、なんでじっとこっち見ているんだ」


 見ているも何もない。


「……貴方、いったい何者ですか?」


 ギフト。

 自分の予想よりも上の実力。

 魔獣三頭を余裕であしらえるならば、士官の口はどこにでもあるだろうに、彼は傭兵という根無し草。

 解消された疑問が、二倍に増えているような感じだ。


「ああ、なるほどな。

 じゃあ、オレの事情諸々から、まず話そうかな」


 疑いの目を向けているサシャに対して、トウヤは笑顔を浮かべていた。






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